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17話 魔法教育係が職務放棄!?


最後に王城へ入ったのは十数年ほど前のことだった。


右も左も分からない状態の私は、シルヴィオ王子に付き添ってもらい、中を案内してもらう。


壁に飾られた絵画や、豪奢な廊下などに改めて圧倒されていると、指定されていた部屋にたどり着いた。


さすがに王城だ。部屋ひとつをとっても違う。

いかにも高そうな家具たちが置かれる中、机の横に整列するのは、男女の二人組だ。


「お待ちしておりました。

 今回、指導を担当するオスナ・グリーンと申します。これからよろしくお願いいたします、アンナ聖女様」


オスナは、清潔感のある短い緑色の髪を真ん中分けにした、20代前半ごろの青年。


「私は、ケイミー・ウォーカーと言います。同じく、指導や補佐を勤めさせていただきます」


ケイミーも同じ年頃に見えるが、化粧っ気が強いため、詳細までは分からない。

ショートの赤い髪を含めて、表情には自信があふれ出ている。


どちらも同じ魔導衣に身を包み、実に丁重に頭を下げていた。

シルヴィオ王子はそれをすぐに上げさせて、


「二人とも、アンナ様をよろしく頼む。ゆめゆめ危険な目には合わさせぬよう」


ひやりと、雪が肌を撫でるみたいな少し低い声音になる。


屋敷外で誰かと話しているのをみるのは、思えば初めてだ。


これが昨日の夜に言っていた、王子らしい振る舞いなのかもしれない。

普段より、さらに事務的というか、あえて本音を隠しているようにも感じられる。


これが第一王子としての彼の姿。

私が思わず唾を飲んでいると、彼の視線がこちらへ向く。冬の海みたいに尖って見えた青の瞳からは、厳しさが消えていた。


「失礼、アンナ様。あなたのご挨拶がまだでしたね」


私は不意をつかれつつも、気を取り直して自己紹介を行う。

その後、座学から行い実践へと移る指導の流れを聞いたところで、


「では、アンナ様。俺はこれで失礼します。終わる頃にまた迎えにあがりますから」


シルヴィオ王子は場を後にした。


彼以外は、まったくの初対面だ。少し心もとないが、仕方がない。


いよいよ、聖女としての鍛錬が始まるのだ。


皆が望んだ人選ではないかもしれないが、せめて期待に応えたい。

私はそう意気込んで、銀の髪を纏めなおして臨んだのだけど、思わぬ形でそれは水を差されることとなった。


「はぁ……。まじでありえねー」


シルヴィオ王子が立ち去り、扉が閉まった途端、ケイミーが盛大なため息をついたのだ。


乱雑に、耳横の髪をかきむしっている。はらりと赤い毛が舞った。


「……えっと、なにがですか」


恐る恐る尋ねてみると、ため息が重ねられる。


「なにがって、あなたのこと以外ある? ないでしょ。聖女っていうからどんな美人かと思ったら、こんな年増がきたら萎えるでしょ普通。シルヴィオ王子がかわいそ。あんたなんかに、あんな丁寧に接しなきゃだめだなんて」


