第九十八話「盤上にて駒は動き」「指し手は己が駒を裏返す」
「───シム団長、あそこですッ!!」
何度も響く轟音を頼りに森の中を馬を走らせて、少し開けたところに出たところで、大きな瓦礫の山が黒煙を上げながら動いている光景が私の目に飛び込んできた。
「おお、かなりデカいな。あの煙は……なんだ? 誰か、分かるか?」
シム団長が目をこらすがよく見えなかったようだ。代わりに近くにいた『サイエス騎士団』の一人が単眼鏡を覗いて、煙の原因を探る。そして驚嘆の声で言った。
「……信じられない、大型弩砲が破壊されています!! 推定で十台はあったようですが、二台を残して他は完全に───!!」
「マジかぁ……カイトの奴、ソレを単独で、しかも一晩でやったってのか。んで、肝心のカイトはどこに……」
伝言通り、無茶だと言われたことを実行しただけでなくほぼ達成と言えるくらいの破壊活動に、聞いていた私たちは彼の評価を改めた。
要塞竜との戦いは最早、攻城戦と呼んでもいい。そして攻城において攻める側は不利。しかも、相手はただの城や砦ではなく大型の魔獣で、たまたま残っていた稼働中の兵器でちゃっかり武装している。そんなのを前にして単独で挑む───そのような暴挙を、あのカイトがやったのだから。
そして周囲を見回してカイトの姿がないか探そうとした時、
「まずいッ───砲撃、来ます!!」
単眼鏡を覗いていた騎士が声を上げる。
「こちらに照準、三秒後に発射!!」
「ゼスト、やれ!!」
「応よ!!」
緊急事態に対して、かなり省略されたシム団長の指示に『アダマス騎士団』の面々───団長であるゼスト・ジェルバさんと騎士たちが馬から降りる。
「拳、構えぇぇぇ!!」
『アダマス騎士団』の特徴は全員が大柄で、鍛え上げられた自慢の筋肉による超ゴリ押しの力技で万事解決する。使用する魔法も筋力増強と心身強靭の二種が主で、あとはそれぞれ得意な魔法と愛用の武器を使う。
「タイミング、合わせえぇぇぇ!!」
そんな屈強な集団が綺麗な横一列並びで、ゼスト団長の声がけに従って、右手に作った拳を大きく後ろへ引いていき、
「空打ち、放てえぇぇぇ!!」
「「セイヤアアアアアアア!!!!」」
踏みしめた地面に足が沈み、気迫のこもった声と共に全力で拳を振り抜いた。
「え、うるさ」
いや、ごめんなさい、あまりの大声だったから。
そして大型弩砲から発射された光の矢は四条の光となって空へと昇った後、ゆっくりと軌道を変えて私たちへと降ってくる。一撃でも当たれば壊滅的な被害を受ける光の矢だけど、それは『アダマス騎士団』総出による、振り抜いた拳から出す衝撃と風圧で目標を吹き飛ばす───地対空拳法『空打ち』によって、吹き飛ぶどころか消滅した。
魔力を使わない、純粋に肉体のみで行われたこの迎撃に何人かが、そうはならんだろ、なんて小声でツッコミをいれている。でもなってるんだよね、コレ。
「うむ、我らの肉体は兵器にも勝ったか。やはり筋肉は良いな!!」
ガハハと笑う『アダマス騎士団』。ホント、なんで勝るんだろう……。
「なあ、これもう兵器作るよりコイツらを砦に置いとけばいいのでは?」
「なるほど、つまり彼らを量産すればいいんですね」
「密かに温めていた人工生命創造計画の実行が現実味を帯びてきたな」
「おい待て、なんだその後々すごい大問題になりそうな計画は? 目をそらすな、オレの目を見て質問に答えろ、オイ」
シム団長の冗談混じりに言うと、それを聞いていた『サイエス騎士団』の団長クリュニア・ズィーガルと『ガタノゾア騎士団』の団長ルフナイア・ルラ・クトゥホテプがなにか危険な予感がすることを言い出して、シム団長が食い気味に問い詰める。
気にならないと言えば嘘になるけど今はそんなことをしている場合ではない。
「あの、第二射までどれくらいですか?」
「うーん……発射に必要な魔力と充填速度から考えて、五分くらいでしょう」
「あまり時間がない、仕方ないか……」
ここにアーゼス副団長がいればなあ、なんて思いながら私はシム団長の代わりに、指示待ちしていた騎士団の皆さんに声をかける。
「えーっと……じゃあ、皆さん、それぞれ配置について作戦通りにお願いします」
「「はーい」」
ペコリと頭を下げる。
私より長く付き合いがあるだけに、団長たちが揃うと確実に言い争うと分かっていたのだろう。先輩方は気にすることなく素直に従ってくれた。
私も頷いて、『野狐』を召喚。分け身で数を増やして散開させて、要塞竜が中心になるように『野狐』たちを起点に広範囲の補助効果のある領域を作り出す。
この領域内にいる指定した者には、私が出来る補助系の魔法全てが常時付与させられる。補助から攻撃魔法に切り替えることも可能だけど、やれることが多い分、補助効果は薄めたポーション程度の微々たるもの。ほんの気休め程度でしかない。それでも、
(……それでも、カムイが見せた三重結界を参考にして、私の魔力量と『野狐』の分け身の特性を組み合わせた───この『四季千変・流転万象』はこの戦いで役に立つはず!!)
