第八十三話「やっぱ直接対決は苦手だ」「あれだけ暴れておいて??」
「あ、ァぁ……い、ってえ……」
瓦礫の上で大の字になりながら目覚めた俺が最初に見たのは綺麗な夜空だった。
戦っていた地下室は天井が抜け、地表から風が流れ込んでいる。床や壁に使われた石材は崩れて地面がむき出し、これでは地下室というよりは地下空洞だ。
「うぁ……」
ズキズキする頭に手を当てるとドロッとしたものが手に付く。うん、どう見ても血だった。ここまでの怪我をしたのは初めてだな。
「えーと……シールドのゲージが消し飛んでるのはいつものこととして、体力が70か、んで今の俺の脚力はBのままと。もっと削れてたら、それこそ死にかけなら脚力Sになるのかね……」
やはりシールドは偉大だ。これが無かったらもう三度は死んでる───そう思うとゾッとするね。
なんとか起き上がって『保管庫』から医療キットを召喚。
見た目は赤十字のマークがはいった白い箱。蓋の金具を外すと勢いよく蓋が勝手に開き、中からパンパンに詰まった真っ白な包帯が出てくる。
「これ全部巻けってか……」
『ファストナ』での体力全快アイテムである救急箱。その効果の代償として十秒間包帯を巻く動作が必要であり、使い所を選ぶ回復アイテム。
プロゲーマーになると救急箱より回復量が劣るが、アイテム使用の動作が三秒と短いただの包帯を選んだり、そもそも被弾率が少なくシールドしか削られないって人が大半だ。
「モゴモゴ……量が、多い……!!」
目と鼻や口を避けながら頭部にグルグルと包帯を巻き続けて十秒。傷ついた場所をただ巻けばいいだけなんだが、その量と厚さに苦労した。
【体力:70→100】
一瞬、全身が緑色の光に包まれると巻いた包帯が消えて体力が全快した。よし、頭の怪我も治ってる。
「怪我は治っても流れた血はそのままか。髪は血で濡れてるし、服にも染みついてる……」
こんな時に限って、いつも使ってる浄化の魔石を持ってきていないというね。オウカに嗅ぎ付けられるなこれは。
「……そんで、暴れ鬼になった野郎はどこに───」
この地下室を吹き抜けにしたもう一人の原因である剣士を探すが、どこにも見当たらない。瓦礫の下はと探すがやはりいない。
まさかと思って振り返ると、地下室の更に奥へと続く扉が、開けた覚えがないのになぜか扉が開いている。耳をすませば剣戟の音が微かに聞こえるではないか。
「ああ、行ったのか……」
その先には、レンたちが受けた調査依頼である薬草の品薄についての答えがあると同時に、俺とオウカの依頼人が待ち構えている場所でもある。
「まだ暴走状態なのかはさておき、戦うのはこれで二度目。雪辱を果たすか、それとも更なる敗北か……どちらにしても詰んでるんだけどな」
勝ちを確信しているつもりが実は仕組まれていたと知った時、ハッピーエンドがバッドエンドに逆転した時、あの勇者一行はいったいどんな顔を見せるのだろう。
ろくに下調べもせず、裏取りもしない。聖女を経由して与えられた情報を信じて、完璧な計画だと安心しきっている。
馬鹿な連中だ。
その与えられた情報が全て微妙に間違いがあるとは知らないで。
「嘘ばかりじゃダメだ。嘘の中に本物と、見せかけの弱みを紛れ込ませる。目についた物に直ぐ食い付く連中だ、効果覿面だろ」
そうして貴族を味方に引き込んだとしても、握った弱みが貴族にとって大した痛手ではない訳で、俺の方からよりうまみのある話をもっていけばあっさり鞍替えする。
「───っと、出れた」
おっ、オウカが戻ってきたな。この悪い顔を引っ込めて、と。
「お疲れさん、オウカ。ルイズはどうだった?」
「とんでもなかった……あれ、カイト、怪我してる? 血の匂いがするけど……」
「さっき治したから大丈夫だ」
俺の隣で瓦礫に座り込むオウカ。
なんでもルイズに対して言葉の刃物でズバズバと切り込んで本音を叫ばせて、その叫びに応じて何か、とてつもない存在を召喚したのだという。その後ルイズは大きな負担で吐血して気を失ってしまい、今はロルフと一緒にあちらの世界で休ませていると。
『異端』と呼ばれる世界から外れた存在。嘘は赦さない『正直』の怪物か。
うーん、聞けば聞くほど対面したくないな。
「世界から外れたのだから、この世界に属さない、この世界に存在しない存在ということ。それを召喚し、維持させるのは今のルイズちゃんには負担が大きすぎる」
「……召喚したら世界から弾かれる強制力のようなものが働くってわけか。言い方を変えれば、この世界に属せない、存在してはいけない存在になるからな」
「うん、それだけ『異端』は扱いが難しく、強力な存在なの。もしルイズちゃんが今回のをきっかけに他の『異端』を次々に召喚できるようになったら───」
