23話 戸惑うくらいの思い【side:シルヴィオ】
ふと目を覚ますと、部屋の中はずいぶんと明るかった。
しばし天井を見つめてから、シルヴィオは、はっと気づいて窓の外を見る。
思わず額を打たざるをえなかった。
もう太陽は頂点を通り過ぎて、少し下りにさしかかっているではないか。
「……どうやら、やってしまったらしいな」
シルヴィオはこう呟き、ふうと一つ息を吐く。
そのとき、枕元に置かれていたなにかに頬が触れた。身体を起こして、それを見てみれば、二通の便箋が置いてある。
「カルロスの奴、余計な気を回してくれたらしい」
うち一つは、執事であるカルロス・ポポロによる業務連絡。
どうやらシルヴィオに疲労がたまっていたことを彼は察していたようだ。
昨夜、夜なべして完成させた領地裁定の資料をシルヴィオの代わりに王城へと持ち込んでくれたらしい。
『今日はよくお休みください』とまで書かれてあった。
この分ならもう一枚の便箋も、カルロスからのものに違いない。きっと伝え損ねたことがあったのだろう。
そう思って、なんの気なしに触れると、便箋の下からリボンでむすばれた小袋が現れた。
驚きつつもまずは折りたたまれた書置きの上部を見てみて、思わず声が出る。
「……アンナ様」
差出人は、近い将来の妃・アンナからのものだった。
それに気づくや、シルヴィオはすぐに便箋を開き、いそいそと目を這わせる。
周りに誰もいないからこそ、繕わない態度に本音が出てしまっていた。
アンナとは、聖女が現れた際の規定に則り結ばれただけの関係だ。二人はひかれあってであったわけではない。
けれど、シルヴィオにしてみれば話が違う。
幼い頃にアンナに対して抱いていた淡い恋心は、ずっとシルヴィオの中でくすぶり続けていた。
それが、まさかの展開で夫婦として再会することになったのだから、本当ならば今にこの思いの丈すべてをぶつけたいくらい、アンナへの思いは強くなっていた。
それは自分でも戸惑うくらいの勢いである。日に日に愛おしくなるから怖かった。
何年経っても変わらない優しさ、その穏やかな微笑みはシルヴィオにとっては、まるで人生の光にすら感じるくらい。
手紙には、シルヴィオを気遣う思いが短い文章で綴られていた。
それを何度か読み返してから、その最後に追伸として書かれていた『あまり頑張りすぎるのはよくないですよ。休憩がてらにどうぞ』との一文を見て、小袋を手にする。
リボンをほどいてみると、
「クッキー……」
そこに入っていたのは、数枚のクッキーだった。
それもシンプルな物のみならず、ジャムが乗ったものや、サブレなどまで種類豊富に取り揃えられている。
使用人に作ってもらった際にはなかった凝ったものまで用意されていたので、アンナが作ったものと見て間違いなさそうだった。
それだけで胸を熱くするには、もう十分であった。
アンナが自分を気遣って、こうして好物を贈ってくれた。
きっと、彼女も昨夜つくったのであろう。シルヴィオのために、夜を撤して。
もったいないと思いつつも、うち一枚を口に入れてみる。
甘くてほっこり優しい味に舌が包まれるとともに、気付けばシルヴィオは立ちあがっていた。
どうしても、すぐに愛しい人の顔が見たくなったのだ。
すぐにでも感謝の思いを伝えたい。そう考えると、まだ重かった身体さえもすっと軽くなるのだから不思議だった。
すぐに屋敷内で飼育している馬に乗って、王城へと乗り込む。
アンナには危険と言っていてなんだが、単身で変装もしないままだ。今はこの気持ちのままに行動したかった。
本来ならば、まず向かうべきは王城内の執務室だ。
自分が不在にしている間に、なにか起きている可能性もある。
しかしどうしても、まずはアンナに会いたかった。
城内に入るやシルヴィオは役人に聞き込みを行い、アンナの居場所が庭園だと知る。
すぐにでも向かおうとしていたら、
「ちょっと、待ってくださいますー? シルヴィオ王子様」
行く手を一人の女性に阻まれていた。
ポニーテールに結んだ赤髪に、きりりと各パーツの主張が強い顔。その魔術師衣装に身を包んだ淑女と、シルヴィオは数日前に出会っていた。
たしか、ケイミー・ウォーカー。アンナの指導を担当しているはずの女だ。
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