第七十話「ルイズ、起きないね」「ワオン(そだね)……」
こういう時、銃で人を撃つことに慣れたのは良かったと思うべきか。真人間としては終わってると思うべきか。
少なくとも戦闘時における躊躇が無くなったことを今は感謝しなければならない。ここで躊躇って、冷静でいられなかったら間違いなく死んでいた。
「我らが主に命を捧げよ!!」
「多くの流血と臓物で大地を汚せ!!」
「神亡き理想の世界の為にぃぃ!!」
最早、正気とは言えない悪魔を信仰する狂信者たちが剣や松明を振り上げて、俺に特攻してくる。
「………………」
異常。その一言に尽きる。
彼らはこの地を地獄に変えようとする魔の徒だ。あそこまで興奮していたら痛みは感じないだろう。生半可な攻撃では決して止まらず、こちらの命を奪おうとする。
そしてそんな異常者に銃を向けた俺は引き金に指をかけたまま、
「ああ、駄目だな……」
今のままで無力化は不可能と理解して、背を向けて全力で逃げ出した。
【脚力強化:B→A】
逃走時の脚力強化にものをいわせて大勢の村人の間を走り抜けて包囲から脱する。
「うん、あれは当たっても止めらんねえわな」
たとえば、刃物をもった犯罪者がいて、その犯罪者が突っ込んでくるのを拳銃を持った警官が止めようとする場面をニュースや映画で見たことがあるだろう。
俺の知人の一人は、さっさと足とか撃てばいいのに、と笑いながら言っていたが、無茶言うなとソイツに言いたい。
実際に対面してみて分かった。明かりがあるにしてもこの夜の暗闇の中で、絶えず動く足という細い的をしっかり狙える訳がない。
しかも仮に当たっても、ピストルには足を付け根から吹き飛ばすほどの威力は無い。せいぜい貫通するくらいだ。そんな小さな傷ではまだ足は動かせるし止まらない。
(……だからと言って、威力が高い銃を使ったらそれは無力化ではなく殲滅になる。兵器は兵器、殺すための武器でしかないか)
しっかり狙って撃てるくらい十分に距離を離したところで俺は振り返り、追い掛けてくる村人の足元を狙って発砲。
当てるなら付け根や膝、足首と、歩くのに必要な関節部位に当てたいが、ここは当たればラッキーくらいにしてとにかく当てることを意識する。
「うッ!?」
「ギャア!?」
先頭を走っている村人たちが足を撃ち抜かれて転倒。するとその後ろを走っていた村人は突然のことに対応できず、足を引っ掻けて転倒し、その更に後ろの村人も……と次々に倒れていく。
「この大人数で、しかも松明と武器で両手は塞がってんだ。手をつこうとしたら下敷きになったヤツに当たるぜ?」
まあ、そう言ったところで、だな。
倒れた村人たちは互いの武器で斬られ刺され、松明が衣服に燃え移ってで、あまり直視したくないくらいには悲惨なことになっていた。
それでもなお、立ち上がって襲い掛かってくる者は沢山いて、火ダルマ状態で手を伸ばしながら迫ってくる様は精神的にクるものがある。
「お、ォ───アァァ!!」
「うっ……」
人が焼ける匂いに吐き気が込み上げる。
「ったく、葬祭の仕事やったのを思い出すぜ……」
先程よりも速くはない。これなら余裕を持って狙える。右手のピストルではなく左手に持ったハンドキャノンを向けて頭部を───撃つ。
「ぐっ!!」
ピストルとは桁違いの反動に銃ごと腕が跳ね上がり肩を押されたような衝撃が走る。うん、分かってたが片手で撃つモノじゃねえよこれ。
大型の猛獣の頭蓋骨すら粉砕する威力を持つ過剰火力で撃たれたらどうなるか、なんて聞くまでもない。撃たれた村人の頭部はパンッと弾け飛んで大きく後ろに吹き飛んだ。
なんでハンドキャノンにしたって? そんな分かりきったことを聞くなよ。二十代後半でもな、男の子としての精神はいまだに健在だ。
ロマン武器ってのはいつの時代も男の子の大好物ってな。…………そのロマン武器を人に向けて撃ってる時点で俺、もしかしなくても人として終わってね?
