第九十二話「これで酔うのか」「よってないもん……」
昇級───そのことをすっかり頭から抜けていた。そうだ、今回の調査を達成したらレンはAランクへの昇級に近づける、という話だったはず。
これがもし、カムイ達が関わっておらず、ただ商会の一つが勝手にやらかしたからそれを止めた、とかなら大きな実績にはならないだろう。でも、
「カムイの非道を止めた、国教を変えたことで起こりうる大混乱を回避した、そして何よりも多くの女性被害者を救った……結果的とはいえこれだけのことをレンはやったことになる」
王都の人々はカムイに対して良い感情は持っていない。だからこそカムイを倒して問題を解決したレンへ向けられる視線は『感謝』で染まるだろう。自分の家族が被害にあったところは特に、だ。
「つまり……貴族や平民問わず、多くの人々から支持を得られる?」
「そういうことだ、ルイズ。それにレン、お前は気付いてないようだが……同業者や『冒険者ギルド』からは結構良い評価で見られてるぞ」
「えっ、そうなんですか? 周りからどう見られてるかあまり気にしてなくて……」
初めて知ったと目を丸くするレン。うん、まあ、あなたはそういう子よね……。
「その若さで準Aランクになる実力があり、日頃の態度の良さ、依頼者に対して丁寧な言葉遣いや気遣い、依頼の最中に起こる緊急時の迅速な対応……『冒険者ギルド』が求める理想の冒険者だ、ってな」
「緊急時って……レン、あなたソロでの話をわたしに話さないけどなにがあったのよ?」
「それは、まあ、色々と……」
彼へ顔を向けると何か嫌な予感でも感じたのかわたしの顔を見ようとしないレン。大丈夫よ怒らないから、わたしに正直に言いなさいコラ。
「近々、お前に昇級の話がくるだろうな」
「僕がAランクに……ユキナさんと同じ……」
何を言うかと思ったらあの女と同じランクになることに思うことがあるようね。今の自分の実力が本当に同列なのか、みたいなところかしら。
「レン、同じランクでも強さに差があるなんてのはよくあることらしいわ。それにあの女は色々と規格外だし、何かに縛られるのは嫌だろうかから、Aランクなのはそのせいなのかも」
他国の冒険者とは言っていたけど、実際ユキナがどの国の所属なのかは分からないのよね。帝国か、小国の内のどれか……いずれにせよあれだけの実力を持っていながら、戦争中だというのに王国にいるのはどういうことなのかしらね。
「ああ。冒険者にも色々あるようで、討伐系ではない依頼ばかりやってAランクになった冒険者がいて、知識なら他の追随を許さないって話を聞いたことがある。だからあまり気にすることはないぞ、レン」
レンの空いた取り皿にドサッと肉の塊を盛りながらカイトさんは笑った。
「それにだ、Aランクになればこれまで以上に高難度な依頼を受けることになるんだぞ? 無茶はせず、適度に、ほどほどに依頼をこなしていけば自然と強くなるだろうさ」
「確かに……危険な分、得られるものも多いってギルドマスターから聞いてました。今以上の激戦は望むところです」
「ああ、期待してるぜ。正式にAランクになったら騎士団から協力要請が行くかもしれないからな。それに前線で暴れられるヤツが欲しかったんだ、敵の目を引き付けてくれれば俺やオウカが動きやすくなる」
それを聞いてオウカさんはウンウンと頷き、レンは露骨に嫌そうな顔をした。うん、言いたいことは分かるわ。完全に利用する気ですよね、って顔ね。
「……オウカさんは良いとしてもカイトさんに背中を見せるのは、なんか嫌ですね……」
「失敬な、敵と味方の区別がつかないほど俺は馬鹿じゃねえぞ? お前なら敵ごと爆破……コホン、普段は出来なかったことでも平気だろうし」
「「今、爆破って言った/わね!?」」
わたしとレンにつっこまれたカイトさんはやはりニヤニヤと笑うのだった。
「うぅ……」
「フェイルメール、今度はホットミルクに混ぜたな?」
「なんのことかしら?」
顔を真っ赤にさせて、フラフラ揺れるオウカさんを抱き寄せながら、カイトさんは呆れ顔で言うとフェイルメールさんはフフフと笑った。
「オウカさん、大丈夫ですか?」
「わらひ、なりゃ……だい、ひょうぶぅ……」
これは駄目そうね。
「お酒、弱いんですか?」
「ああ、そんでフェイルメールは気に入ったヤツの飲み物に酒を混ぜる悪癖持ちだ。ルイズも気を付けろよ」
「ええ……」
わたしにそう言いながら、カイトさんは自分が着ていたマントをオウカさんに羽織らせて横に寝かせた。完全に膝枕の体勢である。
「手慣れてるんですね」
「誤解を生みそうなことを言うなよ、ルイズ。これは俺からオウカへの感謝の気持ちみたいなもんだ」
カイトさんは愛おしそうにオウカさんの頭を撫でる。
「魔法が使えない俺の代わりに、魔法を用いた手段はオウカに任せっきりだ。仕事によっては夜通し魔法の維持をしてもらうこともある。隣にいながら手伝いも出来ないのが、申し訳なくてな……」
だからこそ日頃の感謝は怠らず甘やかしたり贈り物も欠かさない、と彼は言う。
端から見れば二人は相棒というよりは完全にカップルだ。これ美味しいから食べてみて、じゃあこれもどうだ、とお互いに間接キスとか気にせず料理を相手に食べさせたり、肩がくっつくどころか顔を寄せて笑いあったりしたくらいだ。
