第六十七話「なんで戦わないの!?」「性分なの!!」
ここでお互い俺たちは会わなかったことにする。その代わりに、いくつか自国の情報を教え合い、もしその情報について気になったら質問してもいいが、黙秘してもいい。
取引内容はこれで決定した。
隊長さんの命を握っているから帝国騎士のサルジェ、ナルゼ、シャシャは素直に応じてくれたよ。
まずあちらから教えてくれたのは帝国と連合による戦争について。
「───やはり戦争は帝国側が優位、か。それも連合側に侵攻できるくらいには軍を押し進めたと。軍の規模では同じくらいでも個人の力量で差を付けたってところか?」
「そうダ。一番警戒している『獣王国』がまだ兵站の支援をしているだけなのもあっテ、戦闘が始まればいつもこちらが優位ダ」
……良かった。『獣王国』はちゃんと俺のお願いを聞いてくれたらしい、アネットさんには感謝だな。
会いに行けないのが残念だ。
「王国はそちらの戦争に介入する素振りはない。そのつもりがないのか、もしくは増援を求められてから動くのか。正直、どうなるかは分からない」
俺からは王国内部の動き。
王宮に入って軽く歩き回り、貴族やメイドたちのひそひそ話を聞くだけで面白いくらいに情報が集まる。
ただ、やられたらやり返すの精神か、戦争してるの? ふーん、あっそ、と興味がないのか国王や宰相はこの戦争についてまだ何も明言していないらしい。それでいいのか。
「何も言わない国王に疑問を持って、全ての辺境伯は独自に動いて少しずつ準備を進めている。特に帝国がある西側の国境では、演習と称して軍隊を集結させている。高ランクの冒険者や宮廷魔法使いもいるって話だ。それから───」
「いや待て、かなり情報を明かすなお前!?」
「ちょっと喋りすぎじゃない~?」
「あー、いいのいいの。隊長さんを凍らせた慰謝料とでも思ってくれや」
国境近くを領地に持つ辺境伯たちは国内に不穏分子が入って来ないよういつも目を光らせている。
第二王女によると、戦争が始まった時には既に動き始めていたようで難民の受け入れや、難民を狙った賊の掃討と、考えうる事態に備えて物資をかき集めていたとか。
……国王サマ、アンタよりも引きこもりのオタク姫が一番役に立ってるぞ。なにしてんだマジで。
「あとはそうだな……勇者のカムイについて、聞きたいか?」
「聞きたいのが正直なところだ。王国の最高戦力であるSランクの人物であり戦局を左右する力を持っている以上、どんな情報でも欲しい」
だろうな。
武闘会で見た、広範囲を薙ぎ払える剣から放つビームひたすら戦場で連発するだけで相手を壊滅させられる。そんなとんでもないヤツを警戒しないはずがない。
些細なこと、どんなことでも知っておいて損はないのだろう。だから俺は教えてやるのだ。カムイの身におこる『これから』を。
「あの勇者な、近々訴えられるぞ」
「…………」
「…………」
「…………」
「「「───はあァ!?」」」
まあ、驚いて当然といえば当然か。王国で勇者がやらかしてきたことの数々なんて、他国には知られてないんだし……
カムイは女に目がない。気に入ったら無理矢理にでも連れ去って飽きるまで汚す。中には婚約者がいた令嬢もいて、傷物にされて婚約破棄になったのがほとんどだ。
その責任を取らせるつもりなんだろう。カムイが国王の権力に守られているとはいえ、もう令嬢の親たちは我慢ならなかったんだ。一斉に訴えればいくら国王でも無視できまいと結託したらしい。
いやぁ、もし奴がオウカと会うことになったらどうなっていたか。
まず間違いなく連れて行こうとするだろうなアイツ美人だし、スタイルも良いしな。
……絶対に許さんが?
