第八十一話「僕とは違う戦闘」「わたしが叫んだ願い」
高速の居合いを受け流し、横から来る横薙ぎを防ぎ、動きが止まったところを狙って放たれる無数の弾丸には全力で跳んで逃れる。
(俺が一人で行う連携───これが、カイトさんが試したかったことか……ッ)
同じ顔、同じ服装、同じ気配。異なるのは持っている武器だけ。そんな三人のカイトさんによる波状攻撃はかなり厄介だった。
機械的な見た目の刀を持った二人が、納刀した状態から一瞬で数メートルを走り抜けての居合い斬りをする役と、正面以外から斬り込んでくる役で分担しており、互いの攻撃後の隙を埋めるように攻撃してくる。
そして離れた位置からアサルトライフルを持った一人が前衛二人を守り、僕を牽制するように、腕や足を狙って発砲してくる。彼の性格や戦い方から考えて、こちらが本物だと思う。
(前衛二人の技量は達人級とはいえない。……でも、この感じは剣術を知っている動きだ。全く剣を握ったことのない初心者にはない振り方、これは……)
斬り込んでくる方の刀の振り方に僕は見覚えがあった。それが分かると、居合い斬りをしてくる方の、どこかぎこちなさがありながらも鋭い動きの違和感にも気付く。
「……剣道、ですか」
「まあ気付くよな、お前なら」
そう言うと、アサルトライフルを持っているカイトさんは特に驚くことなく、僕の言葉を肯定した。
「面、小手、胴。斬り込んでくるあなたはこの三ヶ所しか攻撃してこなかった。それに、初撃の動作が振りきって斬るのではなく、その部位に当てるような振り方をしていました。そして剣道に居合い技はなく、これは居合道という別の分野。そちらの経験は無いんでしょう?」
ご名答、とカイトさんは言う。
「そう、俺は剣道しかやったことがない。居合いは俺に剣道を教えてくれた先生がやってた居合いを見て覚えていたのと、その刀───サムライソードのアシスト機能を頼っているだけだ」
「やっぱりその刀に仕掛けがあったんですね。ちなみに、斬り込み役が突き技をしてこなかったのはなんでですか? 」
「突き技が出来る段階前で剣道を辞めたからな。辞めた理由はオスグッド病でだ。ほら、子供がよくなる膝の病気さ」
それを聞いてなるほどと思った。
突き技は高校生になるまでは禁止となっている。解禁になる前に辞めたのだから、技を身につける機会がなかった訳だ。
でも二十歳を越えた今ならやっても良いのではと思って聞いてみると、
「バカ野郎、んなことやったら先生に怒られるだろうがッ!!」
と必死の形相で返された。ルールや規則の抜け穴を探してそうな人だけど、そういうところはきちんと守るんだ……。
「……しかし、体が覚えてるなんて言葉をよく聞くが、辞めて何年も経つのに、こうして実際に構えて動いてみると案外イケるもんだな」
剣道を習っていた頃を思い出しているのか、懐かしそうな笑みを浮かべて前衛二人がそれぞれ軽く素振りをする。
「その二人は……本物、という訳ではないんですね?」
「俺と同じ姿形ではあるが本物ではない。だからと言って完全に偽者って訳でもないな。お前から見て何か違いはあるか?」
そう言われて僕は前衛二人とアサルトライフルを持ったカイトカイトさんをじっと観て比べる。
「…………違いがあるとすれば、本物のカイトさんは何かで体が覆われていることだけ。その他はまったく違いが見当たらない」
「それは防御魔法みたいなものだ。一定のダメージを肩代わりする」
「じゃあ、さっき僕がカイトさんの喉元に切っ先を突きつけるのではなく、躊躇いなく突いたら───」
「ダメージを全て肩代わりして串刺しにならずに済むか、超過した分のダメージが負傷として現れるかのどっちかだな。負傷した場合は……たぶん軽く刺さるとか、首筋の皮膚がスパッと切れるとか、そんな感じかもだ」
超過して怪我をしたことがないから正直分からんけどな、とカイトさんは言う。
(つまり、あの時一番危なかったのは……僕ってことか)
ダメージ肩代わりがあり、喉を突かれても死にはしない。なら多少はリスクのあることをしても実質ノーリスクにできる。
突き付けられた切っ先にわざと前に出て自ら刺されに行き、僕が驚いたところをアサルトライフルで至近距離から撃つということだって、やろうと思えばやれたのだ。
(そんなの……こちらが多少のリスクがあっても倒しに行こうとしても、実際は自ら殺されに来ているようなもの!! 勝負にならないじゃないか!!)