移り変わる季節の様々な景色。
色鮮やかに咲く数多の花。
その景色と花で彩る女神の名を冠した壱から肆の『式』で私はこの戦場を飾る。
「私の力不足で、あまり高い効果は望めませんが、持ってきた物資の節約にはなると思います」
「……確かに、格段に強化された感じはしないが」
「有るのと無いとで大分違うんじゃない?」
「なんか調子がいい時みたいな感覚だな」
「『空打ち』した後って腕が少し痛むんだがもう治ってる……」
「流石はサザールの妹分だ、オウカ。これならペース配分なんて気にせず暴れられるってものよ」
領域の効果に先輩方から高評価を頂く。
「───ホント、俺の相棒は最高だよな」
直後、落雷のような大きな音と共に要塞竜が纏っている砦の残骸の一部が爆ぜ、吹き飛んだ。
「え───」
「な、なんだぁ!?」
「残りの大型弩砲の一台が破壊されています!!」
なにが起こったのか全く分からなかった。
ただ、視界の端で……空を割くよう真っ直ぐ、紅い光の尾を引きながら、なにかが飛来したように見えたけど、あまりに速すぎる。
驚いていると再度、また紅い輝きと共になにかが空を瞬きほどの速さで突き進み、要塞竜が纏う瓦礫の鎧を貫き、最後の大型弩砲を木端微塵にした。
『────、───ッ──!?!?』
爆発と同時に要塞竜の巨体が沈む。爆発した箇所は前脚の付け根、巨体を支える為に元から負荷がかかっていたからなのか、轟音と共に地に伏した。
「「…………………」」
い、いったい何が。
「おーい、オウカー」
「か、カイト!? 今の、紅い光はカイトがやったの……って大丈夫!?」
声がして振り返ると手を振りながらカイトが駆け寄ってきた。……全身を泥で汚し、両目は真っ赤に充血、あちこち怪我をして、血の匂いを風に乗せながら。
足取りがおぼつかないのかフラフラと今にも倒れそうで急いで肩を貸した。
「おうカイト、お前……まさか薬物強化を?」
「あー、ハハ……興奮剤を使いました、シム団長。動悸がするし、目が熱く感じる……」
「完全に副作用だな。……んー、重度ではなさそうだ」
「そりゃ、後遺症が怖いですから。大量に使ってはいませんて」
シム団長が気付いてカイトに治癒魔法をかけながら今まで何をしていたから聞く。
「一晩、伝言通りに動いていたのか?」
「まあ、はい……初めは一撃離脱であの兵器を破壊しようとしてたんですが、途中から追尾することを利用して、矢に追われながらあの竜に近づいて自傷させるっていうやり方で」
「無茶するなあ、お前。だからそんなにボロボロなのか」
「至近弾ではないにしても何度か吹っ飛ばされましたね」
「ったく……この馬鹿野郎」
「イテッ」
治癒魔法を解いた後のシメにとばかりに、シム団長から軽く拳骨を食らい、スイマセンとカイトは謝る。
「しかし、お陰でこちらは攻撃に集中できるってもんだ。要塞竜は耐久力が異常に高い代わりに、攻撃手段が皆無。踏み潰されないよう気を付けているだけでいいからな。カイト、まだ働けるか?」
「少し休みたいってのが正直なところですけど、俺は基本的に遠距離からの火力支援が主ですからね。休みも兼ねつつちまちま撃ってますよ。一晩の内にどの武器なら手応えがあるか色々試したんで、多少は効くはずです」
「ようし!!」
「ヒュ───」
バシンとカイトの肩を叩くシム団長。その衝撃で膝から崩れ落ちるカイト。肩、大丈夫? 大丈夫じゃない? うん、そうだよね……。
