第六十二話「わくわく」「(めっちゃ見てくる……)」
「なんと、まさか騎士団の方まで来てくださるとは……」
「本格的な調査は後になります。我々の仕事は洞窟の事前調査と、調査団が到着するまで洞窟の監視、そして万が一の時の村の防衛。最悪の事態にはならないよう尽力しましょう」
王都を出発して二日、僕たちは目的地である『マルカ村』に着いた。移動手段はカイトさんとオウカさんがそれぞれ馬に乗り、僕とルイズはロルフの背に乗って走ってもらった。今回の調査について報告するために村長のサミュエルさんの家を訪れると、カイトさんとオウカさんが『サザール騎士団』の騎士と知ってとても驚いていた。
「洞窟が出現してから何か異常は?」
「いえ、魔獣が現れたという話は聞きませんし、村の者たちは怖がって山に近づこうともしません。一先ず村の周りを囲うよう柵や堀を作って守りを固めるよう働きかけています」
「なるほど。いや良かった。自分たちで解決しようとして先走っているのではと思って不安でした」
「先走るだなんてとんでもない。それが出来るほどの力は、この村にはないのですから」
今はカイトさんがサミュエルさんと洞窟が出現して僕たちがまた村に来るまでの近況を聞きながら打ち合わせをしている。カイトさんの隣ではオウカさんが話を聞きながら手帳に書き記し、時折ウンウンと頷く。
「そういえばレンさん、そちらの女性は冒険者の方で?」
「あー……」
サミュエルさんが思い出したように僕に聞いてくる。
「こんにちは、村長さん。私はユキナ、レンくんと同じ冒険者で彼の師匠。よろしくね」
椅子の数の関係で壁に背中を預けて立っていた彼女がにこやかにサミュエルさんに挨拶と自己紹介をする。
(まさか、本当についてくるなんて……)
王都で再会したユキナさんは洞窟の話を聞くと、面白そうだ、と言って同行。助力は嬉しいけど高ランク冒険者に報酬として出せるほどの金は無いというカイトさんの言葉に、じゃあ無償で構わないからなんて言い出して半ば無理矢理ついてきたのだ。
しかも彼女は馬を使わずに自分の足で走った。息切れもせずに騎士団の馬やロルフと並走するのを見て、カイトさんがなんなんだアイツはという目で僕を見てきて、どう言えばいいのか分からなかった。
ちなみに、ルイズとオウカさんに合流するとユキナさんの姿を見て先ずルイズが威嚇する猫のように露骨に警戒。これは過去にユキナさんが非常識な特訓を何度も僕に課した張本人と知っているから仕方ないとして、オウカさんは獣人としての本能が何か感じ取ったのか、普段通りに接しながらも必要以上に近づこうとはしなかった。
「レンさんのお師匠ですか、それはさぞお強いのでしょうね」
「おや、分かるのかい?」
「以前、レンさんが戦っているのを遠くからですが見ていまして。実戦経験がなくてもその凄まじさは伝わってきました。そんな彼の師匠ともなれば、彼以上の実力者だと思うのは当然でしょう」
「アハハハ、実力者だなんて照れるな~」
私なんてまだまだだよ、なんて言いながら嬉しそうに笑うユキナさん。いや、まだまだって、今よりももっと強くなるつもりなんだろうかこの人は。今の強さでも追い付くのに苦労するどころか追い付けるのかすらも分からないレベルなのに。
「村長、早速我々は調査に向かいます。日が落ちる頃には戻るつもりですが、調査に時間がかかった場合は戻るのが夜中や明日の朝になるかもしれません。そしてもし調査中に異変が起きて戻れなかった場合は……」
カイトさんがオウカさんをチラリと見る。
「うん───おいで『野狐』」
『キュッ』
どこからともなく出現した小さな子狐がサミュエルさんに近づいてお辞儀をした。わあっ、と僕の隣でルイズが目をキラキラさせている。
「狐の魔獣……にしては、小さく可愛らしいですね」
サミュエルさんが撫でようと手を近づけると子狐はクンクンと匂いを嗅いでからすり寄って大人しく撫でられた。ルイズ、分かったから、後でオウカさんに頼んでみるから僕の肩を叩かないでくれるかな。
「オウカの使い魔である『野狐』です。連絡係として村長がいるところに向かわせます。その子が来たら我々に何か起こり帰還が困難になったという意味です。その時は我々の馬を使って構いませんので、王都のギルドに連絡を。全力で走らせれば一日で着くでしょう」
「噂では聞いてましたが騎士団の馬は他とは桁外れですね……分かりました、そのようなことがないよう祈りますが、その時は言われた通りにしましょう。みなさんどうかお気をつけて」
「はい、お任せください」
そして話が終わり、サミュエルさんに見送られながら僕たちは村を出て洞窟がある山へと向かった。洞窟までの道案内は第一発見者である僕の役目だ。
「かわいいかわいいかわいいかわいいかわいい」
『キュ……ッ』
「その、ルイズちゃん。苦しんでる、その子苦しんでるから、そろそろ離してあげて。オウカも困ってるよ」
「あわあわあわ……」
「キュ~ン」
僕の後ろでは『野狐』を抱き締めて頬擦りしているルイズと、首を締められてだんだん弱っていく『野狐』を見かねてユキナさんが助けようとしていて、でも全く離れようとしないルイズにオウカさんが困っている。ロルフなんか自分も抱き締めてと言いたげに鳴いているし。
「レン、洞窟があった場所はどんな感じだった?」
そんな彼女たちを気にすることなくカイトさんが僕の横に来ながら聞いてきた。いや、後ろ大変なことになってますけどいいんですか?