「───てな訳で、Sランクと勇者という称号を失って多額の慰謝料の支払いに追われるのは確定。それでも勇者としての実力は健在だから、減刑目的で戦場に出る可能性はあるはずだ」
「来るとすれば一番死に近い最前線……死兵として使い潰して捨てられる、か。普通なら生きて帰ってこれないが……」
「多少の怪我で済むか、無傷で帰還すんだろ。まあ、どうなるのかは実際に訴えられた後にならないと分からないけどな。ずいぶんと簡単な減刑だぜ」
それに、勇者を選定する『聖剣レーヴァン』が未だにカムイを『勇者』と認めているのは気になるところだ。多くの女性を泣かせてきた性犯罪者のどこに勇者としての素質があるのか、甚だ疑問である。
「これを知って王国に攻めいるつもりは?」
「上層部の判断次第だが、俺たちのように少数で潜入することはあっても、今の帝国に連合軍とやりあってる中で王国とも矛を交える余裕は無いはずだ」
ふーん、戦力の大半を戦争に投入しながらも彼らのような少数精鋭の部隊を別なことに回せる程度には、連合軍との戦争は余裕があると。
(流石は王国と並ぶ大国だな……)
全てが本当なのか疑うべきなんだろうが、彼らを見て感じたこの感覚に間違いはない。ここまでの会話に嘘は無いと断言できる。
「結局は上の動き次第か、そちらの方が働き者で羨ましいよ」
「こっちもこっちで苦労はあるけどねぇ~」
なんで上司は有能よりも無能なタイプが多いのか。
これだけで論文が書けるんじゃね?
「さて、隊長さんは解放する。暖めてやんな」
「話がながいっ……い、しきを失ない……かけた……」
「そりゃ悪かったな」
踏みつけていたセルゲイから離れると部下三人が駆け寄って火属性の魔法で凍りついていた部分を溶かしていく。
「大丈夫カ、隊長?」
「うわ、鎧までカチカチ~」
「サルジェ、シャシャ。二人は手足の氷を溶かせ、俺は内部から熱を送る」
「あぁ……暖かい……」
うん、無理に体を動かした様子もなかったし後遺症にはならなそうだな。
「あ、そうだ。洞窟にあった潰されたような死に方をした魔獣が何体もあった。あれはアンタらがやったのか?」
「……ああ、俺たちよりも先に洞窟に入った魔獣と、洞窟に入る俺たちを追ってきた魔獣に挟まれた。面倒だったから俺がまとめて潰した」
上半身を起こしながらセルゲイが答える。
アンタだったのか。やっぱ凍らせて正解だったな、危うく俺も魔獣みたいに真っ平らになるところだった。
「それで───悪魔には出会えたかい?」
「……まあ、気付くか。ここにアレがあることを知って俺たちが来た訳だからな」
俺は『悪魔神像』と祭壇を見ながら聞くと彼は観念した様子で彼らがここに来た目的を話してくれた。
「神像の有無、見つけた場合は悪魔が存在するかの確認。それが俺たちが受けた任務だ。悪魔崇拝者が根絶されて幾星霜、まさか損壊がない状態で神像があるとは思わなかった」
「悪魔を見つけた場合はどうするつもりだったんだ?」
「そこまでは言えん」
「だろうな」
大方、取っ捕まえて帝国の戦力として取り込もうとかそんなところだろ。それが無理なら王国には恐怖の象徴である悪魔がいるって情報を全ての国に流して不利益を被らせるとかかね。
───バカじゃねえの? そんなザコにワタシが簡単に捕まる訳ないじゃない───
「…………………」
「どうした、急に固まって」
「いや、なんでもない。そろそろここから離れた方がいいぞ、遅れてギルドから調査団が来る手筈になっているからな」
「そういうのは早めに言え!!」
荒っぽく手を叩いてセルゲイたちは転移していった。そういや一度の転移でどこまで行くかは個人差や魔力の量が大きく影響されるって本にあったな、今頃彼らは国境の外までひとっ飛びしたか、一気に帝国まで行ったんだろうか。
───なんか面白そうだし予約入れとくわ、背中のソレが動き出したらまたここに来なさい。格安で手を差し出してあげる───
…………………そりゃどーも。