第六十四話「ああいうのよレン」「どういうの?」
やあ皆、俺だ。カイトだ。
レンから洞窟の話を聞いて調査するべく『マルカ村』まで遠出した俺たちは村の村長であるサミュエルという男性と軽く打ち合わせをして、直ぐに洞窟に向かったまでのことは知っての通りだと思う。
本来なら俺とオウカとレンとルイズの四人で行くはずが、まさかレンの師匠で他国のAランク女冒険者であるユキナまで着いて来たのは予想外だったが戦力は多いに越したことはない。ルイズとやや不仲で言い合いがうるさい以外は問題は無かった。
そんでルイズが召喚した小精霊───ちゃっかり上位属性である光属性の精霊による明かりを頼りに、レンとユキナという最高戦力を温存する形で洞窟の中に入ったまでは良かったんだが、
「……オウカ、ほれ」
「うぅ……ありがと」
俺は首に巻いていたマフラーを取り、鼻をつまんで顔色を悪くしているオウカの首に巻き付けて鼻と口を覆う。ついでに浄化の魔石が埋め込まれた首飾りも渡しておく。うん、こりゃ獣人にはキツい。
「早く来て正解でしたね、カイトさん」
後ろにいるレンの言葉に頷く。
洞窟は自然に出来たにしては内壁がとても固かった。オウカによると魔法でガッチリと補強されているようで、第一発見者のレンでも、『マルカ村』の人たちでもないから、補強を施したのはどっかの誰かさん───つまり第三者となる。
そして奥に進めば進むほど増える魔獣の死骸から出る酷い匂いで鼻が曲がりそうなのだ。オウカの顔色が悪くなった原因でもある。ちなみにロルフは平気な顔をしていた。
死骸が元々洞窟の中にいた魔獣のものか、山に棲む個体が入り込んだものかは分からなかった。どの死骸も徹底的に押し潰されていたせいで判別出来なかったからだ。
「誰かいるみたいだね、カイトくん」
「手間が省けて感謝するが、随分と手荒い先客だな。無数の足跡が入り乱れて正確な人数は分からないな……まあだいたい五人ってところか」
「見ただけで分かるんですか?」
「よく見てみろレン。大きさが違う足跡がいくつかあるだろ? これだけでだいたいの人数とあとは体格もなんとなく想像できる。足が大きいなら体も大きいからな」
これは前世で知人の鑑識部の警官から教えてもらったことだ。当時はいつ使うんだこんな知識、と思ってたけどまさか異世界で出番があるなんてな。
「そして奥から入口に戻る足跡が見当たらない。奥まで行った後に転移で外に出たのか、まだ奥にいるのか、どちらにせよ警戒して進むしかないな。オウカ、つらいならまだ浄化の魔石あるからな」
「モゴ……私はマフラーもあるから大丈夫。ルイズちゃんに付けてあげて」
「そうか、無理はするなよ。レン、ルイズに付けてやれ」
ルイズを指差すと、今にも吐きそうな顔をしている彼女を見てレンが慌てて浄化の魔石を受け取って駆け寄って行った。
「準備が良いんだね、カイトくん」
「俺の相棒は繊細だからな。相方として優先的にサポートするのは当然だ」
「へぇ、大切にしてるんだねえ」
もちろんだ、とどれだけ大切にしてるかユキナに見せてやろうと思ってオウカの肩に手を置いて抱き寄せる。
「わっ、ちょ、ちょっとカイト恥ずかしい」
「嫌なら離れて良いんだぞ」
「別に嫌じゃ、ないけど……もう意地悪っ」
あっ、マフラーで顔全部隠した。相変わらず可愛いな撫でてやろう。
「フフ、仲が良いんだねえ。もし相方が誰かと付き合い始めたらどうなるんだろう」
「オウカが誰かと……?」
「カイトが誰かと付き合う……?」
ユキナの言葉に俺とオウカは視線を合わせその状況を想像してみる。
「─────」
