第九話「突発的爆音」「両手に花」
何発もの魔弾による広範囲攻撃は、まるで映画で見た絨毯爆撃の直前のようで、どこか現実味が無かった。
だがその攻撃から逃れようと酷使した足の痛みが、わずかに残った疲労感が、それを実際に体験した記憶が、これが夢ではなく現実だと俺の寝惚けた意思を否定する。
なによりも、今になって手が震えてきたのだ。
実際に銃を持ったこともない俺が、まるで長年使ってきたかのようにスムーズに弾を装填し、照準を合わせ、躊躇いなく人を撃ったことが、あまりにも衝撃的でそれに戦いている。
夢見た異世界転生に浮かれていたのか、ゲームをやるような遊び気分だったのか、昨日の俺はちょっと元気すぎた。
「あー……ハイになってた頭が冷静になったか。それにしても気持ちが悪い……」
カーテンを開けて窓から差し込む朝日を浴び伸びをする。窓の外は見慣れぬ景色。そしてここは『サザール騎士団』の隊舎にある客室で、俺はそこにあるベッドで寝かされていた。
(人を撃った罪悪感……片足を吹き飛ばしてこれなら、撃ち殺した時はどうなるのやら……)
バーストアサルトライフルにしておいて良かった。普通のアサルトライフル使ってトリガーハッピーにでもなってたら騎士団の人たちまで撃ってたかもしれない。そうなるとまともに異世界転生二日目を迎えられなかったと思う。
(銃を使わないなんて選択肢は無い。だから多分、この震えとはずっと付き合っていかなきゃならない。俺のやり方だって誉められたものじゃないし、周りからの反応も良いものばかりじゃないはずだ……)
真正面から戦うなんて柄じゃない。どっちかというと俺は悪役がやるような事の方が性に合ってる。もし『サザール騎士団』じゃなく犯罪組織に入ろうものならさぞ大切に扱われて使い潰されるだろう。
やることは悪役だが、その立場まで悪役にはなりたくない。悪役はいつだって最後には倒されるんだから。
「【設定変更】……スキンのオプション設定を切って」
【スキン『黒羽』のオプション設定をオフ】
【迷彩マントとマフラーを装備から外します】
流石に平時はマント無しで顔出ししてもいいだろ。女性の声で頭の中にアナウンスが響き、テーブルに置かれていた迷彩マントとマフラーが消える。
というかちょっとうるさいな、音量下げよ。一つくらい、いや二つくらいか。
【音量を調整します】
【調整しました】
「さて、今日はどうなるんだ? 勝手にこの客室から出ていいのかねぇ、つか今は何時だよ」
「おはよう、カイトォォォォォ!!!!」
「ぎゃあああああ───!?!?」
ドアが吹っ飛ぶくらいの勢いで開き、とてつもない声量による挨拶に、思わず悲鳴を上げて飛び上がった。
【脚力強化:B→S】
え、なにこれ?
そんな見覚えのない強化を受けたことへの疑問は、バキッという音と共に俺の頭が天井にぶつかり、そのまま突き刺さったことでそれどころではなくなった。
「うおおお!? 大丈夫か、カイトぉぉぉお!?」
「ぐ、ぐふ…………」
ま、まさか、アニメや漫画で見る天井に頭が突き刺さるシーンを直に再現する日が来るとは、ね……。
その後、騒ぎを聞き付けたオウカによって俺は救出された。
彼女の証言では、頭が天井に突き刺さた血だらけの俺が、まるで狩られて血抜きする為に吊るされた獣に見えたという。
「あ、おはようオウカさん……髪、赤に染めたんだ、似合ってんな……」
「染めてないから!! 染まってるのはカイトで、染めてるのはその頭から流れてる血だから!! 」
「なんで昨日言ったことすぐに忘れるかなこのトリ頭は!!」
「いででででで!! ア、アーゼス、そこの関節はそれ以上は曲がらないからやめろぉぉぉ!!」
「~~~~っ、み、耳がっ、あぁもうシム団長静かにして下さいカイトの治療が出来ません!! アーゼス副団長、その人を黙らせて下さい!!」
「お姉さんに任せない!!」
「グヘッ」
ゴキンとあまり良くない音がして、客室は静寂さを取り戻した。頭を強く打ったからなのかフラフラして自力で起き上がれないが、どうやらオウカに上半身を抱き起こされてるようだ。
「傷は?」
「ばっくりと……」
「うわ、穴開けるくらい飛び上がったらこうなるわよ……治癒」
淡く温かい光に目を細める。
「これでよし……カイト君、聞こえる? 私の顔がちゃん見える?」
呼び掛けられて目を開けるとこちらを心配そうに見る二人の女性の顔があった。
一人は昨日楽しく俺に魔法の雨を降らせてくれた張本人のオウカ。今は鎧ではなく白を基調とした制服を着ていて、服の下から激しく自己主張するご立派な胸が俺の腕に当たり、弾力性がありながら服の下からでも分かる包み込むよう柔らかさという相反する感触がたいへん素晴らしい。
そしてもう一人は……確か、昨日平原にいた騎士たちの中にいた気がする。
同じく白の制服を着たサラサラと艶のある赤い髪の女性で、たぶんオウカよりは年上。オウカには劣るがこちらもご立派なものを実らせていて代わりにボディラインがえげつない。完璧な女優体型。ほんのりと感じる母性と、思わず頼りたくなるような姉気質を同時に秘めた超絶美人だ。
「───女神ですか?」
「ふふ、女神だなんて大袈裟よ。焦点は、うん、ちゃんと合ってるわね。オウカ、椅子を」
「はい」
女性は俺の手を引いて立たせるとオウカが持ってきた椅子に座らせた。……テーブルの横に、頭がおかしな方向をむいている団長のシムがいるけど、これは大丈夫なのだろうか?
「ああ、あれは放置でいいわ」
「そうですね。カイト、放置よあれは」
「はい」
有無を言わさぬ二人の圧に俺は頷くしかなかった。