第六十六話「これが俺流交渉術よ」「最低ですカイトさん」
その騎士はカイトと名乗った。しかも一方的に知られているのは嫌だろうからと、名前と所属だけでなく『偵察兵』という職業まで教えてきた。
「俺を見逃してもらう代わりに王国の情報を売る。そんでアンタらがここにいたって事は誰にも言わない。悪くないだろ?」
「それが本当に守られるのならな。お前が虚偽の情報を言って、俺たちのことを報告しないとも限らない」
「そうダ! そうダ!」
視力が回復したサルジェがいきなり割り込んできた。ナゼルとシャシャも、目を擦りながら立ち上がっている。
「嘘つかれるくらいならさっさと始末した方が手っ取り早いっテ! 数で勝ってんだしヨ、なあナゼル?」
「サルジェの言う通りだ。しかし、王国の情報は気になる。内容によっては帝国にとって有益なものになる」
「私はどっちでもぉ~」
「だからシャシャは少しは真面目に考えろヨ!」
地面に座っているカイトの周りを囲んで声高に意見を言い合う三人。やはり喧しい。くそ、どうもコイツらの声は耳に響くな。
「アンタの部下たちはああ言ってるが、決めるのは隊長であるアンタだ。どうする?」
「その前に聞きたい。お前はさっき、取引しようと言った。だというのに実際はこちらには無数の選択肢がある一方で、お前に残された選択肢は一つしかない。これではフェアとは言えない」
「アンフェアな取引も時にはあるだろ」
それにしてはこちらが有利すぎる。
確かに王国の情報はできれば欲しいがどうしてもという訳ではない。
取引だって応じる必要がない。ここには俺たちしかいないのだからサルジェが言うように無視して始末したっていい。いざ戦闘となっても、数の差で簡単に押し潰せるからな。
こちらは煮ようが焼こうが自由なのだ。これが取引と呼べるのか?
「国の情報を売るし黙っているから見逃してくれ、だなんてまるで命乞いをする売国奴だ。国王直属の騎士がそれでいいのか」
「他国の人間の立場を心配するなんて随分とお優しいな。でもまあ、確かに有利不利の差が激しいか……」
考え込むカイト。
さっきからなぜコイツはこうも余裕な態度なのだろう。敵に囲まれ、攻撃されるかもしれない状況だというのに警戒している様子もない。敵を前にして緊張している様子もなく、自然体だ。ここまで平然としていられるのは何か理由があるのか?
「ふむ、じゃあこうしよう」
何か思い付いたのかパンと手を叩く。カイトはやはり笑顔のまま、しかしその目は妖しい光を帯びている。
「っ───」
それを見て嫌な予感がした俺は咄嗟に後退ろうとした時、
「リーダーを叩けば少しはフェアになるよな」
蝋燭の火を吹き消すように。カイトの言葉と同時に天井にいた小精霊が消えた。光源を失った空洞は再び暗闇に支配される。
「うオ!?」
「光を消したのかっ!?」
「真っ暗で何も見えないよぉ~!!」
くそ、やりやがったなあの野郎……!!
長々とカイトと話をしたのが仇になった、明るさに慣れてきたところに今度は暗闇に変わったことで周囲が全く見えない!!
