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良縁悪縁ひっさげ歩む我が人生  作者: あすか
第一章
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第七十六話「闇夜の取引」「聖女と顔無しの影」

月明かりのない真夜中。


王都に住まう人々が寝静まり、静寂に包まれた中、純白のフード付きコートを纏った人物が一人歩いていた。その人物は街中を抜けて、夜勤の門番に金貨を手渡して門をくぐり、都市を囲う二重の防壁の間へと入る。


左右を防壁に挟まれたここは有事の際に邪魔にならないよう物は置かないようになっている為に何もなく、コートの人物の足音のみが防壁を反響して静かに響いている。そして一部の人間にとって、この時間帯のみ、夜勤の門番に()()()を払えば、誰にも知られることなく取引や密会が出来る場所として密かに利用されている。


「いらっしゃるのでしょう?」


コートの人物が防壁のある一点を見て声をかける。


「アリシア・スピネル。あなた様の共犯者。ここに参りましたわ」

「───共犯者、ねえ」


僅かな星の明かりも届かない防壁の影から男の声と共に人の輪郭が浮かび上がる。だが分かるのは輪郭と背丈くらいで、全身黒い霧に包まれた男の顔は分からない。


「いくらここに誰もいないからと言って、毎度毎度、名前を明かすのはどうかと思うんだが?」

「誰もいないのなら隠す必要も無いでしょう。それにわたくしは聖女、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「立場のある人は楽に言い訳出来ていいものだ」


コートの人物はそう言って被っていたフードを取って顔を見せる。


「では、いつものように取引といこう。聖女様」


肩にかかる程度に伸ばした美しい白金(プラチナブロンド)に、同じ色の左目、そして十字架の装飾が施された金色の眼帯を右目につけた少女。幼さを残しながらも、美しい女性の見せ方を理解している大人のような雰囲気。自信に満ち、耳を抜けて脳に直接語りかけられるような、透き通った声。


この『神聖アテリア王国』の聖女にして勇者と肩を並べるSランク保持者であり、国王直属の『サザール騎士団』の紋章のモデルにもなり、まだ16歳という若さで教会のトップに立つ者。


こと守りにおいて最強の『守護』という力をもった王国の守りの要。


それが彼女───アリシア・スピネルである。


「愛しの勇者が訴えられたようだな。そして裁判になったら無実の証拠をでっちあげ、有利な状況に持ち込みつつ第一王女の魔眼で裁判官たちを洗脳、温めていた『神勇教』を国教にする……計画が早まったがやることは変わらない、と」

「お見通しなのですね、あなた様は。……既に訴えてきた相手はカトリーヌによって『駒』になりましたし、裁判官の数名は話し合いをしてこちら側に回りました。もう勝ったようなものです」

「ククク、話し合いか。いったいどんな甘い言葉で誘惑したんだろうな」

「気になるのでしたら教えて差し上げましょうか……?」


影の男に近寄り、白魚のような指で彼の胸元をなぞりながら上目遣いをするアリシア。並大抵の男ならころっと落ちてしまいそうな色香と、手慣れた様子から、彼女の言う話し合いの意味が察せられるというもの。


