第九十三話「また大きくなったな」「貴方も揉みます?」
王都から馬で三十分ほど行った所にある森林は新人の冒険者が先ず挑戦する狩り場である。都市には貴族が多く、商人などが使う街道がすぐ横にあることから、安全の為に一定のランク以上の魔獣は優先的に討伐し、増えすぎて新人だけでは対応しきれなくなった場合は間引きをする。
「まあ……こんなモンか」
その役目を、特に強制とか命令とかではなく、自主的にやっているのもまた『サザール騎士団』であり哨戒任務と称して偵察班の騎士が行っている。
適当に森林の中を歩き回り、たまに見掛ける新人と情報交換しながら、とりあえず出くわした魔獣を討伐していく。
「よし……だいぶ命中率が上がってきたな」
隊舎で射撃訓練しようにもそんな設備はない。俺一人だけの為にそれを用意してもらうのってのも気が引ける。だからこそ銃声が響かないようサイレンサー付き限定とはいえ、こうして撃てる機会があるのはありがたかった。
俺は遠距離からの狙撃より、中距離や近距離での射撃が苦手なようで命中率が低い。その原因は俺の精神面が鍛えられてないことにある。
敵が───特に強敵が近くにいると、一つのミスが命取りになるという思いに駆られ焦って狙いが悪くなるのだ。元帝国騎士の殺し屋と戦った時、リボルバーを全弾外したのはそのせいだ。
(鍛えるという意味ではレンと真正面から戦ったのは正解だったな。シールドで即死は回避できると分かっていても、いつ斬られるかとヒヤヒヤしたぜ……)
自分の首に刃物が当てられることへの恐怖。あの一戦を経験しただけでも、だいぶ精神面が鍛えられた。
「オオオオオゥ───!!」
「うおっ」
雄叫びを上げながら現れたのは大きな黒い熊。
両肩、肘、膝の皮膚が硬質化したことで鎧を身に付けたような姿をしていることから鎧熊と呼ばれるBランクの魔獣で、攻守共に優れた厄介な存在。
一定の場所に留まらずにあちこちを転々とする為にいつ遭遇するか分からず、凶暴な性格だから行く先々で被害が出る。新人の冒険者では勝ち目がない化け物だ。
(……幸い近くに俺以外に人はいない、ヤツの矛先が変わることはないだろう)
さっきまで相手していたCランクの赤毛猪の血の匂いにつられたか。分厚い毛皮のせいで倒すのに少し時間かかったから、戦闘音を聞き付けたって可能性もあるが……こうして遭遇してしまった以上は考えるだけ無駄だな。
「HEY、俺を喰っても美味くねえぞ?」
「ガオオゥ!!」
襲ってきた。黙って喰われろってか、お断りだね。
ヤツと戦う上で注意するべきは、盛り上がった筋肉に物を言わせた、鋭い爪を備えた前足による攻撃だ。頑丈な木を簡単に粉砕するくらいには威力がある。
真上からの叩き付け、左右交互に引っ掻き、突っ込みながらの貫手みたいなもの、大振りだが早い攻撃を回避して背後に回り込む。
(……情報通り、振り向く際の動きが遅い。なるほど、相手が正面にいる時は強く出れるがそれ以外の方向には弱いのか。だったら───)
一気に距離を詰める。
「ガァ───」
反撃の爪が頬を掠め、シールドが僅かに削られる。こっわ。
「口の中まで硬くなってねえだろ」
炸裂して火炎を撒き散らす弾を撃つブラストショットガンを召喚、口に突っ込んで銃口が喉奥までいったところで発砲。ボンッという音と共に頭が吹き飛び絶命した。
「ふー、うん、まあ……心労がすごいがこれが一番倒しやすいしな」
硬質化した皮膚や赤毛猪と同じく分厚い毛皮のせいで防御力が高い。離れてチマチマ撃つよりは前に突っ込んで、零距離射撃で仕留めた方が早いのだ。
「さて、討伐した証明として……鎧熊は片方の前足、赤毛猪は牙を持っていくか。残りはどうすっかな……」
「いたいた、おーい!!」
「あん?」
剥ぎ取り用のナイフで必要な部位を切り取ったところで声をかけられる。
「って、ウェインさん? 久しぶりですね。『マルカ村』から帰ってきてたんですか」
振り返ってみるとそこにいたのは、神像の件で知り合った冒険者のウェインだった。後ろには若く真新しい防具を着込んだ冒険者が何人かいて、たぶんまだ冒険者になったばかりだな。ウェインが引率でこの森林に来ていたんだろう。
「おお、誰かと思ったらカイトか!! あっちは聖女が対応するとやっと連絡が来てな。何人か残して、一昨日帰ってきたところだ。今日はコイツら新人達の付き添いで森林で採集できるものを覚えさせようと連れてきたんだ」
「そうだったんですか。……初めまして新人達、俺はカイト。見ての通り『サザール騎士団』の者だ」
「「「こ、こんにちは!!」」」
ん、元気のいい挨拶どうも。
「そうだウェインさん、これの処理お願いしてもいいですか?」
