14話 深夜、二人きり。
深夜。
使用人たちもすっかり寝静まり、音もなく真っ暗な廊下を私はひたひたと慎重につたい歩く。
いけないことをしている気分だが、確認だけはしておかなければ、寝られそうにもなかった。
片手に持った魔導灯だけを頼りに向かったのは、執事・カルロスに教えてもらったとおり、屋敷の裏手にある庭だ。
表のように花が植えられていたりはせず、ひっそりとした空間がそこにはあった。
こんな時間に外へ出ることなど、そうそうない。
思いのほか冷たい空気に体を縮めつつも、めげずに歩いていたら、人影に出くわす。
「……本当にいた」
庭にあったのは、シルヴィオ王子の姿だ。
こそこそと覗きに来た身である。すぐに声はかけられず、私は近場の草陰に身を潜める。
そうしつつ、なにをしているのやらと窺ってみて、思わずあっと声が出た。
生垣の奥へとシルヴィオ王子が消えていったのだ。
「…こんなところに抜け穴?」
すぐにその場所を確認しに行けば、草木で覆われて、カモフラージュがされている。
しかしその奥には、明らかに自然にできたものではない空洞があった。
やり口の手慣れ方からして、もう何度もやっているのだろう。
「やっぱり誰かと会ってるのかしら」
私はしゃがんだまま、そう呟く。
完全なひとりごとだったのだけど、思いがけず返事があった。
ただし、ヒト語ではなく猫語で。
にゃあんと鳴いて膝頭に頬を擦り付けてくるのは、よく知った三毛猫だ。そういえば猫は夜行性なのだっけ。
「ミケ。もしかして、慰めてくれてるの? だったら不要よ。これくらいは覚悟してたもの」
これで王子がやたらと私に甘い理由も判明したと言っていい。
よそで女性と会う罪悪感の償いや、ご機嫌取りだったのだろう。
いくら女性に興味がなさそうと噂されていても、20代前半の青年だ。思い人がいてもなんらおかしくない。
こうなってくると、カルロスの「心配ない」という発言が謎だが……、もしかすると彼なりに気を遣ってくれたのかもしれない。
ため息をついて、しかし、必要以上には落ち込まない。
引き返せるタイミングでよかったと捉えれば、むしろ今気づけてよかった。
私はそう考えて部屋へ戻ろうとするのだけど、そこで思いがけないことが起きた。
ミケが、その抜け穴から外へ逃げ出してしまったのだ。
「ちょっと、ミケ……!」
私は慌てて呼びかけるが、返ってきたのは足音のみだ。
どうしようかと迷っている時間はなさそうだった。
もしかするとこの先で王子と、その密会相手に遭遇するかもしれないが、背に腹はかえられない。
「待って、ミケ!」
私もその抜け穴から、外へと飛び出たのであった。
♢
抜け穴から外へ出ると、そこは裏手の山らしかった。
たぶんシルヴィオ王子が通ってできたのだろう、けもの道を上っていきながら私はミケの後をついていく。
足場が悪く追いつくことはできなかったけれど、そのしっぽはずっと見えていた。まるでどこかへと導くような歩き方にも思えた。
驚かせてより遠くへ逃げられたら大変だからと、ゆっくり後をつける。
やがてミケが足を止めるのでほっとしていたら、
「お前だな。最近、この山に勝手に足を踏み入れてるやがる不届き者はよぉ。いい剣提げてるじゃねえか。身ぐるみ全てと不法侵入した金、いただいていこうか」
少し先の開けた場所から穏やかではないセリフが聞こえてきて、私はびくりと跳ね上がる。
慌ててミケを抱え上げて、木陰へと隠れた。みゃと驚いたように鳴くから、一旦口元を軽く抑える。
なんの揉め事だろうかと思っていたら、
「……最近なにやら気配がしていたのはお前たちだったか」
次に耳を打ったのは、聞き覚えのある声だった。
思わず覗き込むと、そこにいたのはやはりシルヴィオ王子だ。
ただし一人ではなく、武器を持った5人の山賊たちに周囲を囲まれている。
対する王子は、剣一本しか提げておらず、それも護身用らしく尺が短いようだった。
まさかの窮地を前に、どくんと心音が跳ね上がる。
どうにかしなくてはいけないことだけは、たしかだった。
彼がこんなところで凶刃に掛けられて死んでしまっては、国中で大ごとになる。
――それに私だって、本当は彼の笑顔を失いたくない。
なぜならその輝きが、影ばかり落ちていた人生にやっと光をくれたのだから。彼が誰と密会しにいっているのだとしても、その事実は変わらない。
