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良縁悪縁ひっさげ歩む我が人生  作者: あすか
第一章
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第八十九話「ハローワーク!!」「なんスかその起こし方!!」

朝、眠りから覚め、ひんやりとした風を受けて軽く身震いし、季節の変わり目を感じた王都で暮らす人々が冬の訪れを感じて越冬に備えはじめた頃。


王城内にある大法廷では、肌に突き刺さるような極寒の視線を向けられながら、今の状況に頭の中を疑問符で埋め尽くす者がいた。


(なによこれ、いったい……どういうことなのっ?)


手枷を付けられて大法廷の真ん中に立たされた王国第一王女のカトリーナは、周りにいる裁判官と王城で日夜忙しなく(まつりごと)に励む大臣や執務官たちの顔を見て、信じられないと目を見開く。


「どうかしましたか、姉上。まるで予想とは違ったものでも見たような顔をしていますね?」


丁寧な口調。しかしどこかこちらを嘲笑しているような声音で、一人の女性が前に出てくる。


「ジブ、リール。……あなた、何をしたのよ」


いつもの王城にそぐわない、薄汚れた遠い異国の浴衣という服を着た王国第二王女のジブリールを、カトリーナは忌々し気に睨み付ける。


「何を、とはなんでしょうか。ああ……そういえばこの前、それなりに大規模な人事異動をしましてね……」


ニヤニヤと笑みを浮かべながら、わざとらしく今さっき思い出したような言い方で答えたジブリールの言葉を聞いて、カトリーナは悟った。


「───あなたの駒は全員、この王城から出て行ってもらいましたッスよ。フヒヒ……」



 ───ああ、終わりだ。と。



「あ、あぁ……」


カトリーナが『支配』の魔眼で密かに増やし続けていたいざという時の為の駒。


それが本人の知らぬ間に残らず一掃され、周りにいる者たちは自分を擁護してくれるはずの駒ではなく、全く見覚えのない初対面の者ばかりになっていた。


カムイが貴族から訴えられ、裁判になろうとも、あらかじめ裁判官たちを駒にしてこちらが有利になるようにしたというのに、それらも含めて全ての駒がいなくなってしまった。


「いやぁ、思いの外、姉上の駒が大勢いたんでほぼ総入替えッスよ。ちなみに駒になっていた皆さんはこちらの方で適切な処置をして、姉上の『支配』から脱したッス」


カトリーナの『支配』の魔眼は一度使った相手がその効力から脱した場合、または魔法で解除された場合、再度『支配』することができない。どれだけ増やしても、対処されてしまえば一度『支配』された者は二度とカトリーナの駒にはならないのだ。


また味方になって欲しいなら懇願する他ない。もっとも、そんな手段でしか味方を増やせない者に、全うな味方が何人も出来るとは思わないが。


 ───そうジブリールは思いながら、自分の姉を見下ろす。


「カムイと、アリシアはどうしたの……」

「あの性犯罪者はガッチリ拘束して地下牢に。痴女にはやってもらうことが山程あるんで、何をするにもまずはそれを片付けてから……って感じッスね」

「フッ……あのアリシアが、真面目に仕事をすると思うの?」


聖女はアリシアだけで代理はいない。


そして裁く前に聖女としての仕事を片付けてもらわねば、王国としてはかなり困る案件が山積みになっている。その重要なことを、近くに男がいれば嬉々として寝室に連れ込もうとするような、性に奔放なアリシアがしっかりやりきれるのか。


そうカトリーナは言おうとして、



「ああ、それなら心配いらないッスよ。……だってあの痴女は、ウチら側の人間ッスから」



予想外の返答にカトリーナの頭は真っ白になった。


「………………え?」

「ウチら側に鞍替えしたんスよ、あの痴女。ちゃんと手綱は握っておかなきゃダメじゃないッスかぁ、姉上?」

「え、まっ、待って、アリシアが鞍替えってどういうことよ……!?」


信じられなかった。


カトリーナにとってアリシアは同じ男を愛する者にして、同じゴールを目指す同士、そしてなにより同世代の女友達だったのに───仲間ではないと言われて、カトリーナは驚愕した。


確かに姉上と同じ目的を持っていたッス、それは事前に本人に聞いておいたから間違いないッスね。そうジブリールは前置きした上で、アリシアの本性を語る。


「でもあの痴女にとってその目的は重要ではなかったんス。分かりやすく言うと……男がいれば、欲をいえばあの性犯罪者に抱かれるのなら他のことはどうでも良かったんスよ」


カムイの手によって性格を変えられた、もしくは本来の性格になったアリシアは、傍らに男がいて毎日快楽に溺れられるだけで満足する女になっていた。


そして昨晩の一件の後の朝方、アリシアはジブリールと一人の私兵と共に話をして、条件付きでジブリールの派閥に入ることになったという訳だ。


……ちなみにその条件を聞いて、なぜこの痴女は種族が淫魔ではなく人間なのかとジブリールは本気で思った。


(なんかスムーズに鞍替えしたッスけど、あれも彼が事前に何かやったに違いないッスね……アタシの目が届かないところでいったい何をしてるんスか、カイトさん)


