6話 美しい姉への醜い嫉妬心【メリッサside】
アンナが屋敷を後にした数日後。
王都から遠く離れた地、ステッラ家の屋敷にて――。
「なんで、そんなこともできないのっ!!」
そのヒステリックに裏がえった声は、夜の屋敷に響きわたっていた。
机の上に積まれていた書類に当たり散らしたため、あたりに紙がひらひらと舞う。
声の主はメリッサ・ステッラ。
異例の遅さ、28歳にして聖女に選ばれたアンナ・リシュリルの実の妹である。
彼女は怒りに手を震わせつつも、撒いてしまった紙を拾い集める。そうしながら、ため息がとまらない。
理由は、使用人たちの仕事が遅いことにあった。
呼びつけた使用人の統括をしているメイドを、彼女はにらみつける。
舌打ちをして、吐き捨てるように続けた。
「……まったく。炊事も掃除もろくに手が回らないなんて、ありえないわよ。おかげで恥かいちゃったじゃないの」
今日は、主人ともども屋敷に国の要人を迎える大事な日だった。
急に決まった来訪だ。
準備不足といえばそれまでだが、これまではそれでもうまく対応をしてきたはずだから、言い訳はできない。
料理は冷めていてお世辞にもうまいとはいえず、片付けも追いつかずに客人の前で皿を割ってしまう有様。
そのためたまった不満を、メイド長にぶつけることで発散していた。
メイド長の彼女は、それをひたすら黙って聞く。
だが最後の最後、言いにくそうに肩をすぼめながらも、口を開いた。
「……奥様、大変申し訳ございません。どうしても人手が足りず……大変ふがいないのですが、使用人を補充いただかないと回りそうにありません」
「少し前までは回っていたわ。それは言い訳よ」
「……それは」
メイド長はここで言葉を伏せたが、その先なにを言おうとしていたかが分からないほど、メリッサは鈍感ではない。
出自も悪く出来も悪い姉、少なくともそうであるとメリッサが決めつけていたアンナ。
ただの偶然により聖女に選ばれ、王子のもとへ突然に嫁ぐこととなった前代のメイド長のことを、彼女は言おうとしているにちがいなかった。
かっと心が熱くなったメリッサは下唇を巻き込み、思い切り歯でかみつける。
極力、彼女のことは考えないようにこそしていたが、その事実はもはや避けようがない。
アンナがいたおかげで、彼女が朝早くから遅くまで働いてくれていたおかげで、屋敷の家事や接待など全般の仕事はうまく回っていたのだ。
そんな彼女が去った結果がこれだ。たった数日で半ば焼け野原状態で、全員が常に目の前の仕事に追われていて余裕などはいっさいなくなってしまっている。
メリッサは言い返せず、口ごもってしまった。
「……どうか、人の補充をしてくださいませ。でなければ、他の者ふくめ、みなが辞めてしまいます。前々からアンナ様がいなくては、到底回らない状態でしたから」
そこへメイド長にこう告げられたら、もう黙り込むしかない。
怒りを通り越して、茫然とせざるをえなかった。
メイド長は気まずそうにしつつも、まだ仕事が残っているからと部屋を後にする。
そののち、一人になったメリッサは拳を固く握りしめた。
「……それもこれも、あの残り物で卑しい姉のせいよ。あの売れ残りが途中で仕事をほうりなげるからいけないのよ。あんな女のどこが聖女なのよ、それもシルヴィオ王子のお妃だなんて」
こうなったら、もう止まらない。
いくらお角ちがいであろうと、今や王都にいる姉・アンナに、怒りの矛先を向けるほか解消しようのない感情であった。
そうしなければ、嫉妬でいまに狂ってしまう。
周りには隠してこそいたが、メリッサは昔からアンナの美貌に嫉妬していた。その顔立ちの美しさ、所作の綺麗さなどは、はっきり言ってずば抜けていたのだ。
『自分より美しい姉』。
その存在が許せずに、アンナが妾の子供であることを理由に、彼女を虐げてきた。
それでも収まらなかった嫉妬心が、使用人として雇うことでやっと収まっていたというのに、これだ。
なりたくてもなれなかった聖女、そして王子の妃の座――――その二つともをアンナが手に入れたのだから心穏やかではない。
妬ましく思う気持ちは、尽きず無限に湧きおこってくる。
「ふん、どうせ王都でみじめな生活をするくらいなら、うちにいた方があいつも幸せだったでしょうに」
メリッサは最終的にこう考えることで、自分を納得させる。
――しかし、そんな意地の悪い妹の予想とは裏腹に、これまで苦難を耐えてきたアンナには、シルヴィオ王子とともに歩む、幸せな日々が訪れようとしている。
一方でメリッサには破滅が訪れようとしていたのだけれど……
そんな展開になっていようことをメリッサが知る由はなかった。
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