第七十一話「なにこれ……(気絶)」「ルイズぅぅ!!」
村人もとい狂信者の鎮圧は朝まで続いた。
信仰する悪魔を忘れたことへの償いとして自らの命を捧げ、更に多くの死を求めた彼らは、その目的の為ならば自身がどんな状態であろうとも、不屈の精神で立ちあがり道連れにしてくる。
ようは俺のやり方───無力化して動けなくするだけでは甘かった、ということだ。
結局、サミュエルを除く全ての村人は俺たちの道連れこそ叶わなかったが、悪魔への償いとしてその命を捧げたのだった。
(骨を砕き、関節を破壊しても、損傷してない筋肉を総動員して動くとか初めて見た……鬼気迫るとはこのことか)
あそこまで道連れに執着する人は前世でもこっちでも見たことがない。
何人か生かしておけば、なんて甘いことを考えていた俺がバカだった。後半はそんなこと考える暇なんて無くなり、とにかく撃ち殺さなければこっちが死ぬと気圧されてひたすらに撃ち続けていた。
(いつの間にかピストルとハンドキャノンからアサルトライフルに変わってる、いつ変えたんだ……ああ駄目だ、記憶があやふやになってやがる……)
俺が我に返ったのは、既に死んだ村人へ弾切れになったアサルトライフルの引き金を何度も引いて、リロードしてからもう一度撃とうとした時だ。
その後はどっと疲れが押し寄せて何歩か下がってから座り込んだよ。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
血眼で迫ってくる大勢の村人の光景が目に焼き付いて離れない。
「しばらくは夢で見るかも、な……」
「カイト、立てる?」
手を差し出されて見上げるとオウカが心配そうな顔をして俺を見ていた。
「流石に吐きたくなる」
彼女の手を取って立ちあがり、愚痴をこぼす。
「ユキナとの競争はどうなった?」
「それどころじゃなくなったから無効だよ……」
「ああ、だろうな……」
オウカも疲れきった様子だ。顔や軽鎧は返り血と煤であちこち汚れている。
「この後、どうなるのかな……」
俺の手を握ったまま弱々しい声で聞いてくる。
許可なく村一つを消したからな。多少の影響はあるだろうし、悪魔の話題ともなれば王国の御偉いさんたちは大騒ぎだ。
「素直にここで起こったことを話すしかないな。サミュエルに白状させて、あとは神像を見せれば、少なくとも俺たちに非はないってことは分かってくれるはずだ……」
最悪、記憶を覗くとかいう魔法があるらしいからそれを受けることになるかもな。俺としてはそれだけは避けたいところではあるが。
「一応、私からも証言してあげるよ。国は違ってもAランクの言葉は決して無視できないからね。悪いようにはならないんじゃないかな」
振り返るとユキナがそんな頼もしいことを言ってくれた。
「返り血どころか汚れが一つもないし、疲れてる感じでもない。流石は剣聖ってところか?」
「乱戦は何度も経験してるから慣れっこだよ。でもあそこまで必死な相手は久しぶりだったかなあ。死兵みたいに獰猛で厄介、狂信者って怖いねえ」
「そんなスッキリした顔で言うことかね」
いやー戦った戦った、と遊び尽くして満足した子供みたいに明るく笑うユキナ。やっぱ戦闘狂だわ、この女。
「さっき、遠くの丘から大勢の人影がこっちに向かって来るのが見えた。たぶん調査団の人たちだと思うよ」
「けっこう早かったな。向こうには悪いが事後処理とか手伝ってもらうか。基本、話し合いは俺とユキナで対応して、必要な時はオウカたちにも───」
手早く打ち合わせをして、俺たちは調査団を出迎える準備を始めるのだった。
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「なんと、それは災難だったな。まさか悪魔信仰者の末裔だったとは……」
