第七十七話「調査開始」「大幅進展」
「薬草が、ですか?」
朝、今日は冒険者業は休みの予定でも冒険者への依頼状況は確認しておこうかな、と『ギルド』に寄った僕。着くと直ぐに受付嬢に声をかけられ、ギルドマスターの部屋まで連行された。
「そう、最近どこも品薄みたいなの。大量の回復ポーションが必要になるような、事故とか災害とかもないのに」
部屋に入ると難しそうな顔をしたサリィさんがいて、僕をここまで連行した理由を聞いてみると、どうやら回復ポーションの生成に使われる薬草についてだった。
「そういえば掲示板にも、薬草の採集依頼がかなりありましたね。報酬金も通常より高く設定してありました」
「質が悪いものとか関係なく、ね。品薄の今、みんなからかき集めて貰わないと回復ポーションが出回らないってことになりかねないから」
「それはまずいですね……」
治癒魔法が使えない人にとって回復ポーションは絶対に無くてはならないものだ。無傷で依頼達成出来るほど、この仕事は簡単ではない。人によっては自身の生命線ともいえるそれが手に入らないとなったら、大怪我をするのを恐れて依頼を受けたくないと言う冒険者が出てくるだろう。
「どうして品薄になっているのか、私の方で調べてみたんだけどね。これを見てみて」
そう言ってサリィさんは一枚の資料を僕に見せた。
「それは月ごとに市場に出ている薬草の量を私なりにまとめたもの。見ての通りここ数ヶ月は減少傾向、でもたまに増えた月もあるせいで、ちょっと減ってるけどそういうこともあるかって思ってしまう」
月ごとの総量は書かれてないものの、棒グラフでまとめられた資料は誰が見ても分かりやすいものだった。そして確かに何度か増減しながらも数は確実に減ってきている。
「だというのに、原産地で薬草栽培を家業にしているところに直接聞きに行ったら、向こうはなんて言ったと思う?」
ここまでサリィさんの話を聞いて、なぜ彼女が難しそうな顔をしていたのか分かった。
「もしかして───」
「察しがいいね。あちらの回答は、『天気に恵まれ成長が早く、どんどん出荷しないと売れなくなる。つまり大量』。ねっ、変だと思わない?」
「……っ!!」
生産者が困るくらいに薬草は豊作続き。なのに市場では品薄。需要に応えれるだけの供給量があるはずなのに、減少傾向にあるのは異常だ。
「市場に届くまでのどこかで、薬草の何割かが消えている……」
「そう。現場と市場の状況が明らかに一致していない。私たちが知らないところで中抜きされてる可能性がある」
「つまりその調査を僕にやって欲しい訳ですか」
「報酬は高額にすることを約束する。誰かと協力してもいい。その場合は分配ではなく、全員にそれぞれ報酬を出す。そして見事解決してみせたらA級に昇級とまではいかないけど王手をかけられるよ。お願いできる?」
聞かれるまでもない。冒険者として稼ぐことが不自由になるのは困るし、他の冒険者にとっても死活問題だ。
「その依頼、受けます」
「ありがとう、レン。お願いしている立場の私から言うのもなんだけど、気を付けてね」
サリィさんからの依頼を受けた僕は調査を始める前に一旦家に戻って、今回の件と、勝手に受けてしまったことをルイズに謝りながら伝えた。
「なるほどね……」
「ごめんね、相談もせずに受けて」
「それは別に気にしてないわ。冒険者としてはわたしよりもレンの方が上の立場、依頼を受けるかどうかの判断は任せてるもの」
そう言ってルイズは外出の支度を始める。
「報酬は分配ではなく一人一人に出るんでしょう? レンとわたし、一緒にその依頼を終わらせればウチに入る報酬は実質二倍よ、こんな機会は逃さない手はないわ」
「最近お金を貯めてるみたいだけど今回の報酬もほぼ貯金にあてるの?」
「そうよ。修理で騙し騙しやってきたけどそろそろこの家も限界が近いし、もう少し良い物件に引っ越せないかと思ってるの。ちゃんとロルフも中に入れるくらいには広い家がいいわね」
「ワォン!!」
開けた窓枠に前足をかけて頭を出すロルフ。
ルイズの言う通りこの家は元々古かったところを直しながら二人で暮らしてきた。
しかしロルフが加わった今は、体の大きさ的にそもそも扉をくぐれず家に入ることが出来ないのが現状で仮に入れても窮屈だ。だいぶ稼げるようになってからは貯金も出来るようになり、目標額まではまだまだというところらしい。
ちなみに僕の稼ぎはルイズが管理している。『異法武器』という買い替えとは無縁の武器があることと、買うとしても戦闘用の服や靴くらいしかないことで、あまりお金は使う機会がないからだ。
「そうだね、ロルフだけ外なのは可哀相だ」
「あとは防犯の為ね。貯金は『ギルド』の口座に預けてあるけど、ある程度のお金は所持してないと不便。でもそのお金を狙って泥棒が入り込んでくることもあるから」
「空き巣か。この家、よく狙われなかったよね」
