第七十三話「報告聞いてみな」「飛ぶぞ」
「やっと着いたわ……」
「お疲れさま、ルイズ」
調査団に後を引き継いでもらい、僕たちは休憩を挟みながらも馬を走らせて一日で王都へと戻った。馬に長時間乗るだけでも相当体力を使うので特に体力が無いルイズはへとへとだった。
「村ではばったり倒れちまったしな。精神的にも参ってるだろうし……オウカ、ルイズと一緒にいてやってくれ。報告は俺たちでやっておく」
「うん、分かった。ロルフは悪いけど大きくて『ギルド』に入れないから外で待っててね。入口に近い場所にいるから安心して」
「クゥン……ワフッ」
今もぴったりとルイズにくっついているロルフが不安そうな声をあげながらも返事をする。これは、任せたってことかな。
そして受付嬢に会釈し、階段を上がって、二階にあるギルドマスターのサリィさんがいる部屋に行く。
「サリィ、今戻った───」
「あらお帰りなさい、カイト君。調査お疲れさま」
サリィさんだけでなく赤い髪のとても綺麗な女性が待っていた。
「って、アーゼス副団長? どうしてここに?」
カイトさんが驚きながらその女性に話しかける。
「カイト君とオウカちゃんの手際の良さから遅くても今日辺りに戻るだろう、ってシムから言われたのよ。あと報告を聞いて調書作ってくれってね」
「ははは……流石は団長、俺たちのことを良く理解していらっしゃる」
「ところでオウカちゃんは一緒じゃないの?」
「実はもう一人の連れがすっかり疲れきってて下のホールでオウカに見てもらってます」
副団長……そうか、この人が『サザール騎士団』の副団長であるアーゼス・カトリエルか……。
『サザール騎士団』は王都の人たちからの評価がとても良い。自主的な見回りや、騎士の一人一人の人柄、そして征伐などの活躍と彼らを褒め称える良い話をよく聞く。
そしてその騎士団を率いるのが団長のシム・アルバレストと、副団長のアーゼス・カトリエルの二人。共に実力でその地位を得るまでにのしあがったとか。
「ほら、私は副団長だから、よくシムの代理であちこち行かされるのよ。重要な会議とかは流石にシムが行くけど他は私がやってるわ。サリィとは仕事で顔を合わせることが何度もあって、今では一緒に飲みに行く仲よ」
ねっサリィ、とウィンクするアーゼスさん。それに対してサリィさんは大きく嘆息する。
「はあ、話すのはほとんど貴女の団長さんに対する愚痴じゃない。声が大きすぎるとか、鳥頭とか。……まあいいや、そろそろ報告を聞かせてもらえる?」
「ああ。まずは何があったのかざっくり言うと『マルカ村』近くの山に出来た洞窟はダンジョンじゃなかった」
カイトさんは手帳を取り出しながら先に伝えるべき要点のみを言う。
「洞窟の奥にあったのは『悪魔心像』だ。そして『マルカ村』はかつての悪魔崇拝者が隠れ蓑にしていた村で、村人たちはその末裔。昨日の夜に生贄にされかけたからやむなく村人全員殺した」
以上です、と話し終えカイトさんが顔をあげて彼は首を傾げた。
「あれ、サリィ? アーゼス副団長?」
「「────」」
カイトさんの呼び掛けるも反応がない二人。ユキナさんが様子を確認しに近くまで寄って行き、何か察して苦笑した。
「アハハ……カイトくん。これ、二人とも意識飛んでる。副団長さんなんか立ったまま白目剥いてるよ」
え、えぇ……。
「あー、情報とその内容を頭が処理出来なかったってところか?」
「だろうねえ。『悪魔心像』だけでも国に激震が走るくらいだから、まあ……どこの国でも似た反応するんじゃないかな」
「カイトさん、どうしますか? 意識が戻るまで待ちます?」
「そこまで待ってられるか。団長に直接報告してくるからユキナは二人を見ててくれ、起きたらついでに報告な。レン、お前は一緒に来い」
報告ついでに紹介してやる、とカイトさんは言って一階ホールに降りる。
───えっ、紹介? シム・アルバレスト団長とっ!?『サザール騎士団』を率いる英傑と呼ばれている人と会える!?
