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39話 過去との対峙も二人。

手を繋いだまま、父親と向き合うこととなる。

思ってもみなかったが、それは私だけではなかった。


「……これはこれは、シルヴィオ王子。ご無沙汰しております」


父、リシュリル公爵は一瞬あっと声をあげる。だがすぐに恭しく礼をする。


「このたびは、我が娘を妻に娶っていただくこと光栄に存じます」


生きてきてこの方、ろくに見たこともない笑顔が振る舞われていた。


人好きのしそうな温和な表情だった。

これまで私に向けられてきたものとは大きく違う。


幼い頃の私が、ずっと求めてきた優しい父の顔だ。


このまま微笑んでくれるなら、それでもいいかもしれない。


ほんのりそう過ぎったけれど、違う。


私は過去と向き合い、そして決別するためにわざわざ会うための機会を設けてもらったのだ。


「リシュリル公爵」

「なんだ、アン。そう畏まらなくてもいいんだぞ。親子なのだからもう少し砕けて話してくれていいんだ、いつものように」


父は頬を緩めて、『いつも』とはほど遠い柔らかい口調で言う。

だから、私もいつもにはない勇気を振り絞った。


「……私は、あなたに父親として接してもらった記憶はありません」

「な、なにを言うのだ、アンナ」

「ただの事実です。母はあなたのせいで身籠もり、私を産んだ。だというのに、あなたは私たちを冷遇し、そのせいで母は影でひっそり亡くなった。私はあなたを父親だとは思えない」


怖かったはずが、途中からは思いが乗ったことにより、自然と言葉が口をついた。


一気に言い切ったせい、呼吸が乱れる。けれど手のひらに感じる温もりで、また落ち着きを取り戻す。


「……アンナ、その節は悪かった。これからは親子仲良く」

「しません。あなたとは、もうこれきりにしたい」

「……だ、だが、それではお前の後ろ盾には誰がーー」

「そんなものはいりません!」


縋り付いてくる父親に、私は強く言い返す。

珍しく狼狽する父親にいい気味だなんておもっていたら、シルヴィオ王子が加勢してくれる。


「リシュリル公爵、俺はアンナ様と結婚します。永遠の愛を誓います」

「……あ、あぁ私の娘を貰ってくれるのだろう」

「いいえ、これはただの報告です。アンナ様は、あなたを父親とは思っていないと言った。ならば、俺もそうは思いません。

 すぐに出ていってほしいくらいだ」


「そ、そんなことが許されるわけがないだろ! いくら王子とはいえ勝手だ! 誰がどう言おうが、戸籍上アンナは私の娘だ!! 私が後見人だ!」


リシュリル公爵の焦りは、顕著だった。

身振り手振りに、怒りを交えて彼は訴える。余裕は一切ない。


反対にシルヴィオ王子は、口端に軽い笑みを浮かべて、嘆息をする。


もう勝ちを確信した顔だ。


「残念なことに、リシュリル公爵。あなたの言うことはもっともだ。あなたはアンナ様の父親に違いない」

「そ、そうだろうとも!」

「だが、それはあくまで今日のところの話だ。アンナ様は、近い将来必ずあなた方と縁を切る。それをわかった上で、今日の懇親会にはぜひご出席されるといい」


丁寧な言葉遣いだったからこそ、そこには怖さが滲み出ていた。

外の人間と相対するときの、冷徹な仮面を被ったシルヴィオ王子だ。


だが、いつもと少し違うのは今回は興が乗っているように見えたこと。


「用件はそれだけなら、そろそろ待機室に帰ってはいかがですか公爵。今夜は長いですよ」

「……体調が悪くなった。今日は辞退をーー」

「まさか。ゆめゆめ、逃げ帰るなんてことはないでしょう? 娘の晴れやかな日、それも一国の王も出席する。仮病とはいただけないですねぇ」


冷徹な側面を覗かせながら、じりじりとリシュリル公爵を追い詰めていく。

その間、笑顔が一切崩れないあたりがシルヴィオ王子らしさだ。


「あなたがアンナ様に与えてきた苦しみを思えば、なんのことはない罰ーーいや、失礼しました。お祝い事なのですから、ぜひご出席を」


その圧に耐えきれなくなったのだろう、リシュリル公爵は腰を抜かしつつ、バタバタとした挙句逃げるように部屋を去っていった。


もはや、シルヴィオ王子の方が少し怖いくらいの撃退劇だ。

ーーなんていうのは冗談として。


「本当に言えたよ、私」


自分でも、さっきまでの自分が信じられないくらいだった。


あの恐ろしかった父親に本音をぶつけられた。

黒く塗りつぶされた過去に、少しの間とはいえ、立ち向かうことができたのだ。


改めて思えば、一人だったらここまでできたかは定かでない。

彼がいたから、今を明るく照らしてくれる彼の存在が私を強くしてくれたのだ。


「ありがとうございます、シルヴィオ王子」

「俺はなにもしていないさ。アンナ様が勇気を出したからこその結果ですよ」

「いえ、あなたがいたからですよ」


じわり涙が浮かんでくる。

おろおろしつつも、ハンカチで拭ってくれるシルヴィオ王子を見た。


本当に、彼に出会えてよかった。

心底そう思った。


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