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良縁悪縁ひっさげ歩む我が人生  作者: あすか
第一章
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第九十六話「幸福な今」「激戦を前に」

「───なに……?」


ここまで意識がハッキリと覚醒した目覚めは初めてだった。全ての神経が研ぎ澄まされながらも、まるで戦闘前のような緊迫感と緊張感がしていて、どうも息苦しい。


「カイト、カイトっ」

「んぁ……」


私の隣ではカイトが寝ている。その彼の腕に私は自分の頭を乗せ、体が密着するように寝ていたようだ。


「…………」


やはり彼と一緒だと心が落ち着く。


同じ部屋で過ごすようになってから私と彼の距離感はより近くなったと思う。


決定打になったのは間違いなくこの同衾かな。人に見られる恥ずかしさよりも、彼の隣にいたい欲求が勝り、人前だろうと私はべったりと彼にくっつくようになった。そして彼もそれを受け入れてくれて、ちょっと嬉しかった。


「起きて、カイト」

「んん……」


僅かに開いた目と視線が合う。


するとカイトはモゾモゾとゆっくり動き、私へと抱きついてきた。


「あっ、ふふ……」


同室になってから分かったことだけど、カイトは朝に弱く、目が覚めてからの数分はぼーっとしていて反応が子供のようになる。


(もう…普段は頼りになる相棒なのに、朝だけはこうなんだから)


私の胸の中に顔をうずめるカイトの頭を撫でると穏やかな顔になった。……こうして、こちらから優しくしてあげると、素直に甘えてきてなんだか可愛く見える。


しばらくこのままでいたいけど、というかこのまま二度寝したいのが正直な感想だけど、未だに感じる息苦しさの正体を調べなきゃいけない。


「カイト」

「んぅぅ…………ぁい」

「朝だよ、おはよう」

「…ぉあよ……」


うん、かなり低い声だったけど、辛うじておはようと聞こえた。


「ん、ふあぁ……眠い」


起き上がったカイトは眠そうに目をこすり欠伸をする。


「また夜ふかししたでしょ。ここのところ夜に出かけることは減ったけど、寝る前は必ず本を読んでるよね」


先週辺りまでカイトは頻繁に夜に出かけては朝帰りしていた。そしてそれをやめてからは、私と一緒に寝るけど読書をするようになり、彼の枕元には何冊も本が積み重なっている。


「それ、なんの本なの?」

「……あー、それらはお嬢から借りたやつだ。言っておくけど色々と決まりがあって、借りた俺しか読めないからな。やってみろ」

「なにこれ……開こうと思ってもビクともしない」


お嬢、というのはカイトと事実上の上司にあたる第二王女ジブリール様だ。国の王女に対してなんて呼び方をするんだと思ったけど、ジブリール様ご本人は気に入ってるらしい。


カイトに言われて、適当に選んだ一冊を手に取って開こうとすると、まるで一つの固体かのようだった。


「ねえ、カイト……今日というか今なんだけど、変な感じしない? こう……息苦しい、みたいな」


本は諦めて本題に入る。すると、



「んなの昨日の夜からしてたぞ」



彼は力一杯に伸びをして背骨をコキッと鳴らしながら言った。ちょっと痛かったのか、ウッと呻いた。


「なんかイヤーな感じがして寝付けなかったんだ。まあ途中で眠ったから、こうしてオウカに起こされたんだけどな。……支度してシム団長のとこに行こうぜ」

「うん……前から思ってたけど、よく獣人の私よりも早い段階で勘づけるよね、カイトは」

「体質なのか、色々経験してきたからこそなのか、早めに備えれるという点では助かってるんだよな」


そう言って寝る時用の薄着を一瞬でいつもの黒服に早変わりさせるカイト。


「ほんと、変わった能力だね。それ」


彼の武器である銃に、爆弾、罠、回復系の道具だけでなく、着ている服まで【場違いな人工物(オーパーツ)】という能力で召喚したものだと知った時は驚いたよ。お金要らないじゃん。


「俺しか使えないんだ、他と比べても変わってるのは当然だろ」


得意気に笑ったカイトは、外で待ってるから早く着替えろよ、と言って寝室から出ようとして、


「ああ、そうだ……その前に」

「わっ」


自然に、それでも気持ち早めに、彼は私の頭にキスをしてきた。


「ちゃんと言えてなかったから改めて、だ。───おはよう、オウカ。朝一番にお前の綺麗な顔を見られるのは良いモンだな」


更には耳元でそう囁いてきた。


彼の言葉が頭の中で反響して、カアッと顔だけでなく全身が熱くなったのを感じる。これ絶対に赤くなってるよ。


「〜〜〜〜〜ッ」

「ククッ」


私の顔を見てイタズラが成功した子供みたいに笑ってからカイトは寝室から出た。


(な、なに? なになになにっ? なんなの最近のカイトは!? やること言うことが大胆じゃないかな!?!?)