「えっと……洞窟あるのはこの山の中腹辺りの斜面です。斜面の下には根っこが剥き出しで倒れた木や大きな岩、そして大量の砂があって、土砂崩れが起こったような感じでした。それで埋まっていた洞窟の入り口が出てきたんだと思います」
「なるほどな、ずっと埋もれてたなら村長たちが分からないのも理解できる。地面の状態から見て雨が降った訳でもなさそうだ、そうなると土砂崩れというよりは地滑り、でもなあ……」
何か考え込むカイトさん。そこへ、ねえねえとユキナさんが声をかけてくる。
「カイトくん、今のところ魔獣の気配はないけど戦闘になったらどうするのかな?」
「俺とオウカとルイズをメインにする。レンとアンタ、あとロルフはルイズの護衛をしながら周囲の警戒をしてもらう」
「ええっ!? わ、わたしもですかっ!?」
呼ばれると思ってなかったのかルイズが驚いて自分を指差す。
「レンとユキナの武器は刀、洞窟の中がそんな長ものを振り回せるほど広いとは思えない。うっかり近くの味方を斬ったり、洞窟の壁面や天井部に当たって攻撃が中断するかもしれない。本人にそのつもりも無ければ、そうはならないと断言しても、味方であるこちらは不安だ」
それは冒険者になったばかりの時にも聞いたことがあった。
魔獣の討伐で洞窟に入った冒険者が剣を振り回して誤って味方を斬り、もしくは壁面にぶつけて壊して、丸腰になったところを魔獣に襲われた。だから洞窟に入る時は振りやすい短剣や片手剣など取り回しのいい武器を使えというもの。
僕が刀を使うと知った受付嬢がしつこく何度もその話をしてきたので一字一句頭に入っている。僕の場合は突きを主体に洞窟内では戦っていたし、ルイズをロルフに任せて一人で活動していたから特に問題なかった。
「陣形は前を俺とオウカ、その後ろにルイズ、俺とオウカの補助を頼む。レンとユキナはルイズの左右に、ロルフは最後尾で後ろの警戒をする」
「ん、了解だよ。じゃあ私はじっくりと見学させてもらおうかな。『サザール騎士団』の中でも片付け屋である偵察班、そこに属する二人の実力が見たいと思ってたんだ」
「戦闘は出来れば避けたいな。手の内を明かしたくないんで」
そう言うカイトさん。だけど僕もユキナさんと同じ思いだった。僕が元々いた世界とは似てるようで違う世界からきた転生者であり、半年も先にこの世界で生きてきた彼が銃器を使ってどう戦うのか見たことがなかったから。
「戦うところ見たいなぁ。あっ、そうだ、ここに魔獣を呼び集めるお香があるんだけど良かったら使う?」
「なんてものを持ってんだバカ!!」
大慌てでユキナさんが懐から取り出した小袋を没収するカイトさん。
「全く。レン、お前の師匠だろちゃんと見張っとけ。この感じだとまだ何か隠し持ってそうだっ」
「えー、持ってないよー」
「………………」
うーん、これは、持ってるね。ちゃんと見張っときますハイ……。