「気付いたか、レン。俺とお前では、戦いや勝負についての考え方が根本から違うことに」
「…………っ」
前方の左右から前衛二人が居合いの構えで迫ってくる。
「俺にとっての戦闘は、表に姿を出さず、そもそも交戦状況を作らず、意識外から仕留めて敵を戦闘不能にさせること」
時間差で繰り出される高速の居合いを刀身と鞘で防ぎ、
「その為に事前準備は怠らない。敵を知り、己を知り、最適な策を練り、一番安全なところで敵が倒れるのを見る」
一発で仕留めるのではなく、確実に負傷させて弱らせる狙い方で放たれた弾丸は回避しながら、体に命中する弾丸だけ斬って、
「最初から最後まで俺の手の上に立たせ、余計なことはさせず、立ち上がることもさせず、死んだふりもさせない」
地雷が四つ。僕の前後左右から出て来て、こちらの動きを制限される。
「試したいことがあったし、依頼に従わなければいけなかったから、こうして姿をさらして戦ったが本来はこんなことはしないんだ」
爆発する前に離れようと足に力をいれたその時、
「という訳でだ、ここからは俺のやり方でいく」
「あ、ぅ………」
突如、ドサッとカイトさんの足元に僕が取り戻そうとした少女が現れ、彼女の頭に銃口を向けたのを見た。
「ルイ───」
思わず手を伸ばし、名前を呼ぼうとするも遅く、僕は地雷の爆発に巻き込まれた。
「悪いな、レン。もう少し付き合ってもらうぞ」
■■■
「流石はAランク魔獣、ここまでやらないと抑えられないなんてね」
真っ暗な空の下、真っ白な砂の大地の上。連れてこられた先にあったのはそんな世界だった。そしてその世界には、額の汗を拭う狐の獣人と、わたしと、横たわり何重にも縛られたわたしの使い魔しかいなかった。
「ロルフっ!!」
「クゥン……」
この世界に来た直後、わたしとロルフは相手の獣人───オウカさんからの攻撃を受けた。小規模で、かつ貫通力のある強力な魔法の雨。砂の下に隠された罠。それらに対応し、反撃できるほどの強さをわたしは持っていなかった。
砂の腕。光の鎖。水の膜。雷の首輪。氷の拘束具。有刺鉄線の檻。結果的に、わたしはロルフに庇われる形でその過剰にも見える魔法と罠の数々から逃れ、代わりにロルフは完全に無力化されてしまった。
「弱い。悪いとは思ってるけど、弱いよ、ルイズちゃん」
護身用にといつも持っていた短剣を抜いて構えるわたしに、オウカさんは冷たい声でハッキリとそう言った。
「全ての属性の精霊を召喚でき、能力もとても有能だけど、強さを示すランクは低い。召喚魔法以外の魔法も初級止まりで、出力も不安定。これじゃあいつまでたってもDランクのままだよ」
その言葉は刃物のように鋭く、わたしの心に突き刺さった。
『Aランク魔獣がいなきゃなにも出来ない』
『お家芸の召喚魔法も使い物にならない』
『従者と使い魔がすごいだけ』
『家の再興とか無理に決まってる』
『あんなに弱いと仕えてる従者がかわいそうだな』
『もしかしたら従者も頭の方がバカなんだろう』
『ギルド』に行く度に聞こえるわたしたちへの陰口。
わたしを笑い、実力を笑い、境遇を笑い、なによりもレンを笑う彼らに、わたしはなにも言い返せなかった。なにを言ったとしてもわたしが弱いことに変わりはなかったから。
レンがいなきゃ、ロルフがいなきゃ、わたしはなにも出来ない。戦う術が無いに等しいわたしは誰かがいなきゃ簡単に死んでしまう。そんなの、そんなの、そんな、ことは───っ
「……わたしが一番、わかってます。わかってますよ、そんなことは!!」
気付けばおもいっきり叫んでいた。