彼を救うためならば、なんだってしたい。
ミケを肩に乗せると、
「高きところにおわします神よ。わが手に、聖なる恵みの力を授けたまえ」
私は両手を結び、天に祈りを捧げる。
すると両手から煌々とした光が発されて、闇夜を照らし上げた。
前に倒れた時よりも眩しく、また勢いがあったが、鍛錬の成果が功を奏したのか気絶はしなかった。
「なっ、誰だ!? まさか魔法!? 貴族の差し金か!」
「くそっ、だがあんな魔法知らないぞ!? 眩しすぎる! 直視したら目が……っ!!」
そうして襲撃集団を翻弄したうえで、今度はその光の球を彼らの方へと放った。
その活性の力は辺り一帯に生える野草の成長を急加速させ、彼らの足をからめとる。
このために日々練習してきたのではないかと思うほど、うまくいった。
そうして捕えたところで、どうしようかと思っていたら、シルヴィオ王子が剣を抜く。
「この山はお前たちのものではない。もちろん、俺のものでも。この都に住む皆が平等に立ち入ることのできる場所だ」
そう言うと、次に彼は魔法の詠唱を行ったのち、剣に息を吹きかける。
すると、剣が纏ったのは風と水の魔力だ。
そういえば、とそこで思い出す。
普通の貴族ならば一人に一つの属性しか発現しない。
けれど、王家の者だけは、魔法属性の全般を広く使うことができるのだ。
もしかしたら、私の助けなどなくても王子は無事だったのかもしれない。
「……こいつも魔法!? くそっ終わった……! い、命だけは!」
「すぐにこの森から立ち去るのであれば見逃そう。ただし、もし断るというのであれば、ここで氷漬けにしてくれよう」
シルヴィオ王子は、山賊たちに剣を向け、声音と視線に怒りをこめる。
「わかった、許してくれ! すぐだ、すぐにでもこの山から出ていくから!」
「ちゃんと働き口見つけるからよぉっ!」
全員が反省の色を見せると、シルヴィオ王子は剣をしまい、「早く行け」とばかり手を払う。
山賊たちはそれに従い、命からがらといった様子で、その場から立ち去っていった。
それをしっかりと見送り確かめてから、怜悧な顔がこちらを振り見る。
「助かりましたよ、アンナ様。もうそこまで使いこなせるようになっていただなんて驚いた」
聖女の魔法の輝きは、シルヴィオ王子も一度見ている。
もはや隠そうとしても無駄らしい。
私はミケを抱え直して、おずおずと彼の前へ出ていく。
「驚いたといえば、まさかこんな場所で会うとも思わなかった。いつから見られていたんです?」
「えっと、すいません。カルロスに庭へ行けば王子がいると聞いたので行ってみたら、屋敷を出て行かれるところを見かけて――」
私は事情を説明し、何度も繰り返し頭を下げた。
そのわけは、一つだ。
「シルヴィオ様の恋路を邪魔しようというつもりじゃなかったんです、本当に。あなたが誰に会いに行かれようと、私は邪魔するつもりはありません。
ただミケを追ってきて、そしたら襲われていたので助けなきゃと思っただけで……」
そこを誤解されては困る。
正妻気取りで叱責してやろうなんて、まったく思っていない、本当に。
身振りまで使って、あくまで偶然だと強調してから、私は恐る恐る彼の反応を伺う。
怒ってしかるべきだと思っていたら、しばしの真顔のあと、くすっと腕に口を押し当てて、堪えるように笑っていた。
山の中、虫の鳴き声しかしなかった空間に、シルヴィオ王子の笑い声が響く。
めったに笑わなかったのに、ここへきて大放出だ。戸惑いつつ、尋ねる。
「な、なんですか。なぜ笑うのでしょう?」
「見当違いがすぎるからですよ。俺は誰にも会いに行くつもりはありません」
「えっ……。じゃあどうしてわざわざこんな深夜に、こんな山なんて――」
「それは見ればわかりますよ、きっと。せっかく抜け出してきたんです。アンナ様がよければ、このまま少し歩きませんか。お話も兼ねて」
山奥の深い闇すら、木の根まで照らしてしまいそうな眩しい笑顔だった。そんなものを向けられれば、断ることなんてできようもない。
それに、今度こそ完全に二人きり(ミケはいるけれど)だ。
ほかの気になっていることを聞くにも、いい機会になるかもしれなかった。
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