12話 特別な人【シルヴィオ王子Side】
「あなたは、やはり甘すぎる」
アンナの部屋を出てから廊下を少し歩いたところ、数歩後ろからカルロスがこう苦言を呈すので、シルヴィオは苦笑してしまう。
普通、執事がここまで面と向かって主人に意見はすることはない。
しかし、カルロスがかつてシルヴィオの世話係であったこともあり、彼は遠慮なくものを言うし、シルヴィオもそれを咎めない。
そのため、このぼそりと繰り出される小言は20年近く聞き続けていた。
経験上、そのほとんどが正論だとは分かっているが、今回も聞くわけにはいかない。
「いや、あれでいいのさ」
「なぜです? 私には理解いたしかねます。聖女にメイドの仕事をさせるのもそうですが……。魔力の使用を許してしまって、今度本当に聖女が倒れた、というような事態になったらどうされるのです」
「そこは、アンナ様も加減してくれるさ。それから、カルロスも気をつけて見ておいてくれ」
「……しかし」
なおも、抗おうとするカルロスだったが、シルヴィオが立ち止まり振り返ると、ここで言葉を切る。
「アンナ様はどうも、いわゆる名家育ちの女性とは違う。どういう生き方をされてきたのかは隠そうとされているが、窮屈な生き方を強いられてきたのは間違いない。それこそ、あのメリッサとかいう妹のせいかもしれない。
自分からなにかを望むことなどほとんどないし、誰かになにかをしてもらうことにまったく慣れていない」
「……それがなにか問題でしょうか。私には自立された女性としか思えないのですが」
「最初きたときから、アンナ様は自分を隠している。俺にはそう見えるんだ。
年上だから、聖女になったから、と役割に自分を当てはめて、できるだけその通りに振る舞おうとされている」
「つまりアンナ聖女様は、本当の姿を見せていないと?」
「あぁ、あくまで予測に過ぎないけどね。外で聖女として、年上として振る舞うのは、いいさ。
でも、家の中でまでそれじゃあ窮屈だろう? 俺だって、ずっと王子として振る舞うのは疲れる。それと同じことだ。
なんであれ、せっかくアンナ様が自分を出してくれたんだ。それなのに、ここでそれを止めたら、また借りてきた猫みたいになってしまう」
シルヴィオは目を瞑って、少し間、遠い過去に思いを馳せる。
アンナが弾くピアノに魅入られて、彼女と軽く会話を交わした日のことだ。
上手いという意味なら、他の方のほうが優れていた。それこそ、彼女の姉妹たちの方が譜面どおりに弾けていた。
けれど、なぜか彼女の奏でる音色だけが自分に響いてきたのだ。
シルヴィオはまだ少年だったのだけど、その演奏会のあと、アンナと少しばかり話したことも覚えている。
演奏から感じた通りだった。しばらく忘れられないくらいには、控えめながらも芯を感じる優しい声だった。
今に思うとあれは、初恋と呼べるものだったと思う。
以来、他の女性に対して同じような気持ちになったことがないから、よくは分からないけれど。
ともかくシルヴィオはアンナに、あの日のようにあってほしかった。せめて自分の前では、もっとアンナらしくあってほしい。
その願いは、カルロスがなんと言おうと捨てられない。
「……まさかですが、猫みたいだからミケみたいだからという理由で、あの方に肩入れしているのですか?」
「まさか、そんなわけないさ。まぁたしかに似ている部分もあるけどね。カルロスに語るような話じゃないってことさ」
シルヴィオはふっと笑って、再びゆっくりと歩き出す。
執事に対して、仄かな初恋を熱く語りたい趣味は残念ながら持ち合わせていない。
「まったく、あなたという人は変わっていらっしゃる」
「なんとでも言うがいいさ。それで、俺が不在の時はアンナ様のこと頼んだよ」
「…………かしこまりました」
不承不承という声ながら、彼はなんだかんだで優秀な執事だ。
言われたことは守ってくれる。そこには、シルヴィオも信を置いていた。
誰になにを言われたって、構わない。
歳の差も、出会ってから今まで空いてしまった空白の時間も、なにも関係ない。
ただシルヴィオにとって、アンナは誰より特別な人である。
その事実は変わりようがない。
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