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11話 駆けつけてくれる王子




「お気づきになられましたか、アンナ聖女様」


脳に響く抑揚のあまりない声でそう言うのはシルヴィオ王子お付きの執事、カルロス・ポポロだ。


王子によると、年齢は私と同じ28歳で、幼い頃から王子の世話係を兼任してきた腹心らしい。

頭がまだはっきりせず、私は転がったままたミケの背中を撫でつつ、ただ漫然と彼の姿を見つめる。



どうやら王家というのは、使用人の容姿まで洗練されているようだ。

清潔感のある黒髪オールバックや、若作りというわけではないが彫りの深いその顔立ちからは、その年齢でなければ出せないだろう渋みを感じる。


酸いも甘いも知り尽くしているかのような、大人の色気が自然と漂ってきていた。


「あの、……今は何時ですか」


やっと少し頭がはっきりしてきて、私は身体を起こしながら聞く。


それと同時に気を失ったときのことを思い出して、私はきょろきょろと首を振る。


「あなたが救ったメイドならば無事でございます。さきほどまでは、ここで心配そうに様子を見ておりましたが、別の仕事があり席を外しています」


ほっと私が胸をなでおろしていると、カルロスが続ける。


「現在は夕刻でございます。目を覚まされて本当によかった、もしなにかあったのならどうしようかと」

「いえ、そんな大げさな……」

「決して大げさではありません。あなたはもう聖女さまなのですから、あまり危険な行動は取られないようにしてください」


そう言い切ると、彼のじとっと湿っぽい目線は私の服へと移る。

魔法を使ったことだけでなく、メイドに混じって働いていたことも、直接的ではないが咎められているらしい。


「……以後気を付けます」

「それがよろしいかと存じます。むやみにその魔力を使うことも、使用人の真似事をされるのも、おやめいただきたい」


今度ははっきり忠告がなされる。

そして、彼はそこで終わらない。


「聖女様というのは、これから国民のあこがれとなり、象徴となっていくべき存在でございます。あなたがリシュリルの家でどのような扱いを受け、なぜそのお年まで婚姻なされていなかったのかは存じ上げませんが、これからは――」


など、『くどくど』という形容詞がふさわしい説教じみたお話が始まる。


そういえば、シルヴィオ王子に対しても、彼は同じように注意をしていたっけ。



小難しい内容ではあったが、妹・メリッサからの叱責よりは、よほど身につまされる。


ここは素直に聞いておこうと思って姿勢を正して聞いていると、入口の扉が勢いよく開けられた。


扉と壁がぶつかる。大きな音が立って、私は思わず目を瞑る。ミケが、濁音のついた声を上げて、布団の上から飛び退いた。


が、カルロスが冷静にぼそりと、


「随分とお早いお戻りでございますね、王子」


こう言うから目を開けると、そこには仕事着であるかっちりとした制服に身を包んだ、美丈夫もといシルヴィオ王子がいた。


「ミケ、すまないな」


飛びのいたミケにこう声をかけながらも、すぐに私のいるベッドの近くまで大股で近寄る。


確認するように様々な角度から見てくるので、私が身を縮めていると彼はベッドのへりに手をつき、しゃがみこんだ。

同時、長い溜息が吐き出される。


「よかった。アンナ様、その様子だと御無事のようですね」

「はい、もうすっかり。聞いていたのですか?」

「あぁ、カルロスが使者を送ってくれたんだ。倒れられていたと聞いて、慌てて戻ってきたところです」

「……え、お仕事の途中だったんじゃ――」

「それなら、心配しなくていい。話を聞いて、すぐに片づけてきましたから。この服は、ただ着替えるのが煩わしかっただけのこと」


どうやら、走って駆けつけてくれたらしい。

よく見れば髪が額に張り付いていたり、服が少し乱れたりしている。


本当に心配してくれていたことが、言葉よりもよく伝わってきた。



なぜここまでしてくれるのだろう、この人は。

いくら結婚する相手とはいえ、そこに愛がはぐくまれているわけではない。


彼は私を優しい人だと言ってくれたが、それだけならば、ここまで気にかけてはくれないだろう。


疑問がわけど、カルロスも同席している場でそれを聞くことはできなかった。


迷惑をおかけしました。


そう言おうとして、思い出す。そうだ、謝るのは禁止だと言われていたっけ。


「えっと、……ご心配いただき、ありがとうございます」

「その言葉を聞けただけで走った甲斐がありました」


私のぎこちない言葉とは対照的に、シルヴィオ王子はほんのりと唇をゆるませる。


まただ、またこの笑顔だ。

ほとんど見られない、そう流れ星がまたたいたみたいな奇跡的なまでに優しい笑みが、私へと向けられていた。


それから少し間を空けたのち、


「魔力をお使いになられたそうですね、しかもメイドのお手伝いをいただいたうえで、助けていただいたとか。カルロスから聞きました」


こう言葉を継ぐ。


考えても見れば、咎められてしかるべきなのかもしれない。


いくら窮地だったからとはいえ、なにが起こるとも知れない聖女の魔法をそれも詠唱付きで使ってしまったのだ。


それに、使用人に混じって働くという行動も、聖女としての品格を下げるものなのかもしれない。


「今後はもう勝手に魔力を使わないようにいたします。勝手なお手伝いも避けるように――」


反省の念をこめて私はこう言うのだけど、返ってきた反応は思っていたものとは違った。

シルヴィオ王子は、ゆっくりと首を横に振る。


「いいえ、その必要はない。使いたいのであれば、どうぞご自由にされるといい。

お手伝いいただくのは、むしろ感謝したいくらいですよ。実際、使用人たちも、あなたにとても感謝していたようだ」


執事・カルロスにとっても、まさかの言葉だったらしい。

驚き目を見開く私の横で、彼はため息を漏らすが、シルヴィオ王子はそれを取り合わない。ただただ私だけを見つめる。


「え、でも、またこうして倒れたらご迷惑をかけることになるんじゃ……」

「そうなったら、また今日のように駆けつけるだけのことですよ。屋敷では、とにかくご自由になさるといい。もちろん、倒れない程度にはしていただきたいですが」

「でも、それではまたご迷惑を――」


「そんなものはいくらでも、かけていただいて結構です。そもそも、アンナ様は少し遠慮をしすぎなのですよ。ここは、あなたの屋敷にもなるのです。もう少し、肩の力を抜いて、お好きなように振るまわれるといい」

「……シルヴィオ王子」


まるで諭すように言った王子の端正な顔を、私はまじまじと見て思う。

まったく、この人はどこまで度量が大きいのだろう。


シルヴィオ王子がもし女性だったら、私ではなく、きっとこの人が聖女に選ばれていたにちがいない。


それくらい、彼には敵いようがないなと思う。


私より4も若いとは到底思えない。いっそあっけにとられて、言葉をなくしていたら彼は席を立つ。


「それでは、着替えてまいります。のちほど、ご夕食の席で。行くぞ、カルロス」

「……かしこまりました」


2人連れ立って、廊下へと出ていったのであった。





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