「生憎と子供には興味がない。俺を落とすならもう少し年を取ってからにするんだな」

「あら、それは残念ですわ。あなた様でしたら一夜とは言わず一日中、なんなら毎日でもお相手して差し上げましたのに」

「全く……勇者と出会ってずいぶんと人が変わったようだ、そこまでそっちに奔放ではなかっただろうに」

「女としての悦びと、女の使い方を沢山教わりましたから。やはり欲望があってこそです」

「欲望か、そこは俺も否定はしないがね。───悪いが聖女様、今日はあまり時間がとれない、手早く取引を済ませよう。俺からはいつものと、ほんの気持ちだ」


影の男は懐から紐で縛られた紙の束を取り出してアリシアに渡す。


「最近、お前たちを探ろうとしているやつがいる」

「……それが誰かは?」

「若い剣士の冒険者だ。たぶん、勇者を負かしたやつだろう。なにやら個人的に恨みがある様子。足元から刈り取ろうと動いているようだ」

「あのお方ですか。それに足元ということは、なるほど……薬草ですわね。カムイ様に手傷を負わせた愚か者め、今度はわたくし達にまで……っ」


怒りを露にするアリシア。爪を噛み、恨み言を吐く姿は誰が見ても聖女には見えないだろう。そして、そんなだからこそ彼女は気づいていなかった。


「─────」


影の下で、男は小さく笑ったことを。


「……ふぅ、いけませんね。こんな聖女らしからぬ言葉を吐くなんて。品物は確かに頂きました。わたくしからも、これを」


アリシアは胸元に手を入れるとそこから小さな鍵を取り出した。


「どこに仕舞ってたんだ……」

「わたくしので挟んでましたの。フフ、こういうのがお好きでしょ?」

「……はぁぁぁぁ」


男は大きな溜め息をしながら鍵を受け取る。


「それにしても変わったお方ですわね、あなた様は。()()を知りたいと言ってわたくし達に協力してきたのはあなた様が初めてです。ですがだからこそ、わたくし達は味方作りに苦労せず有利に立ち回れるのですが」

「代わりにこうしてささやかな謝礼をもらっている。それに俺が協力しているのも求めた通りの謝礼をそちらがちゃんと用意してくれるからだ。人はともかく、やることはやってくれるって所を信用しているんだよ」


そう言いながら後退り、影の中へと入っていく。


「最後に、勇者殿に伝えておけ。───勇者を倒せるのは奴であり、しかし奴を倒せるのは勇者である。全力を出さないと駆除出来ないってな」

「はい、その伝言、確かにお伝えしますわ」


アリシアが深々と頭を下げるのと男が影に溶け込んで消えるのは同時だった。


「さてと、帰ってカムイ様に報告しなくてはっ。ああ……今夜は何度天に昇れるでしょうか。考えただけで色んなものが込み上げてしまいます」


身悶えしながら帰路につくアリシア。来た時と同じように門番に金貨を手渡し、途中で我慢出来なくなったのかやや駆け足になり、愛しの勇者と良き友である第一王女がいる大豪邸に向かう。


着いたら直ぐに勇者に報告し、仕事を誉めてもらって、聖女ということも忘れて愛でられるのだろう。第一王女も混ざって、絡み合い、欲に溺れるのだろう。まだまだやることは沢山あるというのに、これだけは外せないとばかりに。



「───さて、猿共とは違ってやることはやった。仕込みは上々。あとは奴らがかち合うように誘導するだけ」



コツ、コツ、コツと石畳の大通りを歩きながら男は楽しみだと笑う。


全てが順調だ。やはり人は使ってこそだ。ただ使い捨て、使い潰すような馬鹿なことはしない。


適材適所という言葉があるように、その場面や分野に相応しい人材を振り分けることで物事を素早く解決する。多種多様なことを学べど所詮はセミプロにも劣る自分がやるよりも遥かに良い。


「これで鍵は全て揃った。あとは暴くだけ。それでやっと俺が撃つべき標的(ターゲット)が確定する。そして、その時こそが、俺が全てを捨て去る日だ……」


『サザール騎士団』の隊舎に入り自室へ。


「やれやれ、先に寝てろって言っただろ、オウカ」

「だって……広いベッドに一人は寂しいの、お帰りカイト」


中で待っていた相棒に出迎えられながらそのままベッドに連れていかれる。最近新調したダブルサイズのベッドの寝心地は、マジ最高の一言に尽きる。


「忘れ物はあった?」

「ああ、門番が保管していてくれた」

「取りに行くのは朝になってからでも良かったのに」

「なんか落ち着かないんだよ、それに朝は他に予定があるだろ。そっちに時間を使いたい」

「なんか甘い匂いがする……」

「門番がきっつい香水使ってた」

「ふーん。……その人の胸は大きかった?」

「そりゃデカかっ───はっ!?」

「明日はカイトがお金出して」

「喜んで出させて頂きます……」

「変なことはしてないよね?」

「それは断じて」

「ならいい。でもこの匂いは嫌、だから……上書きする」


相棒にピッタリと密着され、そのまま就寝する。


二人で住むようになって何度目かの、二人で過ごす夜。誰にも邪魔されない、見られることもない静かなこの時間と彼女の穏やか寝顔。男は決して忘れないだろう。同時に、この思い出は刺となって今後彼の心に突き刺さるだろう。


「……………後戻りできるタイミングは、とうに過ぎた。悪いな、オウカ」


隣で眠る相棒の頭を撫でながら小さく謝罪し───俺も朝に備えて眠るのだった。

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