29話 仕立て屋にて。
……と言って、大したコーデを繕えるわけではない。
『目立たない地味な格好』。
これがテーマであれば、もう何年も影に隠れて生きてきた私の得意領域であった。
「……今度こそ町人らしくなったろうか」
と、こう尋ねるシルヴィオ王子の格好は、麻布で作った簡単な上着と、下もダボッとした庭作業用のカーキ色のボトムス。
これはもともと庭師さんが捨てると言っていた作業着を、自分用に使えないかと、私が譲り受けていたものだ。
ほつれや破れなどがあったものを手直ししただけの質素すぎる召し物である。
これに加えて頭に麦わら帽子まで被れば、王子の輝きも少しは隠すことができていた。
実際こうして街中に出てきても、目立ってはいない。
「はい、かなりマシにはなったかと思います。けど、本当によかったのですか。
あなたのような方がそのような格好をしていると露見したら、まずかったりしませんか」
「いいんだ。たまに出かけるときくらい、世間の顔色を気にしたくなかった。むしろ感謝していますよ。
それに、これはアンナ様が初めて選んでくださった服ですから。今後は、どの服よりもこれを着ていきたいくらいだ。うちの家宝にしてもかまわない」
「それって国宝ってことですよね!? そんな大層なものじゃないですよ、ほんとに!」
やっぱり、シルヴィオ王子は大げさすぎる。
国宝どころかなんなら、少し裏を捲れば補修用の布がそこかしこに縫い付けてあるくらいのジャンク品である。
使用人ならばともかく、少なくとも王子がわざわざ買い求めるものではない。
彼に似合うのはたとえばそう、
「あぁいったものがお似合いになるのでは?」
私が指さしたのは、仕立て屋の軒先だ。
それも庶民向けではなく、貴族向け。外からでも、品のよさそうな衣装が何着も飾られているのが伺えた。
それら高級品は、まるで防御結界のよう。到底、気軽には踏み入れられない。
「これはいい。ちょうど、あの店に寄ろうと思っていたところなんです。お付き合い願えますか?」
「はい、もちろんです。荷物なら持ちます」
「そんなことは当然させませんよ」
どんな衣装を着ていようが、やはり店選びの感覚は王家基準らしい。
庶民たちが全く寄り付かず、むしろ遠ざけてさえ行く高級店に堂々と入店していく。
「……こんなお店に入るのは、10年以上ぶりね」
子どもの頃、姉妹にくっついていって後ろから羨ましいと眺めていたっけ。
結局、自分に与えられたのは姉のお古のみ。思えばあの時店に連れていかれたのは、ただ格の差を見せつけるためだけに連れていかれたのかもしれない。
それくらいの乏しい経験しかない私は、躊躇して、しかし入らないわけにはいかないからと、少し遅れてシルヴィオ王子の後に続いた。
彼はすでになにやら店の方と話をしていたから、もしかしたら知り合いなのかもしれない。
所在なく、店舗の中をそぞろに歩いていたら、シルヴィオ王子のお話は終わったらしい。
こちらへ歩み寄り、声をかけてくれる。
「なにか、めぼしいものがありましたか? もし欲しいようでしたら、遠慮なく言ってください」
「……えっと、とくに今のところはありません」
服だけでなく、小物やアクセサリーも立派な物ばかりだった。値札などはつけられていないが、それはつまり高価な証だ。
遠巻きに見るだけのものであり、私にはあまりにも縁遠い。
「ここまで綺麗で高いものをつけたら、私が服に負けてしまいますよ」
「なにを言うか。あなたが負けることは、ありえません。俺が保証しましょう。そうですね、このスカーフなどは、いかがでしょう。色味は赤と青では、どちらがお好みですか」
「その二つならば青ですが……本当に買っていただく必要はありませんからね」
私は、先にこう牽制を入れておく。
もう屋敷へ来てから、3週間あまりが経過していた。
シルヴィオ王子がどういうわけか私に甘すぎるくらいに甘いのは、承知済みだ。
私のやんわりとした拒否に、シルヴィオ王子はしかし顔色ひとつ変えない。
「そうですか、ならば構いません。単に好みをお聞きしているんです。では、こちらのドレスならばどちらがお気に召しますか」
今度はスカート二着を手に取り見比べ、こう尋ねてくる。
ふくらみが特徴的なレースのついたものと、腰回りがタイトに絞られたものの二択だった。
買ってもらわなくてもいい、と言っているのにどうしたことだろう。
シルヴィオ王子の意図が読めず若干戸惑いつつも、私は「レースのほうでしょうか」と答える。
その後も、次々と質問が投げかけられて……私は気づいてしまった。
私が一つ答えるたびに、店員がなにやら忙しくカウンターと裏手とを行き来しているのだ。
「……あの、これはいったいなにをやっているんでしょう?」
ちょうど店員が裏へと入ったのを見送りつつこう聞くと、シルヴィオ王子はぴくりとこめかみを動かす。
途端に会話を打ち切ったと思うと、
「お気づきになられましたか」
神妙な顔で言う。
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