第七十五話「静かな終戦」「掛かり狐」
「おはよう、カイト君。珍しく食べてるわね。いつもミルクだけなのに」
「……おはよう、ございます。昨日は色々あって食べる暇がなかったので」
強烈な睡魔と戦いながら隊舎の食堂で朝食を食べていると、アーゼス副団長が向かいの席に座った。ちなみに俺が食べているのはサンドイッチとサラダ、そしてホットミルク。アーゼス副団長は俺と同じ物に加えて肉と野菜たっぷりのスープだ。
「眠そうじゃない。何かあった?」
「分かってて聞いてますよね……」
昨晩は突然の同室宣言で揉めに揉めた。いきなり過ぎると反発するも、埋め合わせするという約束もとい強制力を発揮されそれに屈した。
「さあ? 私は恥ずかしくも、カイト君たちの前で意識が飛んでしまっていたから分からないわね~」
ニコニコと笑みを浮かべながらサンドイッチをパクリ。うん、これは分かっている顔だ。
「……俺とオウカの同室許可申請、いつから企んでいたんです?」
「発案はシムね。オウカちゃんには事前に話していたの。本来ならカイト君とオウカちゃんの直筆で名前を書いた申請書に、シムと私が同じく直筆で許可のサインをするんだけど……」
「お二人が俺とオウカの名前をそれぞれ代筆した、ですよね」
オウカの手に握られていた申請書。そこには太くデカデカと書かれた俺とシム団長の名前と、少し線が細くも綺麗に書かれたオウカとアーゼス副団長の名前が書かれていた。
どちらがどっちを代筆したのかは言うまでもない。
「隊舎の部屋って、広くなるんですね」
「驚いたでしょ? 特別な魔法で室内空間を拡張できるの。希望があれば、一人でも大部屋にすることができるわね」
自室の前に積み重ねられたオウカの家具や私物を見て、これは入らないと言おうとしたら、オウカが室内で何かブツブツと呟くと一瞬で大部屋に早変りして思わず腰を抜かした。
あとは小さな体のどこにそんな怪力があるのか、『野狐』たちが自身よりも大きな荷物を次々と運び入れ、模様替えまでやった後にやりきった顔をして消えてった。
『寝よっか!! 私が使ってたベッドは入らなかったから、一緒に!!』
『備え付けだから持ってこなかっただけだろ、って馬鹿、一緒にってこのベッドにか!? いけません、イケませんよ俺には刺激が強すぎ……クッソ腕力強いな!? いいい一旦落ち着け、落ち着いて話し合おう!! グオォォッッ……なんなんだお前、ええい、掛かり気味の馬みたいに突っ走るなっつーの!!』
その後にオウカが俺のベッドに潜り込んで来るという大胆な行動にでて、それは色々とマズイと全力で阻止するべく奮闘。夜明けと共にオウカは寝落ちして終戦を迎え、その結果俺は寝不足となった。
「男女での同室っていいんですか? 昔おきた男女間の問題で、部屋割りはきっちり分けていたのに」
「そこは申請者同士の同意の上で、かつシムと私が申請者の相性を見て判断することになっているわ。まあ、カイト君とオウカちゃんの相性が良いことは前から分かりきっているから、そちらから申請しに来ても許可したけどね」
ちゃんと審査はしていたのか。いや、でもだからと言って、相性良いからこっちで勝手に申請書作って許可しようとはならんだろう。
「シム団長の発案っていうのはどういう経緯で?」
「最初はシムのいつもの思いつきから来る独断かと思っていたんだけどね、話を聞いたら彼なりに考えてのことで私も同意しちゃったのよ」
するとアーゼス副団長は周りを見回す。
あまり誰かに聞かれたくないのか? 今は朝食時としては少し遅い時間帯なので、食堂には俺とアーゼス副団長以外に人は数人しかいない。
そして彼女は少し前のめりに、声を潜めて、真剣な顔で口を開いた。
「……カイト君は、オウカちゃんからの好意に気づいてるわね?」
なるほど把握。……全く、お節介な人たちだ。
「あれだけ好かれていて気づかないとは言わないわね」
「そりゃあもう。他所の女冒険者と俺が親しげにしているのを見て、自分の一番近くにいてくれるかと不安そうに聞いてきたり。自分の使い魔と俺がじゃれつくのを見て嫉妬したりするくらいですから、俺に対して好意があるのは分かっています」
「その話、ちょっと詳しく。みんなで共有するから」
身を乗り出すほどに食いついてきたなオイ。あと共有すな。
「……少なくとも、ただの相棒にしては甘くピンク色な雰囲気なのは自覚しています。ただ、オウカは自分の気持ちに正直ではあるものの───」
「ええ、あの子はカイト君に対して好意はあっても、それがどういう意味かは理解していない」
これまでのオウカの言動を思い出す。
ユキナに絡まれた時、コンになつかれた時、二人きりの時、そして俺が他殺されて実は生きてたけど死んだことにした時───オウカは俺のことになると感情的になっていた。
それが嫉妬や独占欲、幸福や絶望だとしても、それは俺に対する『大本の感情』があってこそ発露するものだ。オウカはそれが理解出来ないままでいる。それが何故なのかは分からない。
(でも無意識とか無自覚とか、そういうタイプの人間はいるしなぁ。……恋愛感情ってよりは、一心同体、運命共同体のような感じに思ってるのかもしれない)
最近では、人目がある場所でもかなり近い距離感で接してくるし、二人きりだと距離感ゼロの完全密着状態。ほぼ一緒なことが多い。
男としては嬉しいというかおいしいというか、好いてくれるのは良いんだが、込み上げてくるイケない欲求を抑えるのには苦労させられる。
「だからこの際、二人を同室にさせて、オウカに自分の気持ちを理解させる。行けるとこまで行けたなら、なお良しと?」
「ええ。あとは周りからも自然な感じに、オウカちゃんにあれこれ吹き込んで自覚させるつもりよ」
「もう先輩方に同室なのは知られてるってことですね……」
つまりは騎士団の全員がこの計画に乗っかってるってことじゃねえか。
「はぁ……というか、俺には協力しろとか言わないんですか? もっと好感度稼いで恋心かどうかハッキリさせろ、とか」
「いや稼いだところでもう上限値いってるじゃない。たまに女子会するんだけど、あの子ったら口を開くとカイト君のことしか言わないのよ?」
待て、それはかなり恥ずかしいぞ? アイツは先輩方に俺のなにを言ったんだ!?