見ているこっちが恥ずかしくなるほどにべたべたイチャイチャとして、なのに恋人ではないとはどういうことなのか。この様子を世の中のカップルに見せて反応を見てみたい。
しかし今、気にするのはそこではない。
(今の……申し訳ないって言葉、妙に感情が込もっていたわね……)
(うん、色んな感情が混ざってるようだった)
小声で言うとレンも同じことを思ったようで頷いた。
「さて、オウカがこんな状態だし、今のうちに内緒話だ。……レン、お前に言った紹介したい人ってのがここにいるフェイルメールとまだ来てない雑用係の男だ」
あの言葉に込められた感情がなんなのか、それを考える前にカイトさんは話題を変えてレンへと話しかける。
「情報屋、なんですよね……」
「アンリスフィとオウカはそのことを知らないから内密に頼む。いつか頼る時が来るかもしれない、今のうちにお願いしとけ」
「構わないわよ。ちゃんと情報に見合うお金を払ってくれるなら、ね」
「あっ、はい……その時はよろしくお願いします」
レンが頭を下げ、今度はわたしを見てきた。
「ルイズはまた後でオウカから話があると思うが、お前が召喚したという『異端』とやら、ソイツを使いこなせるように───せめて長く留まらせるくらいにはなってほしい」
なんとなく『異端』についてだろうなとはわたしも思っていた。
「カイトさんは、わたし達を強くさせたいんですね? だから昨晩わたし達と戦って、今の強さを確認した……」
レンには昇級までに必要な実績を与えてより困難な依頼を受けさせれば、それだけで更に強くなるだろう。わたしには改めて弱いことを突きつけて発破をかけ、なにか強くなる切っ掛けが生まれてくれれば一先ずはそれで良し───これまでの話からみてこの人はそう考えていたんだろう。
「ルイズ、もしかして……」
「何かがあるのよ、わたし達が強くならなきゃいけないような何かが。……ですよね、カイトさん?」
「正解だ。聡いヤツは嫌いじゃないぜ、好きでもないけどな」
ククッと彼は笑う。そして勿体ないと言ってフェイルメールさんがお酒を混ぜたホットミルクを一口飲む。……躊躇いなくオウカさんのコップに口を付けたわね、この人。
「───帝国と連合の戦争についての情報をお前らはどこまで知ってる?」
なるほど。ここで、その話が出てくるのね。
「前にカイトさんが帝国騎士から聞き出したことくらいしか知らないです」
「『冒険者ギルド』でも他に新しい情報は聞かないですね」
「だろうな。なんならそれが王国が知る最新の情報ってくらいだ。なら……二週間前に連合に属していた二つの小国がたった一日で、同時に帝国の手に落ちたって情報は聞いたことないだろ」
「はあ!?」
衝撃発言にわたしは立ち上がった。
小国と言っても王国と帝国が大きいだけでそこまで国としては小さくはない。それを同時に、しかも一日で、二国もだなんてことが信じられなかった。いくら帝国が軍事力に長けているとしてもそれはあり得ない、とわたしの頭は理解するのを拒んでいた。
「ちなみにこの情報は今朝、商人から聞いたものだ。確証がないから実際はどうなのか分からない。なぜかは知らないが情報が俺たちの耳に届くまで明らかに遅いんだ……まるで川の上流が塞き止められているように」
「川の……つまり、カイトさんは……もしかしたらある日突然、連合が大敗し次の標的として王国が狙われて戦争が起こる、と考えてるんですね?」
自分で言ってて怖くなってきたわ……。
「いつ起こるか分からないってのは嫌なモンだ。だからなるべく早く、起こるかもしれない激動の時代に備えて、二人には強くなって欲しい」
「戦い抜く為に、ですか」
「生き残る為に、だ」
レンの言葉を訂正してカイトさんは酒入りホットミルクを飲み干した。
「そうだ、最後にレンに聞いておきたいことがある……」
「なんですか?」
「お前って巨大な敵と戦ったことはあるか?」
「巨大な敵ですか……うーん、巨大と言っても15メートルくらいまででしょうか。『ニホン』で何度か戦ったことがあります」
いきなりなんの話かしら。巨大な敵って、正直見たくも戦いたくもないんだけど。というかレン、その大きさのと戦ったことがあるの!?
「もっと大きな敵が現れたら戦えるか?」
「流石に一人ではキツイかもしれませんね……って、待ってください。なんか嫌な予感がしました、そんなに大きな敵が出てきたら僕に任せようとか考えてませんかっ?」
「フェイルメール、このホットミルクをもう一杯。蜂蜜とかあったらそれも入れてくれ。なんか気に入った」
「はぁい」
「僕の話を聞いて下さい!!」
自分から聞くだけ聞いてあとは飲み食いを再開するカイトさんにレンが叫ぶ。
「そう怒るな、なんとなく聞いてみただけだって。この世界にはでかいドラゴンだっているんだ。いつか戦う時が来るかもしれないだろ? 対抗手段の一つや二つ、持っていた方がいいよなーと思って」
「その手段が僕に押し付けるとかだったら怒りますよ」
「ハハハッ」
「そこで笑うだけってあたりがもう怪しいんですがっ?!」
そこからはカイトさんとレンによる言い争いが始まった。言い争いと言っても、レンが問い詰めて、カイトさんがはぐらかすだけだけど
「ロルフ、美味しい?」
「ワフ!!」
なんだか見ていて楽しいのでそのままにして、隣で無我夢中に料理を食べるロルフを撫でつつ、わたしも豪華な食事を楽しむのだった




