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22話 本当の聖女様。

ここまで言ってしまったら、もう引き下がることはできない。


「ケイミーさんも関わっているのでしょう? 私があなたと不倫をしている、というあのありもしない噂を流したのはあなた方が二人で行ったのではありませんか」

「……なにをおっしゃって」

「ただの事実ですよ。カルロスにもいろいろと調べてもらいましたから」



もちろん、ハッタリにすぎない。

カルロスにはいっさい迷惑をかけないよう、伝えてすらいない。



しかし、追い込まれた形となったオスナにしてみれば、冷静に判断できるものでもないらしかった。


オスナの顔から笑みが、すうっと引いていく。吊り上げられていた唇の端が、元の位置まで落ちる。

それを一瞬だけ力なく吊り上げて、それから彼は頭を垂れた。

まるで『活性魔法』を施す前の花々のよう。すっかりと萎れてしまっていた。


「お見通しでしたか」


オスナはぼそりと一言、そうつぶやく。


どうやら、あたりだ。やはり私の直感は正しかったようだ。


「えぇ、ケイミーさんやあなたの態度には、かなり初めから違和感がありましたから。それに、そのタイミングであの噂が流れてきましたから確信しました。

やっぱり私の立場を利用しようとしてのことですか」

「…………はい」


オスナは、言いよどんだ末に力なく首を縦に振る。


完全に観念したらしい。


ケイミーにそそのかされ、結果として今回の策に共謀したことを自ら認める。



ケイミーは、私の評判を意図的に下げることでシルヴィオ王子を落とすことを。

オスナは、聖女のお近づきになることでより高い地位につくことを。


それぞれの目論見が一致したことが、今回の茶番劇につながったらしい。


罪をひととおり白状してから、オスナは落としたままの頭を少し横へ向けて、精気の抜けきった目線をこちらへとくれる。


「それもこれも、失敗したら終わりですね。どうぞ、僕を糾弾して裁判にでも突き出してください。安易に立場を得ようとした僕が全て悪いのですから」


どうやら聖女の指導担当をクビになるだけでなく、罪にかけられると思っているらしかった。


たしかに、聖女をたぶらかそうとしたのだから、それだけを見れば、相応の重い罰が必要かもしれない。

彼がこう考え至るのは自然なことともいえる。


しかし、それで済ませるには私は少し余計な情報を聞いてもしまっていた。


「そのつもりはありませんよ、とりあえずは」

「……は? なぜですか、まさか少しは本当に気を許して?」


「いいえ、そうではなくて。あなたのご実家の話を小耳にはさんだのです。あなたが私に近づいたのは、ご実家のためなのでしょう?」

「そのようなことまでご存じでしたか……」

「まぁカルロスは優秀ですから」


彼は、ただぐちぐちと痛いところを突いてくる、陰気な仕事人間じゃない。

噂の収集一つをとっても王家の執事は、出来が違う。


「ご察しのとおりですよ。僕の実家・グリーン家は、ここ何代かで内部抗争や干ばつで、かなり苦しい状況にあります。

 兄弟がその対処にあたっているなか、僕だけ魔導士として王都にいる。期待もかけてもらっている。その僕が結果を出さないで、そう顔向けすればいいのやら分からない。だからどんな手を使ってでも、ってそう考えたんです」


オスナはそこからもう少し詳細に事情をつらつらと語る。

しかし、許しを乞いたいという思いはなかったらしく……


「僕の行動が誤っていたんですよ、素直に努力をすればよかった話ですから。ケイミーの誘いいに乗ったのは僕が未熟だからです」

「……オスナさん」

「僕に同情する必要はありませんよ。あなたは被害者なんだ。

 ただもし、それでも僕を心配いただけるなら……グリーン家をどうかよろしくお願いいたします。僕の愚行で兄たちの努力が無駄になるのはしのびないですから」


オスナは角を尖らせた真剣さのこもった目、私を見つめる。


この研修の期間はほとんど二人きりだったのだ、目を合わせることは何度もあった。


けれど、今がはじめてちゃんと正面から、オスナと向き合った気がする。



今は痛いほど、彼の思いがよく伝わってきた。

オスナは実家のためと、その期待を一身に受けとめすぎているのだ。故郷に錦をかざろうとするあまり、今回の愚行に走った。


期待されることがどれほど負担になるかは、私には分からない。

最初からないもののように扱われ、なかば無視をされて生きてきたし、期待された試しなんてほとんどない。


けれど、対極にいたからこそ、期待を背負い続けることがどれほど大変なことかは感覚として分かっていた。


その重圧がどれほど彼の背を押しつぶしているかは、推して測れる。


「……別に、どこにも言いませんよ」


だから私は、こう伝えた。

オスナは目を丸くして、虫が鳴くような小さな声で「どうして」と漏らす。


「あなたのお気持ちは十分分かりました。

結局私は被害を受けていませんし、それにオスナさんのご指導のおかげで、この短い期間で、かなり上達できた気がしています。今あなたがいなくなると困るのです」

「……でも、いくらケイミーにそそのかされたとはいえ、僕はあらぬ噂まで使ってあなたを貶めようとして――」

「いいんですよ、それはもう。

その代わり、私がちゃんとした聖女として振る舞えるよう、これからもご指導をください。

私も、あなたが胸を張って故郷に錦を飾れるよう、努力をします。あなたの教えを受けた聖女として、立派になれるよう努めますから」


私は、決意をこめてはっきりと言い切る。


それからベンチを立ちあがり、両手で皿の形を作った。先ほどと同じように『活性魔法』を使い、聖なる力のこもった神秘の水をためていく。


聖女の魔力は、祈りが大きな力となる。

彼の本音に心を打たれた今ならば、さきほどよりもより力が発揮できる気がしていた。


手のひらに貯めた水を、あたりに撒く。


するとどうだ、草木が一気にその勢いを増し、生い茂った。

それも、かなりの範囲だ。自分の周り程度がせいぜいだったところから、見える範囲一帯に魔法の効力は届いたらしい。


「これならば、どうでしょうか」


私は思いがけないほどの成果に心が弾んで、少し高めの声、後ろを振り向いてオスナに伺う。


すると一瞬、彼は頬を真っ赤に染める。

それからやがて今に決壊しそうな表情になり、目に涙をこらえていた。


それをぐしっと腕でぬぐって目元を隠したまま言う。


「……あなたは、本当の聖女様だ」

「え? いきなりなにです?」

「こんなどうしようもない僕すら救ってくれるんですから、間違いありません。アンナ様が聖女に選ばれるわけが、分かりました」

「……救ったなんてそんな。ただ、私が勝手にやっただけのことですよ」


私はこう言うけれど、彼はそれに首を予期へ振る。

その場で片膝をつき、こうべを垂れた。


「それでも、構わないのです。僕はあなたに救われたことは確かだ。この身を心を救っていただいた。

……分かりました、アンナ様がそう言うならば、その寛大な処分を甘んじてお受けしたい。この身を賭して、あなた様が聖女として認められるため、力を尽くしましょう」




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