オウカの目には不安と期待が入り混じっている。
不安は『異端』を召喚、維持する負担の大きさにルイズが耐えられるか。そして期待は『異端』を使いこなし、今よりも遥かに強い存在になれる未来を思ってか。
「『異端』を召喚できる人って他にいるのか?」
「聞いたことがない。けど、もしかしたらだけど……『ガタノゾア騎士団』なら何か分かるかもしれない。騎士学校での同期がいるから、あとで訪ねてみる」
「そうか。まあ、ルイズの方は任せる。せめて今回召喚した『異端』をある程度は維持できるくらいにしたい」
「うん。……はぁ、だめ、しばらく立てない」
彼女がここまで疲弊するのは珍しい。よほどその怪物からのプレッシャーが凄かったんだろう。元々この後からは俺一人でやる予定だったし、オウカはこの辺で離脱だな。
「……ねえ、カイト。どうしてあの二人を強くしようとするの? それもこんなやり方をしてまで」
「ん、ああ……最近国の外が騒がしい。いや、騒がしいのは前からだが、矛先がいつこっちに向いてもおかしくないからな。レンはともかく、ルイズにはしっかり生き残れるくらいには鍛えておきたいと思ったんだよ」
『保管庫』からシールドゲージを回復させるポーションアイテムの中でも持続的に回復させるエナジードリンクを召喚し一気に呷る。
【シールド:0→2→4→6───】
少しずつシールドゲージが増えていく。このペースならレンたちがいる奥にゆっくりと向かえばちょうどよく全快するだろう。
「オウカはルイズを見ててくれ。俺は最後まで見届ける」
「うん。ごめんね、最後まで付き合えなくて……」
「いいって。元からお前はここまでと決めてたんだ。奥にいるあの野郎の視線がまたお前に向けられるのが我慢ならないんでな」
オウカの頭を撫でようとして右手が俺の血で汚れているのに気付いて左手に変えて撫でる。フワリと花の香りがして、金髪の髪は引っ掛かりがなくサラサラと夜風に靡く。
「プレゼントした香油、使ってくれてたんだな。また一段と綺麗になったじゃないか」
「っ……そ、そうかな。カイトからの贈り物はちゃんと使ってるよ。どれも高級品だから最初使うのに躊躇したけど、ちゃんと効果が出て周りから綺麗になったって言ってくれるようになって、綺麗になるのが楽しくなった。あ、でも、カイトから綺麗って言ってくれるのが……一番嬉しい」
分かりやすく照れるオウカ。
(俺に綺麗って言ってくれるのが一番ね……ここまで言えても自覚無しか、まあ、なんで俺だと一番嬉しいのかって聞いてみればいいんだろうが、それは他の皆さんに任せるとして……)
頭を撫でる手で軽くオウカを寄せて、
「じゃ、行ってくるぜ」
「はぇ……?」
軽く、自然に。俺は彼女の頭にキスをした。どうせ意味は知らないだろう。あとで女子会の時にでも聞いてみるんだな。
何が起きたのか分からず思考停止しているオウカを置いて俺は地下室の奥へと駆け出す。獣のような叫びは聞こえない。レンの奴、暴走は止まったのか? 一発やり合って吹き飛んだのが気付けにでもなったのかね。
(今回で分かったのは、事前準備をしっかりした上で展開を予測し、流れを掴めば対面状態でもなんとか戦えたということ。ただ最後の暴走したレンに対して剣で応じたのは失敗だったな。男のさがでついノってしまったが、やはり脚力特化型としての戦い方をするべきだった……)
戦場で気を失うなんてことしたら絶対に二度と目が覚めることなく死んでいる。まあ近距離と中距離で戦えるやり方はあって損はないが、基本はやはり隠密と遠距離狙撃だ。こっちの方が性にあってる。
(残る仕事は、レンと依頼人である勇者一行の戦いを見届けること、そして勇者一行の視線が外を向いている隙に奴らの懐にあるもの全部頂戴すること。ただ、あの野郎からの情報ってのが気になるところだ、契約もあるし……少し用心するしかないな)
あー、やだやだ。
良縁ばっかりだったから油断した。悪縁の扱いは難しいし、頼れる仲間ってよりは手柄を奪い合う商売敵みたいなもんだから、最後の最後まで油断できねえんだコレが。
それに今回の契約はどうも怪しい。前世で色々経験したからこそ分かる嫌な予感。このタイプの予感は信用した方がいいとユキナも言っていたし、ちょっと面倒だが手間を増やすしかないな。
「───こ、のォ───」
「まだ───これから───」
剣戟の音が大きくなるにつれて人の声が聞こえてくるようになった。
【シールド:96→98→100】
おっと、予想より早かったか。シールドも全快したことだし、もし第二ラウンドに入っても大丈夫か。正直、今日はもう荒事する気力がないんだけどな。
「王国でやることも残り僅か。何事も滞りなく、最後こそ気を抜かずに。次の段階に進む前の大仕事をやりきるとしますか」




