第六十一話「初めましてでいいかな?」「ああ、そうしてくれ」
「───じゃあ調査団の準備についてはこっちでやるから、そっちは先に行って洞窟周辺と最奥までとは言わないけど内部の調査をお願い。契約内容は洞窟の調査、報酬は先払いで金貨二十枚、成功失敗に関わらず調査終了で更に金貨二十っと……レンはそれでいい?」
ギルドマスターのサリィさんが依頼書を作成しながら聞いてくる。
「はい。契約については文句ありません。でも、金貨四十枚って大丈夫なんですか? かなりの大金なのに……」
僕は頷き、机に置かれたそれぞれ金貨が二十枚入った小袋二つを指差しながらカイトさんに顔を向ける。
この世界で金貨一枚は『ニホン』の通貨で換算すると一万円。そして銀貨は千円、銅貨は百円と覚えやすかった。『ニホン』だと百円なのにこっちだと千円もするのか、と価格の違いに違和感を覚えることもあるけど、この世界で生きていくならいちいち気にしていたらキリがない。
そして、報酬としてもらえる金貨四十枚。つまり四十万円を、騎士団という組織から出るのではなくカイトさん個人が支払った。
「問題無いから心配しなくていいっての。どれくらい危険かも分からないところの調査となれば危険手当は必要だ、それに遠出の準備で出費もかかる。なのに報酬が少なかったらやる気も出ないだろ」
「それはそうですけど……」
「騎士団は高給取りなんだ。やるって言ってんだから素直に受け取っておけ、ほれ」
そう言ってカイトさんは小袋を一つ取ってそれを僕に手渡した。
「……分かりました。頂くことにします」
「おう」
「騎士団には私から話をしておくから準備でき次第、直ぐに向かってちょうだい。気をつけてね」
最後にサリィさんはポンと判を押して出来上がった依頼書の控えを受け取る。
「あ、そうだ。サリィ、最後に一つ」
「なに?」
やることも終わり、僕とカイトさんはサリィさんの執務室から出ようとした時、カイトさんは何か思い出したのか足を止めて振り返った。
「組織とそこに属する人、どちらか捨てろと言われたらどうする?」
カイトさんはそんなことをサリィさんに聞いた。対してサリィさんは姿勢を正すと少し目を細め、真剣な顔になりながら答える。
「いきなり変なことを聞く人だね。それにどちらか、なんて───私はこの組織のトップであり、組織に属する冒険者や受付嬢たちは大切な身内。捨てるなんて出来ない。私はどちらも守る。だからその問いは私に対しては無意味」
考える時間もなくサリィさんはハッキリとそう言った。組織のトップとして、組織とそこに属する人々どちらも守ると言い切った彼女はとても綺麗で、かっこよく見えた。
「質問するなら、捨てるのは私か、他の全てのどちらか、と言い変えなさ……って、ちょっと待って。その質問、まさかあなたは……」
「素晴らしい回答をありがとう、サリィ。それじゃあ俺たちは行くわ」
「うわ、カイトさん!?」
「え、あっ、待ちなさい!! こらっ!!」
サリィさんが何か言いかけた時にカイトさんに急に背中を押されて、半ば無理矢理に執務室から出ることになった。閉じられた扉の向こうではまだサリィさんが大声で騒いでいるのが聞こえてくる。
「あのカイトさん。さっきの質問ってどういう……?」
「ただ確認したかっただけだ。行くぞ」
「はあ、分かりました」
それだけ言ってカイトさんはギルドを出て行く。
「なんだったんだろう……」
少しモヤモヤしながらも、今は依頼の方を優先せる為に頭の隅においやって僕は彼を追いかけた。
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「……どちらか捨てろと言われたら、か……まさか生まれ変わってまた聞くことになるなんてね」
ギルドマスターのサリィは先ほど言われた質問に懐かしさを感じながら前世の記憶を思い出す。
「そっくりなだけで別人だと思っていたけど、そう……七ヶ岳くん、あなたもこっちに来てたんだ。となると、最近聞くあの話にも彼は一枚噛んでいると見て間違いない。トラブル。厄介事。噂話。突然広まるだけでなく妙に現実味を帯びているそれらには決まってあなたがいるのだからね」
突然といえば彼との出会いもそうだった。
その日は冬真っ只中で、仕事が終わって帰宅しようと会社を出た時に前を通り掛かった青年がハクションと大きなくしゃみをして、同時に凍結していた路面に足を滑らせて転倒、顔面を強打して鼻血を流した。