「……しかし、不思議なモンだよな」
初めてこの世界で銃で撃った時のように、能力の影響なのか、リロードだったり制御だったり、銃を扱う上で訓練が必要なことの大半は体が勝手に動いている。
専門用語すらまともに知らない素人が、機能や仕組みを理解も説明もできなくても『なんとなく、ここはこうすれば間違いない』といった感じでやれてしまうのだ。
「オマケに……違う武器を同時に使うのも、あのゲームでは出来なかった」
『ファストナ』では一つの武器か道具しか手に持てず、使用できない。二つの物を同時に使うのは───今のようにピストルとハンドキャノンの二丁持ちなんて不可能だ。
───そのゲームで出来ることの全てを授けようじゃないか───
転生する前に神が言っていた言葉を思い出す。
「あの裏技といい、この二丁持ちといい、ゲームでは出来なかったこと。これも……出来ることの全ての内、なのかね?」
ピストルを口に咥えて、今度は両手でしっかりとハンドキャノンを持つ。
最初の一発でコツは掴んだ。反動で腕ごと持ち上がる分、狙う場所はやや下に。撃った時の反動を手首と肘を曲げることで殺すよう意識して───撃つ。撃つ。撃つ。
「ガ、ッ!?」
「なんだ、なんで……っ」
「足がああ!!」
近付いてくる火ダルマの胴体に風穴を開け、そうじゃない村人の片足を吹き飛ばす。
あそこまで燃えたらどのみち死ぬ。だったら巻き込まれる前に俺の手で殺すだけだ。全員でなくとも、何人か生かしておいて俺たちの行いが正当化出来るようにしておけばいい。
(だが相手は狂信者、そう簡単に生きていてくれるとは思えないな……)
反動に慣れて来た辺りでピストルとハンドキャノンの二丁持ちに戻して周りを見れば、動けなくした村人の口から血が流れ出てそのまま動かなくなっていた。くそ、やっぱ舌を噛み切ったか。
「やっぱ気絶させたいな……」
「任せて」
聞きなれた声と共に金色の髪をなびかせながら俺の横を走り抜け、今にも自害しようとする村人の頭を蹴り飛ばして気絶させた。まあ、流石に、これだけドンパチやってたら起きるよな。
「サミュエルは?」
「止血と猿轡してレンくんに預けた。あと、だいたいのことはユキナから聞いた。とりあえず死なないようにしつつ気絶させるね?」
「ああ、そうしてくれ」
良かった、村長兼この村での主導者であるサミュエルがいるなら報告が楽になる。何か問題が起きたり、事故があって犯人探しをする時、その原因となった加害者を用意して差し出せば余計な詮索をされずに済むからだ。
「制圧まであと少しだ、油断すんなよ。オウカ」
「分かってるよ。カイト」
俺の言葉に頷いて短剣を持ったオウカは村人たちへと駆け出していく。狙いをオウカに切り替えた村人が追い掛けようとするが、それを見逃すほど俺は優しくはない。
「立てなくするだけでいいなんて言ったが、ここまで来たら何人死のうがもうどうでもいいか。殺しに来る相手に加減なんかしていられるかよ」
オウカを狙う村人を優先し、俺に近づこうとする村人には柔道の足払いで倒して両肩をピストルで撃ち抜き、無防備な頭に躊躇なく踏みつけて気絶させる。
「はあ、キッツい……。この血と硝煙と人が焼ける匂いで気持ち悪い。帰ったら念入りに洗わないといけないな。いやその前に『ギルド』と騎士団に報告するのが先か……」
今後やらなきゃいけないことを確認しながら、俺は村人たちを撃っていく。離れた場所ではオウカとユキナが物凄い速さで駆け回って無力化してまわっていて、これ俺要るか? って思った。
「どちらが先に終わらせるか競争だね、勝った人はカイトくんの膝枕だよオウカ!!」
「カイトの膝枕は私だけのもの。絶対に譲らないよ、ユキナ!!」
勝手に人の膝枕を景品にしないでくれるかなあ!?




