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良縁悪縁ひっさげ歩む我が人生  作者: あすか
第一章
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第九十五話「大人の秘め事」「蜘蛛の網」

『魔剣武闘会』で大暴れした準Aランクの若き冒険者、見事昇級を果たす───『冒険者ギルド』ではその話題で持ち切りだった。


「注目の的ね、レン。それとも『月刃(げつじん)』と呼んだ方がいいかしら?」

「その呼び方は恥ずかしいからヤメテ。……まったく、Aランクになると名前とは別の呼び名が必要なるのは知ってたけどさあ……」


カイトさんが『黒兎亭』で言っていた通り、次の日に『冒険者ギルド』に行くとギルドマスターに呼び出され、その日の内に昇級してAランクになった。


それからAランク冒険者として必要な手続きに追われ、それが終わるといつの間にかこの話を知った他の冒険者に大勢で祝福からの胴上げ、お腹が破裂するかと思うくらい飲み食いに付き合わされたのだった。


あと『月刃』という呼び名はルイズが勝手に決めただけだから!!


「正式な発表は後日なのよね」

「うん、実績としてはお釣りが来るくらいには十分なんだけど……内容が、ね」

「ええ……他国には今は知られたくないことだから、慎重になるのは仕方ないわ」


ルイズの言葉に僕も頷く。


カムイは、大群を殲滅できる力を持っている点から他国から一番警戒すべき存在として見られており、あんなでも騎士団や聖女と共に外敵から王国を守る抑止力の一つになっていた。


でも今回のことでカムイは拘束され、まだ未確定だけど、彼が勇者のままでいられるか分からない現状。それを好機と見て外敵に攻められるかもしれない───というのが、偉い人達の考えだとサリィさんから聞いた。


だから僕の昇級と、その実績を公に発表するのが見送りになっている。一応Aランクの依頼は受けられるみたいだから、まあ気長に待つかぁって感じかな。


「あれ、あそこにいるの……カイトさんだよね?」

「本当ね……」


そして今日は久々の休日を過ごすことになった。


僕は高難度になったAランクの依頼で。

ルイズは『異端』を扱う為の特訓で。


ここ数日は頑張って強くなろうとしてきたんだけど……つい昨日、体が過労だと訴えてきて、そしたらルイズも同じだったようで指導役の人から休めと言われたらしく、なら二人でゆっくり休もうと決めたのだ。


ロルフは家でぐっすり寝ている。いつも依頼で遠出する時には背中に乗って走ってもらってるし、ルイズの護衛もしてくれているからお礼に高い肉とかプレゼントしようとルイズと話をして、買い出しも兼ねて外出することにした。



『ねえレン、せっかくの休みなんだし、買い出しはかさばるから後にしてゆっくり王都を見て回らない?』

『うん、そうしようか。じゃあルイズとデートだね』

『デッッッッッ?!?! もう、バカ!!』

『いたいっ!!えっ、なんで!?』



そういう訳で、久しぶりに僕とルイズの二人きりで、中央広場に出ている露店巡りをしながら休日を過ごしていた。そして少し休憩しようとベンチに腰かけていた時、遠くに見知った顔があった。


「なにか手に持って、見てるわね」


カイトさんは手に持ったなにかを見ながら辺りを見回し、フードを深く被って路地裏に入って行った。


騎士団の腕章はしてなかった。それにいつもの見回りにしては人目を気にしている様子だった。すごく、怪しい。


「ルイズ……」

「ええ……たぶんわたしも同じこと思った」


興味津々ですと言わんばかりにルイズの目を輝かせている。


「尾行しましょう!!」

「仰せのままに!!」


ゆっくり休日を過ごすという予定を変更し、僕たちはカイトさんが何をしているのか探るべく、彼が入って行った路地裏へと駆け出した。


路地裏はあまり陽の光が差し込ずほとんど日陰で一気に暗くなる。


そして大量のゴミや空になった木箱の山、配管から垂れ流しの排水、たかる蝿とかなり不衛生だ。


「まるで『貧困街』ね……王都の真ん中なのに」

「もしくは『灰街』だね。きっと目に見えないところはどこもこうなんだろう、誰もが好き好んで来る場所でもないから悪さをするにはちょうど良いんだと思う」


冒険者の先輩たちも、何度か取引でこういうところを使っていたらしい。真っ当な依頼だけでは稼げない新人の頃に、闇営業や裏取引をしに通いつめたと、お酒で酔わせた時に話してくれた。