そうだ、オウカは誰がどう見ても美人というくらいに綺麗なヤツだ。欠かさず手入れしてきた長い金髪はサラサラで引っ掛かりもない。尻尾もフワフワで見事な触り心地だ。そして多くの女性が羨むほどの実りに実った胸に、騎士として鍛えられて整った肉体美も相まってスタイルが良い。
男なら放って置かない超絶優良物件なのは間違いない。間違いないんだけど……見た目に反してコイツ、偵察騎士としてエグいこと平気でやってきたから中々にいい性格してるんだよな。
これは俺が転生して騎士団に所属する前の話。偵察班に所属すると任務遂行の為なら手段は選ばないという教育を受けるんだが、オウカは偽装魔法や使い魔との合わせ技が得意だったこともあってすんなり教育を受け入れて、度々任務で先輩騎士たちがドン引きするようなことをやらかしたらしい。
それらを全部知った上でオウカと付き合う男がいるかと言われると、
「いやぁ、ないだろ」
「うーん、ないね」
俺と同じことをオウカは言った。
「それはどうして?」
「そもそもコイツにまともな男は寄り付かない」
「カイトに普通の女は寄らない」
うん? また発言が被ったな。
「じゃあまともじゃない人が言い寄ってきたら?」
「オウカは脅し込みで突っぱねる」
「カイトは利用するだけ利用して捨てる」
「「良くわかったな/ね」」
ここまで俺のこと理解してくれてるとは相棒として嬉しい限りだ。
「アハハハハ!! 分かってたけどすごいお似合いだよ二人とも、なんでそれで付き合ってないのか疑問に思うくらい」
本当、ここまで相性が良い相手はいないよ。付き合えるならそうしたい。でも、まあそういう訳にもいかないことは俺自身もこのどこぞの剣聖も分かっている。
「はいはいもうそれは聞き飽きたから、そろそろ行くぞ。レン、ルイズの様子はどうだ?」
「あ、はい。魔石の効果で落ち着きました」
「……すみません、ここまで酷いのは初めてで」
「いや、俺こそ気付かなくて悪かった。まだ魔石はあるから必要になったら遠慮せず言ってくれ。じゃあ進むぞ」
みんなが頷き、俺たちはゆっくりと洞窟の中を進む。
分かれ道はない緩い下りの一本道は次第に土と石よりもゴツゴツとした岩が目立つようになり、魔獣の死骸は数を減らしていった。どうやら魔獣は奥から来た訳ではなかったようだ。死骸の匂いは少し和らいできたが、代わりに奥から重苦しい雰囲気が漂ってくる。
(なんだこの息苦しさは……それに、この感情はいったい?)
そしてこの胸を締め付けられるような誰かの声。
入口から入り込んだ風だろうか、頬を撫でるそれがこの重苦しい何かに苦しめられる誰かの叫びのように感じてしまう。明かりが一つしかない暗い空間が俺に幻聴を聞かせているのだろうか。
一回オウカに聞いてみても、
「なにか聞こえたか?」
「えっ? なにも聞こえないけど……」
彼女の耳でも聞こえないときた。
(マジで幻聴か? まあ子供の頃に洞窟系のお化け屋敷でガチ泣きしたことがあるけどよ、流石に中学で克服してからは平気になったし、怖がってはいないんだがなあ……)
───ふぅ~ん、イイじゃんお前───
「スゥ────…………」
聞こえない聞こえない。うん、俺はなにも聞かなかった。
「カイト、そろそろ最奥みたいだけど───止まって」
「……っと」
オウカの声に頭を切り替えて、そっと内壁から飛び出た岩の陰から覗き込み、そこにいた先客を見て俺は警戒レベルを最大まで引き上げた。
「これは、予想外のお客がいたもんだ」
「あの赤い鎧……間違いないっ」
なんでこんなところにいるかな───帝国騎士の方々は。