28話 私の選んだ服がいいらしい。
ポーションによるひと騒動が落ち着いたのち、私は部屋で一人、縫い物に精を出していた。
最近見つけた、軽い趣味のようなものだ。
髪飾りやハンカチなどを作って、うまくできたものは自分で使うなり、欲しがるメイドがいればプレゼントするなりしている。
ちょうど猫が寝ている様子をハンカチに刺繍しはじめたところ、そこへ扉がノックされた。
「アンナ様、今日も精が出ますね」
訪ねてきたのは、シルヴィオ王子であった。
普段なら、とっくに王城へ勤務に出ている時間だ。だが、彼もしばらく婚姻式へ向けて、休みを取るらしい。
数日前までかなり忙しそうにしていたのも、この休みを取るが故の追い込みだった、とそう言っていたっけ。
私は刺繍を途中にしておいて、席を立ち上がる。
「どうされましたか、シルヴィオ王子。なにかご用ですか」
「たった一人の妃のもとに、用がなければ来てはいけないか?」
思わずどきりとして、その場でガタッと身じろいでしまった。
全く恐ろしい王子だ。飄々とした顔色は一切変えないまま、こんなことを言うのだから。
「そ、そういうわけではありませんが」
「……すまない。ほんの少し冗談を言っただけのことだ。忘れてくれていい。
用事があってきたのだが、アンナ様。今日のご予定は?」
そう尋ねられて、私は机の端に置いていたスケジュール帳をめくる。
屋敷にきた頃、つまり数週間前には空白しかなかったが、今は違う。
「午前は空いておりますが、午後には、掃除や製菓の手伝いがございます」
「ならば、今日はお休みいただけませんか。使用人たちには俺から話します。少し急ですが、これから街へ出ませんか」
「えっと、でもよろしいのでしょうか。皆さんにご迷惑が……」
「あなたは少し働きすぎなのですよ。それは、屋敷の者みなの総意です。感謝もしているが、心配もしている。
たまには羽を伸ばされてもいいと思います」
それに、と彼はなぜか窓の外に顔をふりむけて、少しくぐもった声。
「俺もあなたが付き合ってくれるなら、とても嬉しいですから」
こんなことを言われてしまっては、断れるわけもない。
私はまるで彼の美しさに操られるみたいにして、首がこくんと縦に振っていた。
今をときめく第一王子と、その正体が明かされず噂の渦中にある聖女ーー。
万が一にも顔が割れてしまったら大騒ぎになる。
そのため、目立たない地味な服を着てくるよう、シルヴィオ王子に助言をもらっていた。
しかし、私の場合普段から飾り気のない服を着ている。
使用人時代によく使っていた茶色を基調としたオールイン姿。
「……とても公爵令嬢にも聖女にも見えないかも」
待ち合わせていた大玄関に置いていた姿見に自分を写してみてもどうも野暮ったい。
やっぱり、使用人感が抜けていなかった。
しかし、今回ばかりはこれが正解だ。
そうは思うのだけど、一応銀髪を手櫛ですいて纏めていたら……
「おや、お早いですね」
りんと涼しげに鈴が鳴るような声が、後ろから聞こえてきた。
私はすぐさま髪を解いていた手を止め、身を反転しシルヴィオ王子を見やる。
「あの、それのどこがお忍びなんですか」
「……どこも全てそのつもりだ。これならば、ただの町民に見られる。ご安心ください」
「いいえ、どこからどう見ても王子ですよ」
たしかに努力は垣間見える。
黒色のシャツに、灰色のスラックスを合わせただけのシンプルスタイルに、顔は素性を隠そうとハットをまぶかに被っていた。
だが、その纏う雰囲気はどこまでも隠しきれていない。
長い足、すらりと伸びた背、着こなしも熟れているのだから、ハットの下を覗かずとも高貴な人だと一目でわかる。
シルヴィオ王子は私に代わって、鏡に自分の身姿を映してひとつ唸った。
「……そう言われれば、たしかに近頃は街へ出ることもなかったから、これが目立たないかどうかも分からないな」
「あの、もしよろしければ私がコーディネートしましょうか」
「アンナ様が、俺の服を?」
シルヴィオ王子は目を上に向け、少し間考え込む。
何を考えたのか、数秒ののち少しだけ頬を赤らめて、こちらを振り返った。
「それならば、ぜひにお願いしたい」
前のめりになってこう頼んできたのであった。
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