一人だけになった寝室の中で思わずその場で座り込み顔を両手で覆う。


(全身が熱い、体の奥から沸騰したお湯が湧き上がるみたいになってる……っ)


いつからかカイトの私に対する言動が大胆になってきた。


まるで、演劇や小説に出てくるような優しくも甘いそれは、二人きりの時だけでなく、人前であろうとお構いなしにやってくる。


相棒として組み始めた頃は、気が合って頼りになるし、大きい胸の女性をチラ見しては陰で拝むのがなんか癪に障るけど、私にはとても優しいなぁ───って感じだったのに、今ではこちらを口説き落としに来るかのようだ。


(……今の私たちを、同棲してる新婚夫婦みたいだってこの前の女子会で言われたけど、私とカイトは相棒ってだけで、別に付き合ってるわけでも夫婦でもないし……)


そう言ってやったら女子会に参加していた全員が、なにか信じられないものを見たような目で私を見てきたけど、あれはなんだったんだろう。


「夫婦、かぁ……やっぱり、周りからはそう見えるのかな」


貴族社会では、優秀な者は早めに子供を作らないといけないとされ、子供の頃から許嫁だったり契約や政略で結婚相手が決められている。


そして『サザール騎士団』は王国騎士の中でも最上位。国王直属ということもあってか、一代限りの騎士爵ではあるものの高い権力を有し、騎士であるが故の戦闘する機会が多さからやはり早い内に結婚して子供を作ることが望まれている。


私はもうじき26歳になる。貴族基準で考えれば婚期を逃しそうだと焦る頃だろうけど、


「カイトと一緒にいる『今』が一番だからなぁ……」


今の生活が充実し過ぎていてそれ以上のことを望むという考えがない。


「でも、私はそうでも……カイトはどうなんだろう?」


私と彼は相棒という関係であって恋人ではない。


最高だとか、一番だとか、これまで私に言ってくれた言葉は相棒としての意味だ。いつかは誰か相手を見つけて、結婚してしまうんだろう。


そうなったら相棒として祝福しないけない。でも、なんだろう。彼の隣に私ではない他の誰かがいる、そんな未来を思うと───



「なんか、嫌だなぁ……」



胸のあたりがチクッと痛くなって手を当てながら私は一人呟くのだった。






「野郎共、緊急事態だ。ブランドール砦に大型魔獣が出現した」


会議室に集まった私たちに向けてシム団長が声を張り上げる。


「朝方、砦勤務の見習い騎士が馬を走らせてたった一人で王都まで来た。ソイツは疲労困憊の状態で話ができるようではなかったんだが、最後の気力を振り絞って知らせてくれた」

「その子の話から、ブランドール砦に出現した大型魔獣が要塞竜(フォートレスドラゴン)の特徴と一致したわ。そしてこの事態を解決する為に、私たちは速やかに現場に向かい討伐する」


シム団長とアーゼス副団長の言葉に騎士団員たちがざわめく。


要塞竜(フォートレスドラゴン)だって!?」

「『災害級』の中でも大きさでは一番の存在じゃないか!!」

「私たちで倒せるの……?」


要塞竜(フォートレスドラゴン)───砦や城など、大きく堅牢な建造物を好むという変わった習性を持つ地竜の一種で、一度地中に潜って建造物の真下から顔を出し、崩れ落ちる建造物の建材を余さず鎧のように身に纏う『災害級』の魔獣だ。


そしてブランドール砦とは以前、北の廃村に盗賊たちが建造し、カイトの作戦の下に征伐して再利用することにした砦のこと。今は改築・増築を繰り返してより巨大になり、騎士学校を卒業した若い騎士たちの職場となっている。


(朝から感じてた息苦しさ、カイトが昨日の夜から感じてた嫌な予感はこのことだったんだ。滅多に現れない『災害級』……歩くだけで甚大な被害を引き起こす、魔獣の頂点ともいえる存在……)


私が騎士団に入ってから一度もこんなことはなかった。たぶん、何年も騎士団にいる先輩たちも初めてかもしれない。周りを見れば少なからず不安な顔をしている先輩が何人かいる。


そして私の隣にいるカイトは、と彼の横顔を見てみると、


「───ん、どうかしたか?」

「えっと……落ち着いてるな、って思って」


私の視線に気付くまで彼は目を閉じて思案していたようだった。


「不安になろうが慌てようがもう既に起こったことだ。無かったことにできないだろ。それに討伐しに行くと決まってんだ、今の自分に何が出来るのか……それを考えた方が時間を有効に使える」

「それは、そうだけど……」

「……要塞となると、アサルトライフルのような火器じゃダメージを与えられないか? 火力に特化するなら爆弾やロケットランチャー、タレット、あとは大砲とかか───」


ぶつぶつと呟きながら取り出した手帳に何か描いていく。……これは、だいぶ大雑把だけど、ブランドール砦がある場所周辺の地図だ。王都までのルートに何があるのか、攻撃するならどこがいいのか、それを確認しているんだろう。


(『災害級』の出現に、恐らく彼だけが一番落ち着いてる。シム団長も、アーゼス副団長も、先輩方も、みんながこれから行く場所が死地だと覚悟している中で、淡々と自分が持ってる手札を確認するなんて……っ)


恐ろしく自然体。いつものように、彼は思考を巡らせ、策を練る。こんな緊急事態の中でもそれが出来ていることに、私は驚きを隠せなかった。


「かの竜はブランドール砦では満足しなかったのか、ゆっくりとこの王都に向かっている。恐らくは都市を囲う二重防壁か、王宮の城が狙いだろう。移動速度から計算して王都に到達するのは五日後だ、その前になんとしてでも討伐しなければならない!!」


シム団長がいつになく真剣な顔で私たちに言う。


「よって、今回は各騎士団全ての戦力を以て討伐に当たる。必ず討伐を成功させ、王都を守るぞ!!」

「「「オオオオォォ───!!!!」」」


これまで経験したどの戦いよりも激戦になる『災害級』の大型魔獣討伐。各騎士団全員参加の総力戦。これでも戦力差は埋まらないけれど、絶対に勝たなければならない。


「……そうか。もしかしたら、これが───」

「カイト?」


みんなが雄叫びをあげる中でただ一人、カイトは何かに気づいたのか小さくそう呟いて、準備の為に先輩方に続いて会議室を出るのだった。

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