遠目でしか見たことがなかったけどとても強いのは見て分かった。『魔剣武闘会』で僕と戦った『アダマス騎士団』の団長、ゼストさんも強かったけど恐らくは彼以上の実力者。そんな人と会える機会は逃す手はない。
「俺だけでも良いんだろうが、お前は今、準Aランクだろ? いずれAランクに上がったら嫌でも色んな重役とも顔を会わせる機会が増えることになる。特にシム団長の……アレは早い内にくらって慣れとかねえとな」
「……ん? くらう?」
待って、最後の一言で雲行きが怪しくなってきた。
「いいか、驚いて飛び上がって天井に突き刺さらないようにな?」
「突き刺さるような何かがあるんですか!?」
「出血しても死にはしないから安心しろ」
「血は流れるんですね!? 説明を、詳しい説明を求めます!!」
などと抗議したものの、カイトさんははっきり言ってくれず、最後は無視されてルイズを介抱していたオウカさんに声をかけた。
「───という訳で、今から隊舎に行ってくる」
「そっか……じゃあ私はルイズちゃんを先に家まで送っていくね。あとコンを預けておくから、何かあったら伝えて」
ポンッと可愛らしい音と共にカイトさんの右肩に小さな子狐が現れる。
オウカさんの使い魔『野狐』だっけ。でも『マルカ村』で見た個体とは違うように見える、なんかすごい尻尾振ってカイトさんの頬を舐めてるし。
『キュウッ!!』
「こら舐めるなって、くすぐったい」
「………………」
じゃれつくコンという『野狐』を、笑いながらも両手で引き剥がそうとはせずに軽い抵抗だけするカイトさん。そしてそのやりとりをどこか羨ましげに、しかし段々と怖くなってくる笑みに変わりながら、オウカさんが見ている。
「コン~?」
思わず背筋が伸びてしまう低い声でオウカさんが呼び掛けた。
「気持ちは分かるけど大人しく、ね?」
『キュキュキュッ!!!?』
頭をガッチリ掴んで、無理矢理に目を合わせて注意するオウカさん。
『野狐』は顔を真っ青にしながら何度も頷く。こわい。
「なあオウカ、ちょっとコンに厳しくないか?」
「カイトがコンに甘すぎるの。簡単に引き剥がせるくせに、やろうともせずに軽く引っ張るだけ。内心ではもう少しくっつきたいとか思ってるんでしょう」
「こんな小動物になつかれたら誰でもデレるに決まってるだろうが」
「私が隣にいる時はそんなにデレたりしないのにコンにはするんだねっ」
なんだろう、子供にだけ甘い夫を責める妻のような……。でも喧嘩にしては、かなり糖度高めの言い合いが始まったんだけど……。
「いやデレるのどっちかというとお前の方だよな。なんだ、お前にデレて欲しいのか? お望みなら全力でデレて甘え倒すぞ、良いのか?」
カイトさん、そんな、大人が言うには恥ずか死ぬようなことをサラッと言えるなんてっ!?
「っ……それは、ここは周りの目があるからダメ!!」
「二人きりなら良いんだな?」
「そ、それもダメ!!」
「じゃあどうしろと……」
「今は……言えない、からっ……あとで!!」
とんでもないことを恥ずかしげもなく言い放つカイトさんと、顔を真っ赤にしてどうにか解答を後回しにするオウカさん。
大人の、というよりは……僕らの世代辺りの恋人同士でやるイチャイチャに近いそれを見て、なんだか見てるこっちが恥ずかしくなってきた。なんで当人よりもこっちが恥ずかしいのかは謎だ……。
「ねえルイズ、僕たちはなにを見せつけられてるんだろう……」
「これで付き合ってないと言って信じる人はいないでしょうね。とりあえず、家に帰ったらとびきり苦い紅茶飲まないと……あまりの甘さで胸焼けしそうだわ」
「僕の分も用意しておいて……」
二人に見送られ、外にいたロルフを撫でてから、カイトさんに案内されて『サザール騎士団』の隊舎へと向かう。
「そうだ、今日じゃなくても、あとでみんなで外食しないか? お前やルイズに紹介したい人がいるんだが……」
「紹介したい人、ですか?」
「俺もオウカから紹介されたんだがな。三人いて、そのうちの二人が表でも裏でも欲しい情報を教えてくれる。Aランクになると正攻法ではどうしようもない時があるかもしれないからな、そんな時は頼ってみるといい」
『表でも裏でも』『欲しい情報』───その言葉で紹介したい人がどんな人なのか察しはついた。
「情報屋、ですか」
「ああ」
時折すれ違う人がカイトさんに手を振って、カイトさんも一声かけながら、あまり人に聞かれないよう小さく言った僕の言葉に頷く。
「金はそこそこかかるけど、情報は正確だ。俺以上に政界や貴族社会に顔が利くヤツだから会って損はない」
「俺以上に、って……ただの騎士はそんなに顔が利かないのでは?」
「前世の頃からなんだが、俺は人とよく会う。それはこっちに来てからも健在でな。お陰で満遍なく人脈が広がってる」
人とよく会う。その言葉からは不思議な力を感じた。
(カイトさんの体質……縁と呼べる何か、か……)
ユキナさんですらどうしようもないと言わせた彼から出ている流れ。それの行き先を辿ると、親しげにカイトさんに声をかける王都で暮らす人々に繋がっていた。
しかもその人々からまた別の人々へと流れが繋がっていて、それはまるで蜘蛛の巣のように、この王都に張り巡らされている。
当然、僕も繋がっている。そして蜘蛛の巣の中心にいるのはカイトさんだ。
(人と会う。ただそれだけなのに、なんだろう……このそら恐ろしさは)
囚われている訳ではない。弱みを握られて従っている訳でもない。ただただ彼と出会って、紹介したりされたりして、少しずつ形成していっただけの広すぎる人脈。
「───そういや、友達百人野郎とかいう褒めてるのか馬鹿にしてるのかよく分からんことを言われたことがあったな。なんだっけ、童謡にあったよな。子供の頃はそんなん無理だろって思ってたのに、それを達成してると分かった日には凄いを通り越して、みんなで怖い怖いって騒いだもんだ」
なんてことを笑いながら話しているカイトさん。
「まあ、そういう訳だ。外食の話、ルイズにも言っておいてくれな」
「……はい」
戦うだけなら間違いなく僕が勝つ。
でも同時に、勝てないと予測する自分がいる。
『そもそも戦う機会を消される』
『戦う前に勝負が決している』
『勝負するどころではなくなっている』
理由はそんなところだ。
(底知れない……僕がいた『ニホン』ではない、平和な国で生まれた人間なのに、全く脅威ではないはずなのに、僕はこの人を最大限に警戒している)
ユキナさんとでは脅威の種類が違うけど、
僕はこの日、カイトさんに対する警戒ルベルを最大まで引き上げることを決定した。