『私は霧野 里梨。あなたは?』
『……いてて、俺は七ヶ岳 海人、よろしく』
フラフラと上手く立てない様子だったから心配して声をかけ、家に連れていき手当てをして、そこで私は彼の知人となった。妙に顔が広い彼には仕事関係で何度か助けられたり、頼られたりと接する機会は多く、年下なのにとても頼りになるところに私は惹かれていった。
「彼には大きな借りがあったし、前世でそれを返すことが出来なかった。もし私の力が必要だと感じたらいつでも訪ねて来てね───私の、初恋の人」
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「ルイズたちはどこにいるんでしょう」
「中央通りのどこか、だろうな。二人のボディーガードとしてロルフもいるし、向こうから嗅ぎ付けて来そうではある」
ギルドを出た後、僕とカイトさんはゆっくり歩きながら先に買い出しをしている二人を探していた。
「王都の出入口である門から中央広場を繋ぐ大通り、ここだけで大半の物は買い揃えられるのは便利ですよね。たまにここでカイトさんを見かけますけど、いつも商人と話をしてて話しかけづらかったです」
本当にこの人はどこにでもいるなって思うくらいに見かける。
ふらっと路地裏から出てきたり、いかにも貴族御用達な店に入っては何人か貴族を連れて出てきたり、商人と親しげに話しては渡された品物を見たりと、必ず何かやっている。
「ん? あー……その商人って、小太りで瓶底眼鏡をかけてたか?」
「はい、そうです」
「やっぱりか。そいつは騎士団の仕事で知り合ったんだ。いつも良い化粧品を仕入れてくれててな、とても助かってる」
えっ、化粧品?
「使うのは俺じゃなくてオウカに贈る物だ。騎士団の給金が高いのは良いんだが、あまり金の使い道がなくてな。だったら自分よりも相棒の為に使うのも良いかと思ってよ。アイツの髪とか尻尾の毛並みとか見ただろ? 贈り過ぎだ、なんて言いながらも使ってくれるし、前よりも綺麗になって喜ぶアイツを見てるとなんか俺も嬉しくなってよ」
少し照れながらそう言うカイトさん。なんだろう、もしかして僕、今カイトさんの惚気話を聞かされてる? それに贈り物を店からではなく、わざわざ商人と交渉して買うあたりオウカさんに喜んで欲しいという強い思いが伝わってくる。
「カイトさんとオウカさんって同じ偵察騎士として組んでるんですよね。組んで半年ともなると付き合い始めたりは……」
「付き合ってねえよ。お前な、うちの団長と同じことを言うなよ。副団長と一緒になってそろそろ付き合ったのか? って何回も聞いてくるんだから……」
はあ、と項垂れるカイトさん。
それを聞いて僕は意外だと思った。僕が観る限り、カイトさんとオウカさんはお互いに好意を抱いている。それも上限突破の最大値と言えるくらいの好意だ。お似合いのカップルだとは思うんだけど、付き合わないのには何か理由があるんだろうか。
「というか、さっきから大人の事情にズケズケと踏み込んで来やがって、そういうお前はどうなんだあ? お前のご主人、まだ子供でも将来はすごい美人になるぞ。今の内に唾をつけておいた方が良いんじゃないか?」
「な、なにを言ってんですか!? ぼぼぼ僕はルイズの従者であって、こ、こ、恋仲になりたいなんてそんな───ほら!! ルイズたちも探してるかもしれませんし早く探しましょうよ!!」
まずい、仕返しとばかりに聞いてきたこの人!!
「待てコラ、人に聞いてきたんならお前にだって答えてもらうぞ。一つ屋根の下で暮らしてるんだから何かあるだろ、面白そうな話をよお!!」
「僕はルイズの従者です、それ以上でも以下でもありませんっ」
面白そうな話って言われてもそんなのあるわけがない。……ちょっと思い返してみると、まあ無くもないような気がするけど絶対に言うもんか!!
「へぇ、そうだったんだ。それにしては凄いやる気で勇者と戦ってたけど、それも従者としてだったのかな?」
「それはもう───って、え? その声は……」
カイトさんではない、よく知る女性の声が聞こえて僕は振り向く。
「やあ、レンくん。久しぶり」
「ユキナさん!?」
そこにいたのは僕の師匠を自称するAランク冒険者の『絶圏の剣聖』、ユキナ・レイズだった。




