第1話 『突然の訪問者①』
お読みいただきありがとうございます。
「あなたの髪を見ていると苦しいの。二度と顔を見せないで頂戴」
それが私の、家族との最後の記憶。
―――――――――――――――――――――――――
私、レジーナ・アザールは8歳ごろから14歳になった今まで、家族――特にお母様とはほとんど会っていない。私の家、アザール家は神国において最高位の公爵の位を授かっている貴族で、王都に最も近いリストルブ地方を治めている。私以外の家族はみな王都に住んでいるけれど、私だけはリストルブの南東の田舎の別荘に住んでいる、というより閉じ込められている。
「レジーナお嬢様、お食事の準備ができましたわ」
「ありがとうダリア。今向かうわ」
この別荘にいる人間は、私以外にはメイドのダリアを含めて数人で、それ以外の人とはほとんど会うことができない。お母様がこの別荘に来ることはまず有り得ず、幼い頃仲の良かった姉ですら最近はめっきり来なくなった。
その理由はおそらく、隣国である帝国との戦争だろう。もう10年間、神国と帝国の戦争は続いており、最近はさらにそれが激化してきたのだ。ちなみに、私がこの別荘に追いやられた理由もその戦争にある。
6年前、私が8歳の時にこの戦争でお父様が戦死したのだ。当時お父様は、公爵家当主として神国軍の将軍を任されていて、さらに「六魔色」と呼ばれる神国軍人のネームドの1人だった。きれいな銀色の髪はお父様の保有する膨大な魔力量を象徴していて、私もその力を受け継いでおり、お父様と同じ色の髪を誇らしく思っていた。
ここまで言うと、私が追いやられた理由が大体見当つくだろう。お父様が戦死した後、共に戦場を駆けていたお母様は、銀色の髪を持つ私を見るとお父様を思い出してしまい、それを嫌って遠ざけるようになったのだ。お父様とお母様は、公爵レベルの貴族には珍しい恋愛結婚をして2人で、結婚するまでに大恋愛ともいえる物語があったと聞いた。それを象徴するかのように、お父様が亡くなるまで私たち一家の仲は非常によかったのだ。
私もお母様の気持ちがわからないわけではなかったし、貴族教育で8歳にしては大人びていた――と思っている――ので、そんなお母様に逆らうことなく静かにしていたら、こんな僻地に飛ばされたというわけだ。はじめはお母様に同情していたけれど、1年経つ頃には「寂しい」という感情のほうが大きくなり、いつしかその感情は私たちからお父様を奪った帝国と、私をこんなところに閉じ込めるお母様への深い憎悪へと変わっていた。いつか帝国とお母様に復讐するのが私の夢だ。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
ダリアが不安そうに聞いてくる。
いけない、顔が憎悪で歪んでいたみたい。
6年間、私によくしてくれたダリアにもこの感情は知られてはならない。人はどれほど仲が良くても、どうせいつか裏切るものだから。だから、私は今日も静かで優しいお嬢様を演じきるのだ。
「ごめんなさい、少し体調が悪くって」
「あら、それは大変ですわ!すぐにお水をお持ちします!」
「大丈夫よダリア、気にしないで。立ちくらみがしただけだから」
「立ちくらみも十分危険ですのよ!今お水をお持ちしますから!」
そういってダリアはパタパタと部屋を出ていった。
「騒がしいこと……」
でも、その騒がしさが私の寂しさを癒してくれているのは紛れもない事実だ。苦しさや憎悪すらも、その騒がしさでほんの少し忘れさせてくれる。そして、そんなダリアを信じきれない私自身すらも嫌になる。もう周りの人間も、自分すらも信じられないのだ。
いつか、誰かを信じることができる日は来るのだろうか。未だ銀色に輝く髪を見ながらそう考える。
「お父様……」
その時、突然部屋の外からバタバタ走る音が聞こえてきた。ダリアが水を持って来てくれたのだろうか。それにしては急ぎすぎている気もする。
そう考えていると、勢いよくドアが開かれた。
「レジーナお嬢様!大変です!」
飛び込んできたのは執事のディアスだった。私がこの別荘に追いやられる際に、私の身を案じてついてきてくれた初老の男性だ。普段の彼は非常に落ち着いており、こんなに焦った姿など見たこともない。一体、何があったというのだろうか。
「どうしたのディアス。もう少し落ち着いたら?」
「申し訳ございませんお嬢様!しかし、そうも言ってられないのです」
ディアスはそう言いながら焦りと他の感情が織り交ざった表情でこちらを見る。私は人を信じられなくなった頃から、他人の表情を読み取るのが苦手になったため、焦りに隠れたもう一つの感情を見破ることはできなかった。本当に何が起こったのか。
「そんなに慌ててどうしたのよ」
ここ数年、この別荘には意図しない出来事は何も起こらなかったのだ。そしてそれは、お母様が引退するまで続くと思っていた。
もしかして、お母様に何かあったのかしら。そんなことを考えながらディアスの返答を待つ。
「当主様が、スティラ様がおいでです!」
「お母様がここに!?」
お母様関連だとは思っていたけれど、まさかお母様がこの別荘にいらっしゃるなんて……。改めて言うが、私がこの別荘に来てからお母様がこの別荘に来たことは、たったの一度もないのだ。何か目的があっても手紙でいいはず。
私がお母様の意図を見出そうと必死に思考を巡らせていると、ディアスがさらに驚くべきことを口にした。
「当主様が今すぐにお嬢様とお会いしたいと、応接室でお待ちです!」
「お母様が私と会いたいと!?それに今すぐ!?」
あんなに私を拒否して、今まで会いに来なかったくせに、どうして今になって会いたいというのだろう。それに今すぐなんて。とにかく早く準備をしないと……。
私とディアスが二人して焦っていると、急にドアが開いて女性の影が入ってきた。
お母様が待ちきれずに来てしまったのかしら!?まだ準備が……!
「お嬢様、お水をお持ちしましたわ!早くお飲みになって!」
そう言ってダリアが飛び込んできた。もう本当に……。
「「紛らわしい(ぞ)のよ!!!」」
「えぇ~~~お二人ともどうしたんですの~~~!!!」
最後まで読んでいただきありがとうございました!
よろしければ、いいね、評価、感想、誤字脱字報告など、お願いいたします。
次話は明日投稿予定です。