「少しでも強くなろうと努力してるのに全く強くなれない!! 新しい魔法や精霊の召喚に挑戦しても失敗ばかりする!! 魔法の暴発で傷ついて、精霊に反抗されて血反吐を吐いて、それでも魔力が空になるまで挑戦して、それを毎日、毎日毎日毎日毎日まいにちまいにち……っ」
わたしだけが笑われるのなら、まだ、いい。わたしが我慢すればいいだけだから。でもわたしが自分の都合で召喚したレンと、レンの代わりに契約してくれて懐いてくれているロルフを笑うのだけは許せなかった。
「レンやロルフに相応しい主人に、誰にも笑われない……お父様のような強い『召喚士』になりたいのに、それに一歩も近づけないわたしの気持ちが、あなたにはわかりますか!?」
服の下に隠された肌は名門の娘とは思えないほどに挑戦と失敗の繰り返しで傷だらけ。体の中だってボロボロだ。レンには教えてないけど、無茶のしすぎで今は治療院に通ってるんだからね。
「………………」
わたしの叫びを、オウカさんは目を閉じて黙って聞いていた。
「……そっか、頑張ってたんだね。ルイズちゃんは」
「頑張っても結果が出なきゃ意味がないじゃないですか……」
「うん、頑張ったのに何もないのは、とてもツラいし悲しいよね」
ポンと、オウカさんはわたしの頭に手を置いて優しく撫でてきた。
「ルイズちゃんは強くなりたい?」
「当たり前じゃないですか」
「かなりキツい経験をしてでも?」
「どんな無茶無謀でもわたしはやります」
それでわたしの理想に近づけるなら、わたしの夢に近づけるなら、どんなに辛いことだってやってみせる。
「じゃあ、その通りに願ってみたらどうかな?」
「え? その通りに、って?」
その言葉の意味が分からず聞き返した。
「呼ぶんじゃなくて、向こうから来てもらうの。ルイズちゃんが今言った覚悟と、悔しい、悲しい、お父さんのようになりたいっていう気持ち全部を込めて、力を貸してって願うの」
気持ち全部込めて……向こうから、来てもらう……。
ああ、そうだ、わたしは……強くなりたかったから強力な精霊や魔獣を召喚しようとして、とにかく来て、わたしの召喚に応じてと、無理矢理手を引っ張るようなやり方をしていた。
(そうじゃなかったんだ、そのやり方じゃ駄目だったんだ。わたしが何を求めるのか、わたしがどんな気持ちなのか───その全部を伝えて、知ってもらった上でお願いする。そうして応えてくれた誰かの手を、わたしが取れば…………)
全身に魔力を漲らせる。アレイスターの血が魔力に反応し、魔法陣を展開する。
(お願い───こんなわたしだけど───誰かがいないと駄目なわたしだけど───力を貸して欲しい───)
魔法陣は少しずつ大きくなり、辺りは黒い霧に包まれる。
「えっ、なにこの気配……ちょっと待って、ルイズちゃんいったい何を召喚するつもり!?」
「彼方より、わたしの手を取る誰か。どこにいても良い、どんな存在でも良い。どうか、どうかこの声を聞いて、この願いを聞いて───わたしを助けて!!」
手のひらを短剣で軽く切り、一滴の血を魔法陣に落とす。魔法陣が赤く輝き、黒い霧が一ヶ所に集まっていく。
「───開け!! 彼方より来たるものを迎える門よ。召喚者である、このルイズ・アレイスターが汝を歓迎しよう!!」
締めの言葉と共にありったけの魔力を魔法陣に送り込む。これまでにない、成功の予感に鼓動が高鳴る。これまで感じていた相手からの苛立ちや敵意は感じない。
「あなたが、わたしの召喚に応えてくれたの?」
「はイ……実に正直で、イイ叫びでしタ。そういうノ、ワたクシめは大好きデす」
それはとても楽しそうに、嬉しそうに、わたしへと手を伸ばした。
「ワたクシめの名前はジュリアン。少し大食いですガ、そういうノは気ニセず、よろシくお願いいタシまスね、我がアルジ」