オセロの駒を返したみたいに、さっきまでの丁寧な態度が一変していた。


とんとんと積み重ねられる悪口に、頭の中に蘇るは妹・メリッサの声だ。


このところ離れていたとはいえ、もう何年も毎日のように聞かされていた。


こんな短期間で耐性はなくなったりしない。


「ご期待通りではなく、申し訳ありません」


と、ほとんどノータイム、いっさい心を痛めないまま、我ながら慣れが恐ろしいくらい、端的に詫びを入れる。


しかし、ケイミーの苛立ちはその程度で収まってはくれない。


むしろ、どんどんと露わになっていく。さっきまでは、どうも猫をかぶっていたらしかった。


「はんっ。聖女ってのはこれくらいで、頭下げるんだ? 国を背負って立つことになる意味分かってる?」


彼女は片頬だけを吊り上げ、私に軽蔑の目をくれる。その後高めのヒールをだんだんと強く床に打ち付けて、高い音を鳴らした。


「ケイミー、そこまで言う必要はないだろ?」


それをオスナが止めに入り、やっと少し落ち着いたらしい。


「はぁ。もういい。とっとと講義始めるわよ。早く座ってくれる? 聖女サマ」


眉間に皺を寄せながら、皮肉たっぷりの言葉とともに、私を席へと促した。



あまりの豹変ぶりに呆気に取られていた私だったが、ひとまずそれに従う。


どうなることかと思ったが、本やメモ帳が与えられ、無事に座学が始まってくれた。


まずオスナが講師の担当をするらしく、ケイミーとは対照的に落ち着いた様子で、かつ穏やかな声音で進められる。


「最初はまず、この国の歴史の振り返りから行いましょうか。ある程度はご存じでいらっしゃいますか?」

「はい、一応過去に学びましたが……」


といって、学生だった頃以来の話だ。


とくに使用人として忙殺されるようになってからは、本に触れる機会も少なかった。

復習しなければ細かなことは分からない。


「でも、詳しくお教えいただいてもいいですか?」


私が素直にこう聞けば、横手でケイミーが舌打ちをする。


「そんなことも知らない人が聖女って……。あほらし」


その後も授業の合間合間に口を挟んでは、私へのチクリとした物言いは続けられた。



こちらはまったく反応しないよう努めているというのに、折れてくれないのだ。



執拗かつ、理不尽。

けれど、言葉の強さの割に、敵対心や悪意はそこまで強く感じられなかったから不思議だった。


……いわれのないことで、妹に散々ののしられてきたせいだろうか。


もしくは、私ではなくケイミー側になにか理由があったりして?



疑問に思いつつも、全てを何気なく聞き流していたら、彼女の堪忍袋に限界が来たらしい。


「すまし顔してればいいと思ってるわけ? うんともすんとも言わないじゃない!

 あぁもう。私、あなたの指導降りるから。あとよろしくね、オスナ」


彼女が部屋を出ていった際、扉を強く閉めるものだから、参考書のページがめくりあがり、数ページ前へと、戻る。


開始1日目で、まさかの職務放棄ときたらしかった。

しかも、彼女からはまだ何も教わっていない。


唖然とさせられた私は席に座ったまま、ただ目を瞬くのがやっとだった。


「アンナ聖女様。彼女のことは気になさらないでください。

 それと、できれば責めないでやってくれませんか。少し気が立っていたようです。あとでしっかり注意しておきますから、どうか王子にはご内密に……」


仕事を押し付けられた格好のオスナが、同僚だろう彼女を庇って言う。


「それに、座学や訓練なら僕だけでもまったく問題なくできますからご安心ください。僕はアンナ様が聖女で間違いないと思っていますよ」


ケイミーとは対照的なほど、礼儀正しかった。


元来から細い目を、なくなるまで細め、人のよさそうな清潔感のある笑顔を浮かべる。

にこにこという表現がしっくりくる笑い方はたぶん、誰しもに気に入られるだろう人懐っこさをしている。


……のだけれど、ここでも私は違和感を覚えていた。


「そろそろ続きをやりましょうか、アンナ様」


彼の笑顔は、心からのものとは違う。


その仮面の裏に、後ろめたさのような感情を感じる気がするのだ。



人の顔色(主に妹や父親)を窺わざるをえない人生を送ってきた私だからこそ、その微妙な差に気づいてしまった。


どれだけ上手く繕われていても、純粋な笑顔とは、なにかが異なる。

それこそシルヴィオ王子が稀に見せる、あの星が煌めくような笑顔とは全然別物だ。



ケイミーに強い悪意を感じなかったことと言い、オスナの作り笑いと言い……。


もしかしすると、二人がなんらかの理由で、わざとやっている可能性もある。

そう考えるのだけど、オスナによる講義が続くので、一旦は真面目に受けることにしたのであった。






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