第八十話「二人の異世界人」「衝突する月刃と凶弾」
教会の地下へと続く階段を降りて行った先にあったのは、四方の壁一面に蝋燭がつけられたかなり広い地下室だった。そして僕たちが来た側から見て向かい側には大きな扉があり、
「───ッ、伏せて!!」
「え───」
返事を聞く暇はなかった。
即座に『月夜祓』を抜き放ち、轟音と共にこちらに高速で迫る弾丸を縦に両断する。二つに別れた弾丸は勢いはそのままに僕の左右を通り過ぎ、後ろの壁面に着弾し食い込んだ。
「………………」
第二射は───来なかった。代わりにパチパチといきなり発砲してきた彼は拍手する。
「やるねえ、対物ライフルの弾を斬ったのはお前が初めてだ。流石は準Aランクの剣士、いつも見る側を驚かせてくれるじゃないの」
前と変わらない、親しさと優しさがある声音。ただ賞賛の言葉を言うその口調はややゆっくりで、興奮しながらも落ち着きがあった。
「……随分と手荒い出迎えですね。僕だから反応出来ましたけど、そんなもので撃ったら普通は死にますよ」
鞘に納めないまま、僕は扉の前に立っている二人の男女を睨み付ける。ルイズは床にしゃがんだまま、何が起きたのかまだ理解できていないようだった。
「オイオイ、そんな怖い顔すんなよぉ。俺はお前の頭一つ分、横にずらして撃ったんだぜ? 何もしなければ当たらなかったってのに、自分から射線に入ってきておいて死んだらどうする、なんて言われてもな」
悪びれる様子もなく、身長と同じくらいある大きな銃を担ぎながら彼───カイトさんは、今度は拳銃をこちらに向けて発砲する。
「……シッッ!!」
真下から最速で、さっきよりも小さい弾丸を斬り上げで両断。威力も速さも対物ライフルより劣っている弾丸は勢いを失ってカツンと床に落ちた。
「んー、やっぱりピストルだとこの距離はちょっとばかし遠いか」
「今度は、狙いましたね」
「対物ライフルの弾を斬れたんだ。これくらいお前ならどうにかすると確信していた。……さて、これで何となく察してくれただろう。お前らにとって、今の俺たちは敵だってことが」
いつの間にか大きな銃も、拳銃も、カイトさんの手から消えていた。ここで一気に距離を詰めて斬り伏せることも出来るけど、
(なんだろう、この嫌な感じは……)
一歩踏み出す。
ただそれだけのことが、とてつもなく恐ろしい。元いた世界とこちらの世界で戦ってきた僕の剣士としての勘が、絶対に前に出るなと、激しく警鐘を鳴らしている。
「敵ってことはカイトさんも薬草の品薄について一枚噛んでいるんですか?」
「その質問の答えはノーだ。直接的、間接的にも関わっていない」
「ならどうして僕たちと敵対なんて……」
「まあ、組織に属する者の宿命ってやつだ。上からの命令には逆らえない」
いやぁ参った、とカイトさんは嘆息しながら言うけど、僕にはそれが本音ではないように見えた。
「本来、ここじゃなくて無関係な場所に誘導することも出来た。まあ依頼主はそうしようとしたが、俺とお前の仲だ……そちらが求めてるゴール手前であるここを指定した。この扉の先に、答えがある」
なるほど、つまりこの調査を終わらせる為にはカイトさんとオウカさんを押し退けて進むしか道はない、と。
「ごめんね、レンくん、ルイズちゃん。あまり痛くしないように努力するから」
「レン、お前の相手は俺だ。ルイズとロルフはオウカがする。連携はさせねえよ」
「分断でもするつもりですか? そこまで離れた場所から、どうやって僕たちを───」
引き離すのか、と言いかけた僕は信じられない光景を見た。
「ルイズ!? ロルフも、なんでそっちに!?」
「えっ、なに、なにが起きたの!?」
まばたきを一回しただけだった。
その僅かな時間で、僕の後ろにいたはずのルイズとロルフはなぜか向こうに立っているオウカさんの隣に立っていた。
(何かをしたような素振りが無かった、魔力だって感じないっ、一瞬でルイズが向こうまで移動した!?)
全く理解できない事態に混乱しているとカイトさんが指を鳴らす。すると彼の背後の空間が突如として亀裂が入り、ガラスのように割れた。なにかの例えでもなく、文字通りに。
(あれはいったい……!?)