「処理って……鎧熊に赤毛猪ではないか、これを一人で倒したのか!?」
「ええ、まあ。目撃情報が無かった相手が同時に来るとは思わなくて驚きましたがなんとかなりました。俺は討伐証明の為に一部持っていけばあとは必要ないので、残りをどうしようかと思っていたところなんですよ」
小型、中型なら解体して持ち帰れるんだが、今回は大物だ。解体するにも時間がかかるし大きすぎて一人で全ては持ち帰れない。正直言うと面倒なのだ。
「どっちも肉は美味いと聞きます。彼らに振る舞ったらどうです?」
「ふむ……まあ、カイトがそれで良いなら有り難く素材は頂こう。ただ『冒険者ギルド』にはちゃんと報告してほしい」
「それはもちろん」
話がまとまり、ウェイン達にあとは任せて俺は王都に戻った。別れ際に飲みに行く約束は忘れてないかと言われたのが、これからの予定を考えるとその機会が生憎と無さそうなので、心の中で謝罪しながら適当に返事をしておいた。
「───ということで、残りはウェインさんに譲りました。問題はないですよね?」
「はい、双方合意してのことなので問題ありません」
『冒険者ギルド』に行って今回のことを報告。
森林にいるはずのなかった鎧熊と赤毛猪については冒険者に伝えて、王都の周辺に同じ魔獣がいないか広域的に調査をしてもらうことにした。ここのギルドマスターが俺が良く知る彼女なら貴重な戦力を守る為にもしっかり仕事をしてくれるだろう。
最後に報酬を受け取って額を確認し、その四割を受付嬢に渡す。彼女は直ぐにポケットにしまってニコリと笑みを浮かべ、服のボタンを外して俺にしか見えないように胸の谷間を見せてくる。
「……寄付のお返しは、やはり不要ですか?」
「女の匂いに敏感な相棒がいるんでな」
『冒険者ギルド』への寄付と称して報酬の何割かを渡すと彼女から素敵なお返しがある───これは酔っぱらって道端で寝ていた、とある冒険者から聞いたことだ。まあ大人の火遊びってやつだな。
「成果は?」
「寄付の増額を条件に仕事をさせるのは貴方くらいですよ。……こちらをどうぞ、カイトさん」
そして俺は彼女が言ったように寄付の額を増やす代わりに頼みたい仕事をやらせている。
だから毎度毎度、こうして胸の谷間を見せてくる必要はないのだが……まあ眼福なので見させてもらっている。彼女も中々の大きさなんだ、これは仕方のないことなんだ。うん。
「暫くは頼みたい仕事はない。好きに火遊びをするといいさ」
「はい、そうさせて頂きます」
手渡された手の平サイズの小さな木箱をマントの内側に隠し、受付嬢に見送られて『冒険者ギルド』を後にする。あとは隊舎でシム団長かアーゼス副団長にも報告をすれば今日の仕事は終わりだ。
(レンとフェイルメールたちの顔合わせは、スレイの兄貴が結局来なかったけどまあ達成でいいか。『灰街』のオヤジとはいずれ会うだろうし、レンは昇級の手続き、ルイズは今頃オウカと一緒に『ガタノゾア騎士団』に行ったか……残るは王宮内部で今どんな話をしているか、だな)
勇者であるカムイ、第一王女のカトリーナ、聖女アリシア。この三人が裁かれたのはいいとして、ここまでの事が起こっていながら未だに反応がない国王が気になる。彼はカムイの後ろ楯として臣下の不満を押さえ付けていたのは明白だ。三人と同じく罪に問われるものと思っていたんだけどなぁ……。
(またお嬢のところに行くか。そろそろ新しい情報を手に入れた頃だろうし……いや、この感覚は───)
浮かんだ考えを否定するような、それよりもこうしろ、と言われているような感覚。こういう時は素直にそれに従った方がいい。
(国王本人に直接聞く、か。ちょうどいい機会だ、真実を知りに行くついでに会いに行こうか。試練とやらが来る前に片付けられるものは片付けておきたい)
「オッチャン、頼んでたやつ出来てるか?」
「おう騎士さん、もちろんだとも!!」
森林に行く前に注文してた大量の串焼きが入った袋を受け取る。
「騎士さんのお陰で商売繁盛だ、礼を言うよ」
「気にするな。こんな美味いのを独り占めしたら罰が当たりそうだからな」
「ハッハッハ!! そんなこと言っても代金はまけてやんねえぞ」
「おっと、そいつは残念」
また来る、と露店のオッチャンに言って支払いを済ませ、俺は折角の出来立てが冷めない内に届けようと足早に隊舎へと向かった。ここの串焼きを先輩方に配ったところ美味いと絶賛して気に入ってくれたのだ。
「……今夜、行くか」
思い立ったが吉日。串焼きを配り終わったら、王宮の様子を見ながら入念に準備するとしようか。
「バレたら捕まって尋問、からの処刑かね。なんか銃を使うよりもこういう事ばかりしてるような気がするなあ……」