お酒を奢れば大抵の大人はべらべらと喋ってくれると受付嬢から聞いて試した結果だ。



「えーっと……ここを右、次のT字路を左、あとは真っ直ぐっと……」



カイトさんが持っていたのは手帳だった。それを見て、周りを見てを繰り返しながら路地を進んでいく。


「中央通りから離れてくわね……」

「この先って何があるか分かる?」

「この方角だと、たぶん『貴族街』ね。ここからでも行けるのかしら……」


バレないよう離れた場所の物陰から追っていく僕達。頭の中で王都の地図を広げて、今いるだいたいの位置を把握しながら、ゆっくり音をたてないように歩く。



「こっちの道か……」



そしてカイトさんが角を曲がったのを確認して、物陰から出て追いかけると、


「……………えっ?」


さっき曲がったばかりのカイトさんの姿がどこにもなかった。


「いなくなってるっ!?」


次の曲がり角まではかなり遠い。そして走ったような足音はなく、左右は窓も扉も無い建物の壁、隠れられる場所はない。


普通に歩いていればまだそこにいるはずの人がいないとなると考えられるのは、



「───わっ!!」

「ヒイャアアアアアアア?!?!」



後ろから誰かにガッと肩を掴まれてからの大声。僕は分かってたけど、気付いてなかったルイズは大きく飛び上がりながら悲鳴を上げた。


「はぁ……尾行してたのは謝りますから、手を離して下さいよカイトさん」


手を払いのけながら振り返ると、クククッと悪い笑みを浮かべたカイトさんがいた。様になってるなあ、その笑い方。


「レンは全然反応がなかったが、代わりにルイズはいい反応をしてくれたな。ありがとよ」

「そんなことでお礼を言われても嬉しくありません!!」


それは同感。


「よく尾行されてるのが分かりましたね」

「『後ろに注意(チェック・シックス)』……常に警戒はしてるからな、あと前世での経験からなんとなく感覚で分かるんだよ」


危機を回避……というよりは予感かな、カイトさんはそれに長けているようだ。


「大方、俺が何をしてるのか知りたいってところだろ? でも少し遅かったな、もう用は済んだところだ」

「「えー……」」

「えー、じゃない。子供が知るにはまだ早い。せめてあと五つは歳をとれ」


結局、カイトさんが何をしていたのかは教えてくれなかった。その代わりに新しく出来たという民衆向けの喫茶店で、紅茶とそれに合う菓子を奢ってくれた。


僕とルイズは並んで、向かいの席にカイトさんが座り、注文したものが来るまで他愛のない話をしながら待った。


「どうだ、Aランクの依頼は。……っと、先に二人の分が来たな」

「申し訳ありません。直ぐに、お客様の分をお持ちしますので……」

「大丈夫だ、気にしないでくれ」


僕の昇級について聞かれたところで、注文した僕とルイズの分の紅茶と菓子が運ばれてきて、少し遅れてカイトさんの分も来た。


「そうですね……初めはAランクの中でも簡単な依頼を受けたんですが、明らかに難易度が上がりました。それに、受けたからには達成しないといけないな、って力んでしまいます」


下位のランクだったら失敗しようがそこまで困らない依頼が多い。


だけどランクが上がってくると、難易度だけでなくその依頼の深刻さと重要性までも上がるんだ。


達成しないと困る、なんてものじゃない。

達成しなければ死人が出る事態になるほどのレベルが当たり前───それが、Aランク。


「責任重大だからな、力むのは仕方ない。だが焦りは禁物だぞ。お前の帰りを待ってる誰かがいるんだってことを、絶対に忘れるな」

「そうですね……僕にはルイズとロルフがいますから、悲しませたくはないです。絶対に」


僕の主人であるルイズと、使い魔のロルフは今では大切な家族みたいなものだ。そして家族だからこそ、守りたいし、笑っていて欲しいんだ。


「………………」


そして、この時のカイトさんの表情を、僕はどう言い表すのか分からなかった。瞳も、表情も、纏う空気も、色々な感情が混ざりあってグチャグチャで、真っ黒に塗り固められていた。