割れた空間の向こうから光が差し込んでいて何があるか分からない。あんなものは、あんな現象は、一度も見たことがない。
「ロルフも、一緒に来て」
「ワオ!?」
ロルフが反応するよりも速く、オウカさんはルイズとロルフの首もとを掴むと、割れた空間へと近付いていき、
「レン、た、助け───」
バシュッと光に包まれて消えてしまった。
「安心しろ。この中は危険な場所じゃない。戦える程度には広いだけの、何もない空間だ」
「……僕たちがここに来た時点で、こうなることは確定していた訳ですか………」
「ああ。俺とオウカの性格は知ってるだろ。仮でも陣地を得たなら、嬉々として魔改造するさ」
魔改造……ルイズが一瞬で移動したのはそのせいか、たぶん他にも何か仕掛けてあるはず。
「さあて、ここからは男同士、遠慮なくぶつかろうじゃあないか。俺に勝ったら、ルイズは解放してやる」
「だったら一秒でも速く、あなたを倒します」
「良い気迫だ。やっぱり男のやる気を出させるには大事な女が一番だ───!!」
カイトさんの手に再び銃が握られる。あれは知っている。威力と連射性に優れたアサルトライフルだ。
(前に出る? いや、何が仕掛けられているな分からない以上、迂闊には動けない。ここは移動速度ではなく弾丸に対応できる攻撃速度で対応。弾丸を捌きながら周囲を探るか……)
引き金が引かれる前に僕は強化異法を使用する。
「"一気呵成"……為すは連刃、空を割る稲妻の如く」
全身に紫電を纏い、
「ははっ、やはりソレか!!」
「っ!?」
カチッとカイトさんは懐から出した何かを押すと同時に、僕の両側の床が爆発した。
「うわあああ!?」
爆風の熱と衝撃をもろに受けてしまい床を転がる。
「ルイズが一瞬でこちら側に移動した現象、魔改造したという俺の発言、そしてお前の俺に対する警戒心。この三つからお前が射線から逃れようとするより、足を止めて弾丸を捌ききることを選択するだろうと思っていた。だから床の石材の下にリモート爆弾を仕掛けたんだが、読み通りだったな」
大丈夫かー、とカイトさんが聞いてくる。爆弾を仕掛けておいて大丈夫か、ってあなたが言うことですかね……。
「ぐっ……ここまでの展開を、読んでいたわけですか。それに僕があなたを警戒していたことまで知られているなんて、驚きです……」
「俺はその手の感情や視線には敏感でね。敵意はもちろん、俺への警戒心を持ったのならそれをも利用する。ほーら、早く動かないと大変だぜ? 仕掛けたのはリモート爆弾だけじゃないからな」
ボコッと目の前の床の下から銀色の円盤のような物体が飛び出る。それは浮遊しながら赤い光を点滅させているのを見て、即座にその場を離れ───爆発した。
今度は何なのかと思ったら、僕の足を押し退けて銀色の円盤が飛び出て爆発した。急いで距離を取り爆発から逃れるとまた同じものが足元の近くから出てくる。それも回避して、その回避先の床下からまた円盤が、と僕は何度も移動を余儀なくされる。
「地雷……とは言っても、それは踏む必要がなく、近くに敵が来ると自動で飛び上がって爆発するアイテムだ」
飛び上がるとか僕が知ってる地雷じゃない!!
(悪い流れだ、ここは───)
「"一陽来復"……差し込むは幸ある陽の光」
地下室のあちこちから光が差し込む。
この強化異法は僕の危険を察知する能力を一時的に強化し、嫌な予感を視覚化するもの。差し込んだ光は僕にしか見えず、その光がある場所は僕にとって安全である証。影がある場所はその逆。つまりカイトさんが仕込んだ何かがある場所。
そしてこれによって見えた安全地帯をたどってカイトさんの近くまで行ける最短ルートを割り出し、
「"電光石火"……この身は刹那に輝く雷光なり!!」
影の部分を踏まずに一気にカイトさんの目の前まで地下室を彼の駆け抜け、アサルトライフルを細切れにし、彼の喉元に切っ先を突きつける。
「おおっ? 電気が走ったと思ったらもう目の前にいる、全く目で追えなかったぞ」
「ここは、僕の距離です。諦めて下さい」
「まあ確かに、俺には接近戦でお前を倒せる技も力もない。寸止めしてくれたのはお前なりの優しさか───なんて思いながら、もう勝った気でいる小僧の腹に銃口を向けている俺であった。はいズドン!!」
「っ!?」
横に跳ぶ。同時に地下室にダダダッと連続で響く銃声。見ればカイトさんの手にはさっき細切れにしたはずのアサルトライフルが握られていた。
「……厄介ですね、壊しても直ぐに新しい物が出てくる」
武器の出所がカイトさんの左手人差し指にある指輪なのは分かっている。あの指輪がある限り、カイトさんはどれだけ銃を壊されても直ぐに新しい物を出現させる。
「厄介なのはお前もだ。なんだ今の反応速度。至近距離からの発砲に対して、なんで回避が間に合ってんだ」
「僕は喉元に寸止めしたのにカイトさんは躊躇いなく撃つんですねっ」
「はいそこ、あなた最低ですーみたいな目をするんじゃありません」
カイトさんが拳ほどの大きさの球体を自分の足元に叩きつける。
(これは、煙幕……?)
球体はボンと弾けて白い煙がカイトさんを飲み込む。
「悪いがもう少し付き合ってくれ。こんな、俺たち以外に誰もいない状況は滅多にない。試したいことがあるんだ」
煙の中からカイトさんの声がする。なんだろう。凄く、嫌な予感がする。
「いったい、何を試すつもりなんですか……?」
「呼び方とかはまだ決まってないんだが、あえて言うなら……そうだな…………俺が一人で行う連携……みたいな?」
その瞬間、煙の中から飛び出してくる二つの影。
大きく迂回しながら左右から挟み込むように迫りくるそれは間違いなく人だ。その二人を見て僕は驚愕した。
「な───………」
二人の人物が、カイトさんと全く同じ顔と服装をしていて、更に腰には機械的な見た目をした刀を握って、今にも斬りかかって来ようとしていたのだから。
「名付けるなら、ジェットストリー○アタック……なんてどうだ?」
なんてこと言いながら、煙の中から出てきたカイトさんは愉しげに笑った。