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良縁悪縁ひっさげ歩む我が人生  作者: あすか
第一章
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第八十八話「お前も吸うか?」「いらん、肺が腐る」


事後処理が終わって隊舎に戻った頃には空は少し明るくなっていた。


今から寝れば間違いなく昼過ぎまで爆睡からの夕方まで二度寝できるな。だが残念なことにシム団長に呼び出されているので、寝るのはまだお預けである。


「はー……あ、ふあぁ……」


嘆息からの欠伸コンボを決めながらシム団長がいる会議室に入る。


ノック無しだが、シム団長はそういうのは気にしない性格だ。よそでは行儀よく、うちでは気軽でいい、とのこと。


「ん? ……おう、カイト。ご苦労だったな」

「シム団長も。商会への押し入り、ありがとうございます」

「そこは立入調査と言えよ」


少し寝ていたのかシム団長は俺がドアを閉めた音で目を開けた。


「お前の調査通りだったぞ、あの商会」

「やはり書類を改竄してましたか」

「拘束してされて観念したのか全員が直ぐに白状した。第一王女の指示で、月ごとの売り上げを纏めた資料を改竄してたとよ」


一見、別の商会と比べてもそこまで差はなくごく普通の売り上げだったが、実際は集めた薬草の量が増し、しかし売れた薬草の量は月ごとでそこまで大差なかった。つまり売られずに残った薬草が大量にあったことを示す。


「残った薬草を第一王女が買い取った、と?」

「そうしなきゃ商会は出費は増えても、儲けは変わらないからな。不満が出ないように第一王女が買い取る方向で商会と契約。商会側も、第一王女の後ろ楯を得られるのなら、と半額以下で売ったそうだ」

「高騰している中で半額以下……薬草を必要としている人たちが聞いたら、もう激怒では済まないでしょうね」


そうだな、と俺の言葉にシム団長が頷く。


「後ろ楯を得られればその商会だけ優遇させることだってできる。邪魔な同業他社に圧力をかけることだってな。そうなったら他の商会が頭を抱えて、最悪の場合は廃業コース一直線だ」

「王族が後ろにいればそれだけで色々と自由に動けますしね」

「ああ、まるで誰かさんのようにな」

「……なんのことやら」


目を細めて見てくるシム団長から視線を外す。

……ったく、分かってて言ってるな、この人。


「しかし……よくもまあ、あれだけの情報を集められたもんだなカイト」


今回の作戦にあたって、俺は入手していたカムイたち三人と商会の関係、そして集めた薬草の在り処などの情報をシム団長に渡していた。


初めは驚かれたし、情報が確実なものか疑われた。だが情報の出所を話すとあっさり信じてくれた。……頭に拳骨を一発くらったけど。


「人を使うのが上手い……いや、取り入るのが上手いと言った方がいいか?」


非難の目で見てくるシム団長に俺は苦笑する。


「門外漢がやるよりも、技術的に適している者や専門家……それこそご本人に聞く方が確実ですから」


そりゃ、正体を隠してカムイたちに接触し何度か悪事に手を貸しつつ情報を得ていた、なんて事後報告されたらな。


情報の為とはいえ、カムイたちの悪事の片棒を担いだと言ったも同然。非難の目で見られるくらいで済んだと思えば、まあ安いもんだろ。そういうのは前世で慣れてるしな。


「俺にとって必要なことでしたから……」


シム団長には俺が陰でやっている活動を少しは話してある。


今はそれで納得してくれたようではあるものの、こうして話していると視線や言葉の節々からこちらを探っている意図が感じられる。完全に信用してはいないのだろう。団長の身としては当然か。


今はまだ大丈夫、だがいつか真相に辿り着きそうな予感がする。そのタイミングが早いか遅いかで俺の対応は変わってくるが。さて、どうするか……。


「あとのことは近衛騎士がやってくれる手筈になっている。準備はもう済んでいるから、始めるのはそう遅くはならないだろうな」

「まあやるのは明日……というか今日、ですかね。恐らく午前中かと」

「……お前、どこまで展開を読んでるんだ?」


シム団長が一瞬体をピクッとさせ、何か気付いたような面持ちで聞いてくる。今の俺の全部分かっているような言い方で、ある程度の時間まで喋ったからな、察したか。


「読んでる訳じゃありせんよ」


眠気が凄いがまだやらなきゃいけないことが残っている。少しでも長く仮眠しないとまともに動けなくなるから、そろそろ部屋に戻ろう。


話はここまで、と俺は会議室のドアまで行ってシム団長へと向き直る。


「展開は確定させてこそ、です」


最後にそう言って俺は会議室を出た。


窓からは月明かりが差し込み、暗い廊下を照らしている。今回の作戦に駆り出された先輩方はもう部屋に戻って爆睡しているはずだ。よほど緊急の仕事がない限りはほとんどの人が休みになるだろう。


それとレンとルイズには後日詳しく説明すると伝え、治癒魔法が得意な先輩に回復してもらってから帰ってった。付き添うか聞くとキッパリと拒否されたが、これは嫌われたかね。


「さて……」


頭の中でやるべきことを整理する。


裁判はカトリーナが思う結果とは逆の出来レースに入った。


これはお嬢が上手くやってくれるからいいとして……『悪魔神像』の件は未だにお呼びがかからない。さてはこの国のお偉いさん、裁判の方に夢中でどう対応するのかまだ決めてないとか? 国外に知られたら一大事だろうに。