「カイト君から貰った贈り物の自慢から始まって、カイト君のズル賢い手段のベタ誉め、ちょっと大胆で頼れる相棒だと絶賛、頭を撫でてくれたり、抱き付くと優しく抱き返してくれたり、膝枕してくれた時はカイト君の匂いに包まれたみたいで高い安眠効果が───」
「やめましょう。それ以上はいけない。お願いですからその口を閉じて下さい」
女子会ってことは、毎回毎回オウカとアーゼス副団長の二人だけではないだろう。他にも女性の先輩方がいたはず。そしてこの騎士団は男女間でも同性間でも仲の良さならピカ一だ。
つまりは俺がオウカにやった事の全部が、騎士団の女性陣にバレたってことだ!! そして女性陣から男性陣へと情報が流れ、騎士団全員に周知されるということだ!! 恥ずかしいッ!!
「ちなみに、一時期は他の子たちがカイト君のことを狙っていたんだけど、そうしたらオウカちゃんが無言の笑みで諦めさせたみたいなの。これが独占欲か、って怯えて震えていたわ」
俺のモテ期消したのかアイツ!?
「彼女優先なところが好印象だったみたいね。まあ、カイト君の良さに気付いた時にはもうオウカちゃんと組んで、期待の若手コンビとして仲良く活躍していたから完全に手遅れなんだけど」
「……そうですね。俺はアイツ一筋ですから」
「でもそう言いながら自分から告白することはしないのね───いえ、しないんじゃなくて……出来ないのかしら?」
「……………」
……全く、これだから大人は苦手だ。何も言ってないのに当てに来るんだから。
「オウカちゃんをカイト君とくっつけて付き合わせよう。それが計画の目的。正直、カイト君から告白してしまえば一発で落とせると思ってる」
すげえな、シリアスな雰囲気と真面目な顔で言う割には内容が学生だ。くっつかない二人を見て我慢できず動き出すサークル仲間、みたいな。知らんけど。
しかしそんな計画をシム団長とアーゼス副団長が、ねぇ……。
「なぜ、告白出来ないと思ったんですか?」
「別にカイト君がヘタレとか思ってる訳じゃないわ。ただ私から見て、なんとなく……優しすぎると思ったの」
もうお互い朝食は食べ終わっている。
食堂には俺とアーゼス副団長だけで、調理場には、洗い物は自分で、と書かれた看板が立てられている。俺は休みでも、アーゼス副団長には仕事があるだろうから長々とここにいる訳にはいかない。
席を立ち、二人で調理場に入って手早く食器を洗う。
「好きな人っていうよりは、大事な……大切な人としてオウカちゃんと接している。まるで───」
「育て親である自分たちのようだ」
「っ!?」
アーゼス副団長の手が止まる。
「言ったでしょう、俺はアイツ一筋だと。だからある程度は知っています。……知ってしまったから、余計に優しくして、大切にしているのかもしれませんね」
そこで一旦区切り、布巾で水気を拭き取った食器を棚にしまう。
「だから俺から告白することは、まだ出来ません。申し訳ありませんが計画の方はお任せします」
「まだってことは……少しは期待してていいのかしら?」
「どうでしょうね、俺はズル賢い男なようですから。協力については、いつもより多めに甘い雰囲気にしますってことで」
アーゼス副団長の手から食器を取り上げて棚の中へ。
「男連中にからかわれそうね」
「オウカしか見ないので平気です」
「あらあら、フフフ」
「ハハハ……」
二人で笑いあい食堂を出る。
「ところで、オウカちゃんは朝食も食べずに外出したって他の子から聞いたけどどこに行ったの?」
「もうそろそろ戻ってくるんじゃないかと思います。なんか、でかい買い物する、とかなんとか言って飛び出していきましたけど……」
廊下の窓を開けて外を見てみる。すると、カイト~!! と俺を呼ぶ声。
(なんだ、この感覚は……っ)
ゾワッときた。
その大変元気な声は、申請書を持ってきた時を思い出させてなぜか嫌な予感を感じさせるものがあり、俺は恐る恐る声がした方へと顔を向けると、
「ベッド買ってきた!! ダブルの!!」
「掛かりィ!!」
業者数人にベッドを運ばせながらこちらに手を振るオウカに俺は思いっきり叫んだ。
───ちなみにこの現場はがっつり先輩方に目撃されていた為に五日ほど、彼女と寝るベッドの寝心地はどうだ、といじられるのだった。