「神像を見つけたことを聞いて記憶が呼び起こされたのだと思います。一度、サミュエルの家を調べてみた方がいいかもしれません。何か記録が残されているかもしれない」
「そうしよう。それから洞窟にあるという神像については後日、教会から神官を派遣してもらってからにしようと思っている。……『悪魔神像』と聞いてみんな怖がって行きたがらないのだ、俺もなんだがな」
「無理もないかと」
怖がりなことを素直に言ってきて隣の席にいるカイトくんが頷いた。
調査団が到着した後、直ぐにカイトくんと私でリーダーの人と一緒に、寝泊まりに使っていた家で情報共有の為の話し合いを始めた。
ちなみに外では調査団の人たちと、ここにはいないレンくんたちで『お片付け』の真っ最中だ。……なお、爆睡してて朝に目を覚ましたルイズちゃんは外の凄惨な光景を見て気絶して寝込んでいる。
「しかし、ギルドマスターに急かされて早めに出発したが、まさかこんなことになるとは思わなかった」
ウェインと名乗る、調査団のリーダーである両手剣を背負った大柄の男性は、かなり人当たりが良かった。
嫌なものは嫌と言える正直者で、こちらの話を聞いてかなり同情的。冒険者は荒っぽい性格が多いが、彼のように常に落ち着きがある者は貴重な人材だ。
(うーん、悪くはないんだけど……ちょっと物足りないかなあ。彼は戦場よりも指揮官が向いてる)
なんてことを考えながら、私はウェインが言った教会について聞く。
「悪霊や霊体とかなら神官でも良いけど、神像となるともっと上位の人じゃないと厳しいんじゃないかな? それこそ王都にいる聖女とか」
悪魔信仰を根絶やしにした当時の人たちはもういない。今の神官たちでは、八割くらいの確率で恐怖のあまり神像を見ただけで卒倒するかもしれないし、そもそも力が足りない。
長く信仰されると、無かったモノでもその祈りで力を得てしまい、そこに有るモノとして生まれることがある。
あの神像が大昔から存在していたのなら、アレ単体でもかなりの力を溜め込んでいるはず。ただの神官では力不足だ。
「それが一番良いんだが、たぶん聖女は来ないと思う……」
「どうしてだい? 神像を発見したとなれば、間違いなく聖女案件だろうに」
「実は───」
ウェインが教えてくれたのは最近の王都で起きた話だった。
『魔剣武闘会』で私のお気に入りであるレンくんに敗北した勇者のカムイが大勢の貴族から訴えられた、とのこと。その対応で第一王女と聖女がてんやわんやの大騒ぎらしい。
(訴えられる話、近々って言ってなかった?)
(別に嘘は言ってない)
うん、そうだね。具体的な日付とかは言ってなかったもんね。
「勇者と法廷で争う、みたいな話を貴族から聞いてましたが……ついに、ですか」
カイトくん、なんか真面目そうな顔して頷いてるけど笑いが隠せてないからね? いつ訴えられるのか知っててワザとぼかして言ったね?
「教会の仕事も放って聖女は裁判に備えて準備をしているらしい。だから派遣要請しても、来るのは神官で聖女は来ないだろう」
「なるほど、派遣される神官も内心では嫌でしょうけど我慢してもらうしかないですね。ではこれからのことですが……」
そうして話し合いは続き、一段落ついたところでウェインは私たちを帰してくれた。ほぼ徹夜で狂信者と戦って身体的・精神的にも疲れただろうから、と気を遣ってくれたようだ。
「良い人だったね」
「だな、あとで飲みに誘ってくれたし、これでまた知人が増える」
「アハハ、これ以上知人を増やしてどうする気なのかな、この人は?」
彼が持つ異質な縁でどれだけの人が彼と知り合ったのだろう。そしてソレが彼にどんな人生を歩ませるのか、私は興味がある。
「見物させてもらうよ。カイトくんお得意の盤外戦術を、ね」
「アンタにもいつか盤上に立ってもらう。その時までは───お好きな席でご高覧あれってな」