「全員、構え───なっ、か、からだ……がっ!?」
三人に指示を出そうとして、なぜか動かない体に思考が停止する。そして原因が遅れて襲ってきた極寒の寒さだと理解した時にはもう手後れだった。
「詰みだ、セルゲイ」
■■■
「動けないだろ? 今、お前の脊椎に打ち込んだのは氷の針だ。体内から凍らせるっつうエグい魔法でな。意識の外からであるならばその一針は致命的なものになる」
足元に倒れる帝国騎士の隊長であるセルゲイの背中を踏みつける。
「隊長ッ!!」
「おっと動くなよ、妙な真似をしたら直ぐに凍死させて踏み砕く」
駆け寄ろうとする三人の騎士に向けてそう脅迫する。
今のセルゲイの体は手足が完全に凍結し、頭と胴はわざとそのままにしている。もし向こうが攻撃や助けに来ようとしたらその前に全身凍結させ、鎧があろうとも首付近を体重を乗せて踏みつければ簡単にゴキンと割れて砕け死ぬ。
「貴様、それが騎士のやることか!!」
いや、まあ、確かに騎士がやっていいことじゃねえな。やめないけど。
「俺は偵察騎士。誰も知らない騎士団の裏側、騎士団の汚れ役の一人だ。偵察だけでなく目的の為なら手段を選ばない。お前たちの隊長を返して欲しければそこを動かず、俺の質問に答えろ」
「チッ……」
「外道ガ」
「あの人、感じ悪~ぃ……」
上手く脅しが利いたようだ。セルゲイの安否などお構い無く剣を振り上げて突っ込んでくることも想定してたんだが、そこまで馬鹿じゃないらしい。
「……さあ、もう一度取引といこうじゃないか。なあ?」
■■■
「うわぁ、すごい悪い顔……」
岩陰から様子を見ていたルイズが思わずといった感じで呟いた。
「ルイズちゃんが召喚した小精霊で目眩まし、そして取引内容でカイトくんが発言しようとして自身に意識を向けさせたところで暗闇に戻す。突然のことで生まれた一瞬の隙をオウカが氷の針で相手の隊長さんを無力化する───実際はこうだけど、相手からしたら全部彼の仕業だと認識する、か」
カイトさんが提案した作戦はユキナさんが言った通りのものだった。
『───ルイズ、俺の動きに合わせて小精霊を動かしてくれ。派手に光らせる、天井まで移動、そして消える。やるのはこの三つだけでいい。それからオウカ、俺が話で気を反らすから暗くなったところで氷の針を隊長らしき奴の首に刺すんだ。ほら『野狐』を起点に魔法放つアレでよ。でも殺さないでくれな? 今回は俺に任せて我慢して欲しい、埋め合わせはするから───』
指示はそれだけ。あとは洞窟に僕たちを置いて、神像にいる帝国騎士たちの所に行ってしまったのだ。それからは何事もなくカイトさんが有利な形で取引が再開された。
「いつも彼はあんな感じなの?」
「騎士団の仕事は取引よりも制圧や殲滅が多いから私も見たのはこれが初めて。やっぱり最高の相棒だよね、カイトは。フフッ……」
「あー、オウカもそっち側かー……」
愉悦感たっぷりに笑うオウカさんに僕もルイズも少し引いてしまった。
うん、やっぱりお似合いですよお二人とも……。
「このあとは見てるだけですか?」
「そうだね。本当は相手が帝国騎士ってだけで無条件で殺したいけど、カイトにダメって言われたし……あとで埋め合わせしてくれるみたいだからここは任せるよ」
そう言いながら持っていた短剣をしまうオウカさんは本当に残念そうだった。
その顔を僕は見たことがある、あれは何かを奪われた人がする顔だ。
「……ふぅん、わざわざ二回に分けて視界を攻めたのは思考を強制的に止めさて余計なことを考えさせず、自分に意識を向けさせる為で。同時に『野狐』の位置取りを悟らせないようゆっくり移動する必要があったからか。ご丁寧に隠形まで使っちゃって、多才な使い魔だね」
「あまり手の内を晒したくないし、見られたくもないんだけど。……ねえ、少し気になってたんだけどカイトとの距離近いんじゃないかな、なに『カイトくん』って?」
「嫌だなあー、そんな怖い顔しないでよオウカ。別に大切な彼のこと取らないって。少しだけ面白そうな人だなぁって思っただけだからさ」
「どうだか……」
「アハッ……」
オウカさんが鋭い目つきで睨み、ユキナさんが笑みを浮かべながら見つめ返す。そして剣呑な雰囲気が漂う中、刀と短剣がぶつかり合ってバチッと二人の間で火花が散った───ように見えた。
「カイトの敵になるなら容赦しない」
「大丈夫、彼とは仲良くなれそうだから」
そう言って二人はそれぞれ握っていた得物から手を離す。
「やっぱり獣人は活きが良いよ、小細工無しの真剣勝負でも余裕で勝つよね?」
「私が敵の前に出るのは必勝を確信した時だけだよ」
「狡猾だね」
「誉めてもなにも出ない。あと私よりはカイトに言ってみたら? とても喜ぶから、外道とかも」
「誉めたつもりはないんだけど……二人って本当に騎士なんだよねっ? どう思うレンくん、こんな騎士は初めてなんだけど!?」
いや、僕も狡猾や外道と呼ばれて喜ぶ騎士がいるなんて初めて知りましたよ。