「カイトさん……?」

「───ん、いや……やっぱ若いってのはいいな。眩しくて目が焼けそうだ」


なんてことを言いながら彼はティーカップにある紅茶を飲み干すと、今度はこちらに顔を寄せながら、真剣な表情になって話し出した。


「───最近、外が騒がしい」

「それは……国外が、ってことですか?」


ルイズの問いにカイトさんは首を横に振る。


「いや、王都の外だ。特に新人がよく行く狩り場の森林で、見慣れない魔獣の目撃情報が増えている。今はウチが駆除しているが、この調子だと増員しなきゃいけなくなってきそうでな。なーんか嫌な予感がする、だから用心してくれ……」


見慣れない魔獣、か。あの森林は僕も冒険者になったばかりの頃はよく行ったけど、あそこはそこまで苦戦するような魔獣はいない。たまに高いランクの魔獣が出没することがあると聞いたけど僕は遭遇したことはなかったな。そっか、騎士団が駆除してたんだ……。


「カイトさんの嫌な予感は聞いてるこっちまで不安にさせますね」

「だから二人には強くなってもらいたいんだ」

「ってことは……国外で起きてる戦争と関係が?」

「ない、とは言いきれない。魔獣が戦火から逃れてきたのかもしれないしな」


迷惑だから来ないでほしいんだが、と愚痴りながら彼は席を立つ。


「さて、と……休みなのに重たい話をして悪かったな。早い内に伝えようとは思ってたんだが、そっちから来てくれてちょうど良かった。俺まだやることがあるからこの辺で失礼するぜ、またな二人とも。───おーい店員さん、会計お願いできるかい?」


最後に軽い謝罪をして、伝票を持ってカイトさんは去って行った。


「忙しそうね、嫌な予感に備えてかしら?」

「……うーん、もっと前からあの人は何かしらやってる感じだから、色んなことを兼ねてるんだと思うな」


会ったり見かける度にカイトさんは何かをやっている。


以前、彼をよく()()時、体から出ている()()が線となって王都の人々と繋がり蜘蛛の巣のように張り巡らされていたけど、今ではその巣はより細かに、より大きくなっている。


線と線の結び目となる部分が『人』であり『基点』の一つ。


そして細かということは一つの『基点』から、以前よりも多くの他の『基点』へと繋がっているということ。巣が大きいということはそれだけ広範囲に『基点』が点在し、今も拡大中の可能性が極めて高い。


 ───即ち、個人個人の人脈が幅広く、その伝手を使えば誰でもあらゆる情報を入手し共有できるということだ。だから彼はいち早く不確定であっても戦争の情報を入手していた。


(ここまで来ると、完全にこれはネットワークだ。カイトさんは『人と良く会う』という体質で人と人を繋げて高度なネットワークを構築しているんだ……)


その中心にいる彼にいったいとれだけの情報が集約されたのだろうと考えるとなんだか怖くなってくる。


(……その行動の先に待つ結果が、せめて人々にとって良いものであればいいけど)


僕は心の中でそう願いながらルイズと一緒に紅茶と菓子の味を楽しんだ。




この時の僕はまだ知らなかった。



カイトさんを放置することが、どれだけ恐ろしいかを。


最大限に警戒しておきながら、何もしてこなかった自分が愚かだったことを。



そして───




「どうして、とは言わないんだな。レン」

「あなたの日頃の言動とか性格を知ってれば、理由が分からずとも納得してしまうんですよ。最低ですね、カイトさん」




()()()ほど、相手を斬り殺したいと思うことになるとは思わなかったからだ。

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