「これより作戦行動に移る!! 全員、配置につけえ!!」
「オウカ、肩から先の感覚がないんだ……腕とれてない? ポロッととれてそこに落ちてない?」
「ちゃんと付いてるから大丈夫だよ、だから安心して。ほら、私たちは離れた場所に行こう」
ちょっと涙目になってプルプル震えならこっちを見るカイト。なんだろう。そんなのを見せられると、胸の奥がこう……キュッとなって、ゾクゾクと込み上げてくる不思議な高揚感に口角が上がってしまう。
「シールド全損してないのに、肉体にダメージとか。貫通効果でもあんのかよ、あの人は……」
「はいはい、私が支えるから立って。あとで慰めてあげるから」
バタバタと地面に伏している要塞竜を取り囲んでいく先輩方。各騎士団の中でも高い火力を出せる人達が攻撃するタイミングを見計らっているのを横目に、腕が、俺の腕が、と小声で繰り返し言うカイトを連れて行くのだった。
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その光景を見て、私は悟った。───これは罠だ、と。
「みんな、ここから逃げ」
振り替えって、連れてきた医療班の子達とここまで案内してくれた部下の騎士に指示を出そうとしたけど遅かった。タァンという、聞き覚えのある音と共に彼らは額を撃ち抜かれて死んでしまった。
「───これは、どういうつもりかしら……?」
私が見つめる先、木々に囲われた小さな池の近くには……先遣隊として出発し、夜通しで要塞竜を見張っていたものの攻撃を受けて退避していた騎士が死体の山となって積み重なり、その血で池を赤黒く染めていた。
「どう、と言われましても……」
そして、私の問いに『彼』は普段通りの様子で、しかしいつもとは違う姿で、はぐらかしもせずにアッサリと答えた。
「見ての通りですよ、アーゼス副団長。ここで貴女には退場してもらう。ああ、別に殺そうってことじゃない。特別に枠を一つ空けてもらえたんでね、これはそこを埋める為の人員確保ってとこだ」
「そちらに鞍替えしろってこと? お生憎様、そのつもりは毛頭ないわ。誰が───」
「貴女の意志は聞いていない、これは決定事項だ」
『彼』は手に持った武器をこちらに向けて引き金に指をかける。
「あの子を、悲しませるつもり……?」
「心苦しいけどな。悲しませてでも、俺にはやらなければならないことがある」
真正面で純粋な戦いなら私に勝ち目がある。でも、今のこの状況を作り出したのが『彼』であるなら、それがどういう意味なのか。隊舎での女子会で何度も聞かされてきたからよく分かる。
「………詰み、ね」
「お気づきの通りだ、ここにいるのは俺と貴女だけじゃない。翼を出しても構わないが、その時は全員で取り押さえる。手荒な方か、大人しく従うか。どちらか好きなのを選んでくれ」
「そう、そこまで知ってるのね。じゃあ目的は私の力だったわけ? まともに使いこなせると思っているのかしら、貴方の今の上司は?」
「さてね」
フッと笑みを浮かべて『彼』はゆっくりと近づいてくる。
「次に目を覚ました時、貴女がどんな顔をするのか。期待せずに待ってるぜ、アーゼス・カトリエル」
ガツン、と後頭部から走る衝撃に意識が遠い彼方へと飛ばされる。気を失うまでの僅かな刹那。倒れたであろう私を見おろす『彼』の腕にあるソレを見ることしかできなかった。
(……とぐろを巻く赤い竜……どうして貴方が、帝、国、に───………)