43話 純なる愛。
からっとした五月晴れに、祝うように小鳥が歌う。
風が吹けば、鼻先に若葉の匂いが香る。
式の当日は、おかげさまで天候にも恵まれた。
シルヴィオ王子は「アンナ様の徳がなし得たのですね」と言うが、それはどうだか。
彼の方がよっぽど、晴天を連れてくるにふさわしい。
私の隣、真っ白いウエディングタキシードを自分だけの特権かのように完璧に着こなして、城下に集う大衆に窓から姿を見せて手を振っている。
その姿はたいそう神々しい。
私はその横で、置物みたいに固まるしかなかったのだが……
そんな私に対しても、「美しい!」なんて声が投げかけられて指笛が吹かれる。
街全体が祝いの空気に包まれていた。
嬉しいことに、そこらじゅうで笑顔の花が咲いている。
婚姻式はまだ序盤だ。
ここで大衆への挨拶を終えたら、今度は城内にある大礼拝場へと移り、そうしたらいよいよ誓いのキスだ。
待ち受ける一大儀式に本来なら胸を高鳴らせているところだが、その前にも大仕事が控えていた。
その機会は、大衆への挨拶が終わってすぐにやってきた。
「ふぅ、ここで少し休憩になります。ゆっくりされてください」
たしかに予定表でいえば、唯一と言っていい空き時間だ。
だが、ゆっくり休んでなどはいられない。私はひっそり生唾を飲む。ドレスの後ろで指を脈々と動かして、ほぐす。
「えっと、そうですね。では、あちらの部屋にでも行きませんか? ここはちょっと人目もありますし落ち着きません」
「えぇ、これから式場に行ったら、もっと人目に晒されますからね」
私は話しながらにして、カルロスへと視線を送ると深々とお辞儀がなされる。
彼には、秘密の準備を手伝ってもらっていた。
問題があれば、浅く、なければ深く。そうお願いしていたから、つまりは問題ないということだ。
自然の流れで私はシルヴィオ王子を別室へと誘導する。
「……これは」
そこに置いてあったものに、彼は呆気に取られたようだった。
私はその隙に彼の横を離れて、椅子に座る。
高さは調節済み、鍵盤の調子も確認していた。
あとは、こっそり練習してきた成果を見せるだけだ。
もちろん、ピアノ曲である。
選んだ曲は、もうはるか昔に思える10代半ばの頃。
まだ幼かった彼の前で披露したそれと、同じものだ。
曲名は、『純なる愛』。
意味も分からず誰かに認めてもらいたくて弾いていたあの頃とは違って、少しはその意味もメロディにのる感情も理解できるようになっていた。
だがそれゆえに、弾いているうちに少しだけ不安がよぎる。
喜んでくれるだろうと思いつきで、カルロスも巻き込んでこんなことをやったのだが、果たして迷惑に思われるだけだったりしないだろうか。
あの頃の思い出は、それはそれとして塗り替えずに取っておきたかったりしたかもしれない。
ーーーーだが、そんな感覚の中でも、私は最後まで弾き切った。
今の彼に、聞いてほしかったからだ。
最後の鍵盤から手を離し、足のペダルで作った余韻をゆっくりと消す。
ため息をついたところで、他に人のいない部屋に拍手が鳴り渡った。
それで達成感に包まれた私は、脱力して立てなくなってそのまま椅子に座り続ける。
シルヴィオ王子が近くまで歩み寄ってきたのは、足音で感覚で分かった。
「えっと、どうでしたかーーー」
後ろを振り向いたところ、唇と唇が思いがけず触れ合った。
「ーーーーえ」
「ごめん、でも堪えられなかったんだ。どうしようもないくらい、愛おしくなった」
このあと式場で、とばかり考えていた。
昨日は弄ばれたと思っていたのに、今度は不意打ちだ。
一瞬しか重ならなかったはずが、唇から伝わってきた彼の温もりが、進行形でどんどんと熱を持っていく。
この胸の高鳴りはきっと、幸せの予感だ。
ううん、きっとではなく絶対そうにちがいない。
「……わ、私もそう思ってます」
だから、初めてちゃんと伝えた。
まだぎこちないけれど、それはこの先、どうにでも変わっていく。
私の人生がこの一月で、一変したように。
「アンナ様、いつのまにご練習を?」
「実はひそひそと……カルロスさんにも手伝ってもらいました」
「…………そうか、カルロスにも」
「えっと、どうされました? 少し微妙な顔に見えますけど……」
「いいや、気のせいですよ。なんせ、アンナ様は俺の妃なんですから」
シルヴィオ王子となら、どうにでもなる。
そう思うと、私はつい微笑んでしまうのであった。素晴らしいにちがいない未来に思いを馳せて。
(完)
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