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4話 聖女の魔法

今日で短編版と同等のところまで進むイメージで考えております。

続きもしっかり書いているところですので、お気に入りに登録をお願いします!




王子が咽せるのを白煙の中から聞きつつ、私はひどく動揺した。



初対面の王子相手に、なんてことをしてしまったのだろう。



メリッサのせい……なのだけど、それを主張したところで、どうにもならない。彼からしてみれば、間違いなく私のせいだ。


煙の中、ただ茫然としていたら、


「だ、大丈夫ですか! シルヴィオ王子! それに、アンナ聖女様!」


外の扉が強く開けられ、壁に打ち付けられる音がした。

どうやら外で待機していたらしい執事が、中の異音に突入してきたらしい。


彼は実に冷静だった。

そばについていた使用人たちに、すぐに窓を開けるよう指示し、煙を外へと逃す。


そして私たち2人を部屋の中から連れ出してくれた。


「ご無事ですか、お二人とも」


この問いかけに、私も王子も同じく首を縦に振る。



幸いなことに、毒が入っていたりはしなかったらしい。

さしものメリッサも、それで万に一つも王子になにかあってはまずいと踏んだのだろう。


要するに、私の評価がただ下がることだけを、あの意地の悪い妹は望んでいたのだ。

なんて陰湿なのだろう。


「これは、どういうことでございますか。一体なにがございましたか」


私と同じ年頃だろう執事が眉間にしわを寄せて、渋みのある声で尋ねる。

もとより言い訳をするつもりなどない。


「大変申し訳ありません。これは私が――」


すぐに申し出ようとしたのだけど、そこで王子の声量が私を上回った。


「ちょっとしたサプライズだ、俺がしかけた」


どうやら、私を庇ってくれようとしているらしい。

その澄ました横顔を見る限り、怒りの感情はいっさい見え隠れしない。


だが、ありがたいと思うより先に、疑問がよぎった。


……なぜだろう。


いくら聖女とはいえ、28の行き遅れ令嬢だ(しかも初対面)。



そんな人間に危害を振るわれたら、普通怒って然るべきだ。怒り狂って、こんな結婚はなかったことにしてやろう、と普通ならば考える。


だのに彼は、まだ咳き込んでさえいるのに、私のためにわざわざ誤魔化そうとまでしてくれている。


まったくわけがわからず、状況についていけないでいたら、執事は首をもたげて、ため息をつく。


「…‥全く、あなたという人は。聖女様を、近い将来のお妃様を迎える時まで、そんなふざけたことをなさるのですね」

「そう怒ることでもないだろう、カルロス。いつものことだ」

「はぁ……。公の場に出る時のあなたは頼もしいのに、なぜこうなってしまわれるのですか。なにかの呪いにでもかかっているのですか」


「いいや、これが俺そのものだ。屋敷でくらい自由にさせてくれ。まぁ、文句はそこまでにしてくれ。結局こうして二人とも無事だったんだ。それでいいさ」

「しかし、そういう問題では――」


続きかける説教をシルヴィオ王子は聞き流して、「それより」と首を廊下の左右へ振り向ける。


「ミケがまたいなくなった」


心臓が刺された――そう錯覚してしまうほど、大きく痛い鼓動が胸を走った。


「あぁ、アンナ聖女様はお気になさらず。ミケは臆病なのです。突然の事態によっぽど驚いたのでしょう」


……やっぱり、なんにもよくない。


王子が大事にしている愛猫、それもやっと捕まえられたと言っていたのに、私のせいでまた逃してしまったのだ。


ミケが臆病だというなら、きっと怖がらせてもしまった。もしかしたら、このまま屋敷からどこかへ行ってしまう可能性だって考えられる。


横暴な人相手なら、首が飛んでもおかしくないような失態だ。だのに、


「わ、私のせいなんです。全部、私が持ってきた手土産が原因です。本当すいません」

「さて、なんのことやら。あのクッキーはとても美味しかったですよ」


などとウソまで述べて、王子は変わらず責任を負ってくれようとする。


すべてを一人で包み込んで、さっき起きた出来事をあくまで自分の中へと抱えこもうとしていた。


が、それではこちらの収まりがつかない。


「でも、私のせいで王子の猫が…………」

「気にしていません。きっとすぐに出てきます」

「いえ、そういうわけにはいきません。すぐ、探してきます!!」


せめてもの罪滅ぼしをするには、もうそれしか思いつかなかった。

私はすぐに、広い廊下を駆け出したのであった。




全てメリッサのせいだ、とは開き直れなかった。

長年、使用人として勤めてきた積み重ねのせいか、彼女への怒りすらわかない。


ただただ自責の念に追い立てられて、私は屋敷内を駆け回った。


「ミケ、どこにいるの」


令嬢らしからず、使用人としてこき使われてきた身である。28になっても体力には自信があったので、闇雲に屋敷内を走り捜索を行う。


ただ敷地が広いこともあり、まったく見つかる気配もない。

やがて、息が切れはじめたが諦めることはできない。


「……助けなきゃ」


妹の意地悪によりもっとも苦しんでいるのは、私ではない。


ミケだ。突然に煙が噴き出したりしたら、そりゃあ誰でも驚く。


彼が臆病だというなら、今頃はどこかで震えているかもしれない。



もはや、私の今後についてはどうでもいい。

聖女失格を言い渡されたとしても、それはそれだ。再びメリッサの元で奉公させられるのも、仕方ない。


それでも今はまず、ミケを心配すべきだと思えた。

私はただひとえに彼の無事を心から祈り、両手を胸元で合わせる。


その時のことであった。

一筋の光が私の握った手の中から零れだしたのだ。


その優しくも力強い光には、見覚えがある。

そう。聖女の判定を受けた際、水晶に触ったら溢れ出してきた魔力と同じ類のものだ。


「なに、これ……。なんで水晶に触れてもいないのに」


そんなふうに呟いて少し、それは頭に自然と降りてくる。


「表の庭……」


なぜか、なんの脈絡もなしにミケの居場所が頭に降ってきたのだ。


直感のような、ひらめきのような、不安定なもの。それでいて、妙な確信もあったから不思議だった。



祈りだけで、相手の居場所が分かる……そんな魔法は聞いたことがない。そもそも魔法は詠唱なしには使えない。


つまり、たぶんこれが聖女の力なのだ。


私の祈りに応えて、聖女の魔力は発動されるらしかった。

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