国の中枢、王城の最奥はミス一つで俺の首が飛びかねないからまだ入り込めていないのが現状だ。


どこかで気付かれたり、証拠が残るか消し忘れが出てくるから、気軽にそう何度も入り込める所ではない。やるとしても一回だ。その一回で用を全て済ませるのがいい。


その用を少しでも減らす為にも、やはりお嬢とは話をしておきたいな。裁判は午前中……だいたい十時くらいに始まるだろう、開廷前の二時間くらいは色々と準備で忙しいかもしれない。


お嬢には悪いが朝方にモーニングコールがてら突撃して聞きに行こう。


「………む」


窓から外を見れば遠くにある山の向こう側の空が明るい。これは太陽が昇ってきている証拠。あと一時間くらいすれば燦々に輝く太陽が顔を出すだろう。


「早い夜明け……そうか、そろそろ冬か……」


どうやら長々と考え事をしている内に足を止めていたらしい、廊下のど真ん中に突っ立っているではないか。端から見ればなんと思われるだろうか。


「はあ……仕方ない、今日は薬に頼るか」


自室に戻るとオウカが椅子に座ってテーブルに突っ伏した体勢で寝ていた。テーブルに空になったオウカ用とすっかり冷めた紅茶が入った俺用のコップが置かれているが、これは俺が来るまで起きて待とうとしていたんだな。


「そういや先に戻ってたんだったな。ったく……風邪引くぞ、相棒」


起こさないよう抱き上げてベッドまで運ぶ。


「むぅ……カイト………」

「仕事お疲れさまだ、ゆっくり休めよ」


よく寝ている。しかし獣人だから小さな物音で眼を覚ますかもしれないし、取るもの取って行くとしよう。


(あまり服用したくないんだよな、コレ。カムイたちが変な計画を実行しようとさえしなければまだ時間に余裕があったってのに……)


棚の奥から取り出した錠剤が入った小袋を胸ポケットにしまう。


「紅茶、うまかったぜ」


最後に冷めた紅茶を飲み干して自室を出た。



隊舎の屋上はある程度の広さと、高所故の風があることで喫煙者にとって絶好の場所。適度な風が紫煙の匂いを流してくれるから、オウカや鼻の良い獣人の先輩からクサイと言われなくて済む。


咥えた煙草にマッチで火を点けて吸い込んだ煙をフーッと吐き出す。


この味にも慣れてきた。初めは咳き込んだりしたものだが、こうしてゆっくり煙草を吸う時間は俺にとって精神を安定させる貴重な時間だ。……しかしそれは他人には関係の無い話だ。


「近い内に攻め落とす敵の拠点の真上に立った気分はどうだ?」

「それは実際に攻め落とした時に言うとしよう」


遠くの空を眺めながら質問すると背後からそんな返答が来た。やっぱり居たよ、接触してくるなら今だろうなと思ったんだ。


()()が完了した。我らは国に戻る」

「トップがわざわざ来たのかい? 部下に任せてもいいだろうに」

「来年から正式に我らの同士となる男のことを少しでも知りたくてな」

「そうかい……それで、俺はお眼鏡にはかなったのかな?」


振り返りはしない。そうしない約束で俺は彼と話している。


「前準備が必要ではあるものの、勇者を倒した若い剣士とも渡り合えた───実力は十分にあると私は判断する」


彼と会ったのは俺が陰で活動し初めて間もない頃だった。だが、その出会いは俺の体質によるものではなく、


「しかし、その程度では私は良くとも周りは納得しないだろう。よってお前に試練を与える」


何らかの方法で俺の正体と目的を特定した上で接触してきたのだ、彼は。


「アンタが周りを納得させればいいだろうに」

「それでは反感が出てくる。黙らせるなら確かな実績が必要だ」


実績、ね。戦闘向きじゃない俺にどんな試練を与えるつもりなんだか。あまり面倒なものじゃなければいいんだがな。


「試練を乗り越えずとも、お前との契約は守ろう。実力ある者がその命を賭けて発した言葉ならば私はそれに応えるとも」

「フー……そこはちゃんと守ってほしいところだな。俺はまだアンタが信用出来ていない、話しやすいと感じてはいるがそれは顔を合わせてないからだ。俺はいつ、アンタの顔を拝めるんだ?」


紫煙を吐き出す。マントの内側から自作の携帯灰皿を取り出して、半分ほどになった煙草の火を消してからそれに入れる。残りはまた午後に、だ。


……彼と会話したのはこれを合わせて五度目。俺は約束を守り、決して振り返らずに会話だけで済ませている。俺としてはそろそろ我慢の限界なんだけどな。うっかり肩越しに見てしまいそうだ。


俺の思いが通じたのかは知らないが彼は思案しているのか少し黙った後、


「そうだな……確かに私もいつまでも顔を知らない相手に背中を向けるのは嫌だな、では最後の試練の時にお前の前に現れよう」

「なら、その時までにこちらも備えておく。アンタからの試練、荒れに荒れそうだって予感がするからな」

「フフフ……」


風が吹く。振り返れば誰もいない。


「試練ねえ……」


内容も不明、日時も不明、とにかくその時にならないと分からないことが分かっただけ。面倒なことこの上ないが入念な準備が必要だってのも分かるし、クリアしないと後々俺が困るのも分かる。そして、



「やることが、増えたな…………」



その準備に割く時間を確保する為に奔走しなくてはならなくなったことが分かった。

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