第六十八話「一番近くに」「一番の為に」
帝国騎士たちが去った後、念のために俺たちも『悪魔神像』と祭壇を調べてみたが何も無かった。造りはしたけど使われることはなかったとかそんなとこだろうか。
詳しい調査は後々来る調査団に任せることにして外に出る。魔物が入って来ないよう洞窟の入り口にオウカが魔物避けの結界を張って、予定よりも早く『マルカ村』に戻った。
「ダンジョンじゃなかったのは良いとして、なんとも処理が面倒なものが出てきたもんだなぁ。絶対、お偉いさんたちが頭を抱えることになるって見なくても分かるぜ……」
「一番可哀相なのは村の人たちだね。近くにあんなのがあったと知ってみんながどうなるのか考えると、もう胃が痛くなってくる」
「ショックで卒倒してくれた方が楽だな。もし大騒ぎになったら、この人数で抑えられる自信は無いしやりたくねえ」
悪魔崇拝は王国どころかこの世界にとっての厄ネタだ。少しでも扱いを間違えたら、王国は悪魔を崇拝しているとかいちゃもん付けられて他国から差別されるとか、そんな展開になってしまう。
村長のサミュエルに報告しに行く道中、オウカと一緒にこれは先が思いやられるなと話していると、
「ところでカイトくん、彼らについては約束通りにするのかな?」
肩越しに、しかも顔を寄せて耳元に囁くようにユキナが聞いてきた。彼らってのはあの帝国騎士たちのことだろうな、てか近ぇしゾワッとするわ!!
「むっ」
するとオウカが不機嫌そうな顔をしてグイグイと俺とユキナの間に割って入り、俺の手を取ってユキナから引き離した。なんか、ルイズだけでなくオウカからも警戒されてないかこの女?
「……約束ごとや取引は守る主義だ。それに奴らから聞いたことはちょっと調べれば分かることだからな、わざわざ報告するまでもない」
「そっか、じゃあさ、私とも約束してよ。今度私と軽く手合わせを」
「断固として断る」
「えーっ、約束ごとは守るって言ったじゃないかあ!!」
約束と言えば俺がなんでもしてくれると思うなよ。
「ね、ねえカイト、約束した埋め合わせのことだけど」
「オウ、なんでも言ってくれ」
「もう決まってるんだけど、王都に帰ったら言うね」
「そうか、分かったよ相棒」
オウカとは長い付き合いだし、ここで無茶な要求をするような性格じゃないことは分かっている。とは言っても、俺は彼女が言うことならなんでも聞くつもりではあるが。
「ねえレンくん、私とオウカで真逆の態度なんだけどどう思う? 贔屓じゃない?」
「当然だと思います」
「同感ね」
「ワフ」
「そんなー」
その後、俺はものすごく言葉を選びながらサミュエルに神像のことを報告した。初めは顔色を悪くするサミュエルだったが、流石は村長というべきか直ぐに冷静さを取り戻した。
今後この村がどうなるかは俺たちで決められることではないし分からない。調査団の人たちによるちゃんとした調査と、お偉いさん───王家の判断が必要だ。
あの国王が、村人たちは悪魔を崇拝しているに違いない、って決め付けたりはしないと思いたいな。……まさかな、いくらなんでもそんなことしないだろ。
「山が崩れたことで魔獣の動きに変化があるかもしれません。調査団が到着するまで、我々が村の警護をします。寝泊まり出来るような場所をお借りしても?」
「でしたら向かいの空き家をお使い下さい。たまに来る商人が寝泊まり出来るように建てたもので、二階の部屋にはベッドやテーブルを運び入れてあります。食事もこちらで用意しましょう」
「ありがとうございます」
まあ、先のことを今あれこれ考えても仕方がない。俺たちは俺たちで、調査団に引き継ぐまで自分の仕事をやりきるだけだ。
サミュエルに教えられた空き家には個室が二つと大部屋が一つあり、個室には俺とオウカがそれぞれ、大部屋はレンたちが使うことにした。