今も仕事しながら精力的に王都を駆け回っているであろう私兵の顔を思い浮かべる。


「それから姉上に味方していた貴族。弱味を握って従わせていたようッスけど、その弱味……ちゃんと下調べして脅してたんスか?」

「どういう、こと……よ」

「こっちでも調べたんスけどねぇ……その弱味が実際は嘘だったり、ちょっと違ったりしてたッス」


例えば、とある領地内での違法薬物の精製。実際はただの新薬の開発で、何年も前に国王から承認を得ていたものの中々結果が出せずにいただけ。


例えば、とある領主による身内や領民への理不尽な暴力。実際は領主に片想いしていた他家の貴婦人が流した嘘で、悪評で妻に逃げられて独身になったところを付け入ろうとしたらしい。


そういった少し見方を変えたり、よく調べれば分かるような、弱味と呼ぶには微妙なものをカトリーナたちは明確な弱味だと思っていた。


「脅された側としては、大っぴらに広められたくない程度にしか思ってなかったっぽいッス。面子を大事にする貴族としてはまあまあ嫌だったんでしょう」

「そんな、なによソレ……だってあの情報は確かなものだから、ってアリシアが集めてきたものよ!?」

「その集めてきた情報が間違ってたんじゃないッスかあ? もしくは集め方に問題が───」


そこで、ジブリールの中で何か……パズルのピースが嵌まったような感覚に口を閉じた。


(まさか……いや、有り得るッス。それだと納得できるッス)


ゾワッと鳥肌が立った。




■■■




『───カムイを教祖にして新たな宗教を創る計画。アリシアにとってそれは到達できたならそれはそれで有り、という認識でしかない』


早朝、頼んでもいないモーニングコールで叩き起こされたジブリールは、目を擦りながら彼の話を聞いていた。


『出来なかったらそれはそれで、ってことッスか? イヤらしい性犯罪者がいるのなら他は気にしない、と……?』

『ああ。……そして、アリシアは沈むと分かってる船に乗ったまま終わる女ではない。乗れる船が他にあるならそっちに行くだろう』


情報交換をした後、彼が提案したのだ。


『じゃあ、あの痴女が欲しがってるものを提示すれば……』

『ああ、直ぐにこちらの船に乗ってくるだろうさ』


アリシアを味方につけたらどうか、と。





『───とまあ、こんな感じでどうだ?』

『ええ、その条件でいいですわ』

『それじゃあ、今後ともよろしくな聖女様』

『はい、こちらこそ。共犯者様』

『うぅ、眠いッス……』




■■■




(あの時は眠くて頭があまり冴えてなかったッスけど……言ってたッスねぇ、彼に向かって『共犯者様』って……!!)


もし、アリシアが情報を集める方法として、誰かから教えてもらうようなものがあったとして。その『共犯者』が、自分の予想した通りの人物だとしたら……。


「フ、ヒヒ……」


笑える。


これまでの全てが、たった一人の男がカトリーナたちの計画に介入したことで起きたなんて、いったい誰が信じるだろう。


(計画を知ってから彼はもう介入していたんスね。性犯罪者に協力したフリをしながら準備をして、貴族の弱味を探っていた痴女に誤った情報を与えながらどんな本性をしているか探り、計画は失敗するとどこかのタイミングで伝えていた───だからあの痴女は、カイトさんの言ったことに素直に応じて鞍替えをしたんスね)


アリシアにとって欲しいものが一つだけなら、それを利用する。

欲しいものを害することは許さないなら、それも保護する。


彼にとって彼女のような人間は御しやすいのだろう。あれもこれもと要求してくるのではなく、とにかく数があればいいタイプの人間なら、余計なことを考える必要が無いし楽でいいのだから。


今後アリシアの生活はジブリールが面倒を見ることになる。アリシアの暮らしは全くそのままという訳にはいかないだろうけど、これまでとあまり変わらないかもしれない。けれどカムイとカトリーナからしたらたまったもんじゃない。


(性犯罪者は地下牢で監禁、とりあえず精のつくものでも与えておく。痴女には普通の暮らしをさせつつ溜まった仕事の消化、五日ごとに性犯罪者と同じ部屋に閉じ込める。また五日後には男数人と……まあこれくらいでSランクを繋ぎ止められるんなら、安いもんッス)


アリシアの力は王都の守りの要。いなくなっては困る。たとえ少し面倒でも味方につけておけば安心感は増すというものだ。


「こほん……それでは姉上、魔眼使用による臣下の『支配』、薬草の過度な占有、カムイの性犯罪の幇助、そして魔眼を使って国教である『神教』を自分勝手なものに改宗しようとした───その他諸々の罪を犯した理由を、詳しく、正直に教えていただきましょうか?」


これは最早裁判ですらない。


一人の男が用意した、第一王女であるカトリーナの王族としての幕引きだ。

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