25話 俺の妃だ【side:シルヴィオ】
どうやら、先ほど凄んだのがよほど効いたらしかった。
申し訳ありません、と何度もぼそぼそと繰り返している。
しばらく立ち直れなさそうではあったが、今はケイミーのことよりも気にしなくてはいけないことがある。
シルヴィオは半ば走って、いよいよ中庭にたどり着く。
そこで見たのは、アンナが聖女の魔法を使い庭の草花を活性化させる光景。それから、オスナへと笑顔を向ける姿だった。
オスナも柔らかな、かつ少し嬉しそうな笑みを浮かべている。
それを見るや思わず、二人の前へと飛び出してしまった。
「俺の妃だ。少々近すぎるのではないか、オスナ・グリーン」
間に割って入ると、アンナの手を取り、彼女を自分の方へと引き寄せる。身長差があるから、彼女の後頭部がシルヴィオの胸にぽふっと収まる。
ここまでするつもりはなかったのだ、本当に。
けれど、身体が勝手に動いてしまっていた。自身でさえ、衝動に突き動かされた自分の行動には驚きを禁じ得ない。
いつのまに、ここまで思いは強くなっていたのだろうか。
呆気に取られていたら、素っとん狂な声をあげたのは、アンナだ。
彼女は驚きの表情を浮かべてから、心配そうに眉を下げてシルヴィオを見上げる。
「シルヴィオ王子! どうして、こんなところに!? 今日はお休みをされていたのでは? お体はもう大丈夫なのですか」
「アンナ様、ご心配無用でございます。問題ないので、俺はここにいるのです」
「……それなら、よかった」
と、アンナが頬を緩めたのは束の間だった。急に焦ったようにシルヴィオの腕から逃れ、くるりと身を返したと思うと、彼女は両手をあわあわ宙に浮かせる。
そんな様子にさえ、どきりとしていたら、
「えっと、誤解でございます。シルヴィオ王子。私はオスナさんとただ魔法の練習をしていただけです」
アンナは、こう弁明を行う。かと思うと、
「……おっしゃるとおりです。アンナ様は特訓中もずっとシルヴィオ王子のことを思って、練習に精をだしておられました。アンナ様をお疑いになられるのはおやめください」
オスナもアンナの言葉を後押ししたから意外であった。
オスナは真剣な表情を、シルヴィオへと向ける。
だが、言われずともそんなことは分かっていた。それでも二人の間に割って入ってしまったのは、そう。たぶん、単なる嫉妬だ。
あの笑顔は、他の誰かに振りまくのではなく自分に、自分にだけ向けてほしい。そんな独占欲のようなものが、しらずのうちに働いてしまったのだ。
アンナが不貞を働くわけがない。
それくらいのことはあの手紙やクッキーに込められていた真心で、もう十分に分かっている。
だから、シルヴィオは今ここに立っているのだ。
「アンナ様」
「えっと、なにでしょう」
「俺はあなたを信じています。なにも噂が立ったことであなたを疑ってここにきたわけではありません。ただ、お礼を言いたくてここまで来たのです。俺の体調を気遣っていただき、ありがとうございます。それからクッキーも」
今度は誤解を生まないよう、はっきりまっすぐに彼女へと伝えた。
アンナは目を数回しばたいたのち、そのまま壊れたみたいに固まる。それから頬を一気に朱色に染めて、うつむいてしまった。
「そ、そんな……それくらい妃として普通のことです」
「クッキーを自ら作れる令嬢など、他にそうはいない。それもあれだけ凝ったものとなると、一流のコックにすらできないかもしれない」
「そこまで大層な物ではないですよ」
「いいや、大層な物ですよ。あなたが作ってくれたのなら、俺にとってはすべてが」
自然と頬がほころぶのを自覚する。
ついつい彼女の頭に手を伸ばし、軽く引き寄せていたら、ふっと隣でオスナが笑った。
「……なんだ、なにが面白いんだ」
「……いえ、ただ驚いただけでございます。シルヴィオ王子。あなたがそこまでアンナ様を、いえ、一人の女性に肩入れすることなど、これまでなかったことですから」
「なにか問題があるか」
「いいえ、まったくございません。あなたが相手ではいくら本気になろうと勝ち目がありませんね、それにアンナ様もその方が幸せになる。
アンナ様が優秀で少し先に進んでいますので、練習の再開は急ぎません、どうぞお2人でごゆっくりとなされてください」
どうやら空気を読んでくれたらしかった。
オスナは最後に憑き物がとれたみたいな、会心の笑みを見せるとその場を立ち去っていく。
それを二人見送ってから、アンナが口を開いた。
「……シルヴィオ王子、噂のこと、ご存じだったのですね」
「えぇ、ただ言えばアンナ様を疑っているみたいになりますから、口にするのを避けておりました」
「……私も。私も言えば、シルヴィオ王子にご負担をおかけするかと思いまして」
どうやら互いを思いやるがゆえに、ボタンの掛け違えが起きていたらしい。
アンナが先にくすりと笑う。
なぜだろう、素朴なその笑みにはやはり心の裾を揺すられるから不思議だ。
飾り気があるわけではない。
目立たずとも、ただ自然とそこにあるだけで彼女はシルヴィオの目を引く。それだけの理由で、
年齢差なんてどうでもよくなるくらい、心が惹かれていくのだ。
辺りに咲くどんな花々よりも、彼女がもっとも華やかに映った。
幼いころから見慣れた城の景色さえ、彼女が一人そこにいるだけで、まるきり違う。
色のない世界が、鮮やかな色に染まるかのようだった。
太陽の光だって、平等ではなく彼女にだけ熱心に降り注いでいるように、シルヴィオには映る。
「まさかシルヴィオ王子と同じことを考えているとは思いませんでした」
「俺もですよ、アンナ様。……そうだ、せっかく時間もできたんだ。お話がてら、城内の散歩でもいたしませんか」
「えと、お仕事はいかれなくてもいいのです?」
「みなには、あとで謝っておく。今はそれよりも、あなたといたい」
「……そ、そういうことでしたら」
「ありがとうございます。では、早くに動きましょうか。あまり誰かの目に触れると、また妙な噂を立てられて面倒だ」
「えっ」と声をあげるアンナの手を取る。
このあとは、王族の者しか立ち入れない奥まった箇所にある裏の庭へと移るつもりだ。そこには机といすが置いてあり、近くには小屋も用意してある。
今の季節なら、春風にあたりつつティータイムでも取れば、きっとアンナも満足してくれるにちがいない。
最近は仕事に追われすぎていたせい、顔を合わせることこそあったが、ゆっくりと話せてはいなかったから、いい機会にもなる。
そんな想像をするだけで、早くも幸福感を覚えるシルヴィオであった。
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