「勇者を負かしたAランクに近い準Aランク冒険者がいて、更には可愛さに反してAランクという強さの銀狼が番犬してる家だもの。誰が好き好んで空き巣をしに入るのかしら。仮にわたしたちが不在の時に家を荒らされたらどうする?」
「何がなんでもその日の内に探しだして報復するね」
「そういうところよ。さあ、行きましょう」
支度を済ませたルイズ、そして外で待機していたロルフを連れて僕たちは調査を始めた。
「先ずはどこに行こうか」
「薬草がどういう流れで市場まで行くか、知っておきたいわね。薬草を売ってる人に聞くのが良いかも」
「そういえば朝市で野菜と一緒に薬草を売ってた人いたよね。まだいるかな」
「今の時間なら……たぶん片付けをしているんじゃないかしら、行ってみましょう」
朝市が始まってだいぶ時間が過ぎている。撤収していないことを願いながらいつも朝市に使われている広場まで行くとルイズが言った通り、多くの商人や売人が露店の片付けをしていた。そしてその中に、探していた人物を見つける。
「あの、すいません」
「んん? 見ての通りもう店じまいだ、買いたいモンがあるなら他所の店か明日に───ってなんだ、ボウズじゃねえか」
赤を基調とした露店を手際よく解体して荷車に乗せていく店主でたる初老の男性は僕たちの顔を見て手を止めた。彼は主に薬草と野菜を売ってる農家の人で、値段が低めで品質も良いからよく通っている。
「どうした、もう売り切れたぞ」
「実は聞きたいことがあって……」
調査しているという事は言わずに、最近の薬草の品薄状態と市場に行くまでの流れについて聞いてみた。僕としては上手く話したつもりだったんだけど、店主にはなんとなく分かってしまった様子だった。
「……そういうことか、若いのに大変だなぁ。薬草については知っている。少しでも出回るようにと思ってワシもこの前、生産量を増やしたところだ。ただあまり広い土地はないし、手間も増えるしで、無理は出来ん」
「どうして品薄か分かりますか?」
「これは噂なんだがな、とある商会が熱心に薬草を買い集めてるってのは聞いた。ただその商会がどこのかは分からない。王都には商会がいくつかあるからなぁ」
聞けば、薬草を栽培している人たちはどこかの商会と契約して、定期的に薬草を商会に納品して報酬を貰っているらしい。そして納品された薬草は一度商会の本拠地まで行き、仕分けられた後に各地の店や輸出用として港に運ばれるとのこと。
この店主の人の場合は野菜を売るのが主であり、収入の足しになれば良いな程度の考えで薬草も栽培し始めたにすぎない。だからわざわざ商会と契約する気はなく、契約したらノルマを課せられると知人に聞いてむしろ近寄りたくはないようだった。
(商会の本拠地……つまり本店か、中抜きするにはちょうど良い場所だね)
(そうね、調べてみる価値はあるわ)
ルイズと小声で話し、次の目的地を決める。
「気をつけろよ。どうも胸騒ぎがしてならねぇ、帝国と連合の戦争もまだ続いているせいなのか余所者の顔が増えてきた。相手がまだハッキリしない内は慎重に行動した方がいい」
「それは……」
それについては僕もちょっと思っていた。
僕がこの世界にきてまだ半年にも満たないけど人の顔を覚えるのは得意な方だ。だからこそ知らない人が出歩いていると目につく。そしてこの数ヶ月の間で王都の人口は増えただけでなく、人の出入りも活発になったように感じている。
言葉で言い表すなら───何かが動き出している、そんな感覚が確実に強まっている。
「個人や数人で出来るとは思えねぇ。恐らくは……」
「組織ぐるみ、ですね」
「おう。調べるならもっと協力者を用意しな。ただし、多すぎると勘づかれるからそこは注意しろよ」
最後にそう言って荷車を押して去って行った。
「調査してるのバレてたね」
「いきなり本題に入ったようなものだし、レンの冒険者ランクを考えればそこから調査してると考え付いたのかしらね。でも協力者か……確かにわたしたちだけだと心もとないかも」
それは僕も同感だ。
二人だけでは限度がある。それに相手が組織ぐるみであるなら、数で押されて僕はともかくルイズが危険な目に合う。守りきれるかも分からない。もう少し味方が必要だ。
「あっ、ねえレン。カイトさんに聞いてみない?」
「それ名案」
偵察騎士として調査は慣れているだろうし、あの人に頼めばどうにかなりそうという感じがある。最大レベルで警戒しているのは変わらないけど。
「隊舎にいるかしら」
「王都のあちこちで見かけるし、隊舎にいなかったら探してみよう」
「そうね」
そうして僕たちは商会の本拠地は後回しにして隊舎へと駆け出し、
『───この手紙を見てるってことは俺を探しに来たんだな。生憎と今はオウカとデート中だからそれが終わるまで待つか、そっちで頑張ってくれ。追伸、調査は夜中がおすすめ。教会下暗し、だ』
調査が一歩進展どころか、残り一歩まで進んだ。