少し休憩しようとベッドに腰かけて一息つき、俺は当たり前かのように隣にいる相棒に話しかける。
「……それで、なんで部屋割りして直ぐにこっちに来るのかな?」
「この方が落ち着くし休めるから。嫌なら出ていく、けど……」
「好きなだけ休め」
だから耳をペタンと倒しながら悲しそうな顔をするのやめてくれ俺に効くから。
オウカを抱き寄せると俺の膝に頭を乗せて体を丸くさせる。まるで彼女の感情を現すように、尻尾が大きく振れてポフンポフンと可愛らしい音をたてながらベッドを叩いている。くそ可愛い。
「カイトはユキナみたいな人が好みなの?」
「いきなりどうしたよ」
「あの人、初対面なのにカイトとの距離が近いし仲が良さそうだった。カイトも嫌そうな顔をしてなかったから……」
横になったままチラチラと俺を見てくるオウカ。
えっ、なに? これはもしかして……
「だから……もしかして好きなのかな、って……そう思ったら……」
「バーカ、そんな惚れやすい男に見えるか?」
「胸が大きい人がいると目で追うよね」
「男は誰しもそうだ」
そりゃユキナは美人で、中々のモノをお持ちではある。しかも剣士として鍛えられた身体の美しいラインを惜し気もなく見せつけるような強化スーツ姿で、これでもかと近い距離感で接してこられたら大半の男共は平常心を保っていられないだろう。
「確かにパッと見は優良物件だけどな。でも本性が戦闘狂だ、まともじゃない。俺には合わないさ」
「利用するだけ利用して捨てる?」
「洞窟で話したやつか。アレは……普段は少しやんちゃなだけなのに、いきなり暴れ馬みたいになって手に負えなくなるタイプだな。利用するにはあまり適さない」
俺には分かる。あの女、絶対お目当てのものがあったらもうそれ以外のことは頭の中から綺麗さっぱり消えるぞ。もしご利用の際は取り扱いにご注意下さいってヤツだ。
「じゃあ、安心していい? 私の一番近くにいてくれる?」
「なんだオウカ、まさか俺が他の女に目移りしてお前から離れていくかもしれないって思って不安にでもなったかよ」
「……………。……少しだけ」
恥ずかしそうに顔を隠すオウカ。髪の間から見える首筋が赤みを帯びているし、これ顔は真っ赤になってんな。
(なんだ、この可愛い生き物は?)
本当に彼女といると心が和む。思い出すなあ、田舎のばあちゃん家にいる猫がオウカみたいに俺の膝に乗ってきたものだ。……そんで撫でようとすると後ろ足で手をめっちゃ蹴るんだわ、あれが痛いのなんの。
「ふぁ~……」
ハハッ、あくびしてやんの。
「このまま枕になっててやるから少し寝ていいぞ」
「……ん、そうする」
ポンポンとオウカの頭を撫でると安心したのか直ぐに寝てしまった。
今日は戦闘は無かったが戦闘に備えて警戒しっぱなしだったし、問答無用で殺す対象の帝国騎士を見つけた時は今にも飛び掛かりそうなところを我慢させた。そしてユキナとの距離感から生まれた不安と。この半日ほどで相当ストレスが溜まってしまったようだ。
一応、ストレスの原因となった身として罪悪感がない訳ではないんで、ここは足が痺れようともオウカの枕として彼女が起きるまで微動だにしない所存である。
「……目移り、ね。そんなことしねぇから安心しろ。俺の一番は他でもないお前なんだ。でなきゃあんな計画なんて立てねぇよ」
一番だからこそ、それを脅かすないし脅かした存在を許容出来ない。そういった存在は俺がこの手で排除する。その為の計画だ。
「カイト……ずっと、わたしと…………」
どんな夢を見ているのか。オウカの口から出た寝言に、聞こえてないと分かっているから/聞かれていないよなと不安になりながら、俺は小さく呟いた。
「ああ、それが出来たらどれだけ良かったか……」