第五十九話「私の方がモフモフだから」「ワフン?」
先ずは受付嬢を通してギルドマスターに話をして挨拶と監査をすることを伝え、いくつかの確認をした後に早速仕事に取りかかった。ちなみにギルドマスターはサリィという茶髪の女性で、アーゼス副団長の知人だという。
「でかかったな……」
「何が?」
「いや、なんでも」
受付嬢から借りたこのギルドに所属している冒険者の名簿を見ながら名前を読み上げてオウカにメモしてもらう。
ギルドの運営についてはこちらから口を出せるような物は無かった、という訳でもなく組織を運営する側としての知識がそこまで無いし面倒だから口を出さなかった、というのが正直なところだ。あとサリィが前世での知人だったやり手の女社長と同じ雰囲気をしていたから大丈夫だろと思ったのもある。
なのでシム団長に言われた通り、冒険者や狩り場の方に手を出すことにした。先ずは冒険者。ここで昨日の準備していたものが役に立つ。
「ここの線で囲った奴らは酒場でツケで払うと二ヶ月も料金を払っていないってんで店主が何度か催促したんだが、逆ギレして暴言を吐き、たまに手が出るもんだから困ってると愚痴ってた」
準備したのは都市で知り合った人たちからの証言や密告による確定した情報。
「そこの奴らは武器屋で買った剣をわざと壊して不良品だと文句を言って謝罪料として金を巻き上げる悪質な奴らだ。最初は本当に不良品を掴まされたとかで、そこで味をしめたんだろう」
この世界でも俺はあちこちで色々な人と出会って人脈を広げた。
「この二人は真っ昼間から泥酔してよく道の真ん中で喧嘩して周りを巻き込んでる」
騎士団で行ってきた都市の見回りは俺にとって好都合だった。
「コイツは痴漢。わざとじゃないって言ってるがわざと。ソイツはすり行為で状況的に犯人で確定。アイツは新人冒険者への恐喝。それから賭け事。方々への借金。魔獣素材の横流し───」
「ちょ、ちょっと待って下さいぃぃ!!」
受付嬢があわてた様子で他の受付嬢も呼び、オウカのメモと名簿を見ながら俺が言った問題児とやらかした行為をまとめていく。うんうん、直ぐに冷静になって仕事に取りかかる辺り優秀だな。
「この書類は証言をしてくれた人のリストだ。好きに使ってくれ。向こうには俺からもう話をしてある、必要になったらギルドの人が聞きに来るかもしれんと言ってあるから」
「はい!! なんか、もうありがとうございます!! まさかこんなにも問題を起こした人がいるなんて思いませんでした……」
王都の『冒険者ギルド』に依頼を頼むのは平民だけではない。貴族や王族だって必要だと思ったら同じようにしている。だが、もしそこに所属する冒険者が問題児ばかりだったら信用なんて消え失せて誰も頼らなくなるだろう。そうなって困るのはまともな冒険者と、ギルドを運営する人々だ。
「「「……………………」」」
そして、今いる場所はギルドの一階にあるホールそのど真ん中。つまり俺は、依頼を見に来る冒険者たちがいる目の前で躊躇なくお仲間の悪事を暴露しているのだ。
「ギルドの外、都市の隅々まで目が届かないのは仕方のないことだ。俺はそれなりに知人が多くてな、初犯とか常習とか関係なく、こんなヤツがいたぞって直ぐに情報が届くんだ」
「「「っ………………」」」
「騎士団でいつでも、直ぐにでも、全てに対応することも出来るが、今回はそっちで済ませてくれ。もしまた情報が届いたら騎士団も動くことになるかもしれないからギルドでも対策とか考えた方がいいだろ」
わざとらしくちょっと大きな声で受付嬢に言う。
これで冒険者は俺を警戒しただろう。実は、俺が暴露したのは常習犯と早期解決すべきものだけで、初犯だったり軽犯罪だとかはまだ言っていない。
だが代わりに俺はホールにいる、幸いにも監査を逃れたと思っている悪い冒険者たちに向けて、その気になればいつでも明らかに出来る、もしまた何かしたら分かるからな、と暗に言って脅した。
騎士団はいわば警察。捕まったとなれば前科者一直線だ。これからの人生を犯罪者として生きていくよりは、ギルドからの罰則か自主的な脱退という形で済む方がまだマシではあるがそれも可能なら避けたいだろう。冒険者としては死んだも同然になるからだ。
つまりこれは、犯罪者予備軍へ警告する為の見せしめという訳だ。
「………む」
視線を感じてホールの隅を見る。そこには複数の冒険者が集まっていて、何か怖いものでも見たような目で俺を見ていた。
「「「………………」」」
───つ・ぎ・は・な・い・か・ら・な───
「「「っ!! っ!! っ!!」」」
口パクで警告するとブンブンと何度も頷く冒険者たち。それでいいのよ。聞き分けのいいヤツは好みだ。ん、なんで見逃すかって? そりゃ一気に人手が消えたら何かあったと勘ぐられるし、人手不足になれば増える依頼をさばけなくなりギルドも冒険者も大変だろうと思ったからってだけだ。
「さてと、次は狩り場だけど、今のところ異常は起きてないってサリィさんは言ってたね」
「まあ何かあるまでここで待機するか? もしくは少し早いが昼食をとって、俺たちで近くの狩り場の調査でも───」
悪い冒険者たちのことはギルドに丸投げし、残りの狩り場についてどうするかオウカと話し合っていた時、
「ワンワン!!」
「ロルフ、そんなに引っ張らないでよ」
「なんだかいつにも増して元気ね、どうしたのかしら。ってレン、寝癖がまだ直ってないわよ」
なんか聞き覚えのある声が外から聞こえてきた。
「おはようございま───あれ?」
「あっ、こら、なにそのまま行こうとしてるのよ。寝癖直ってないって言ってワプッ」
もう長いこと直接会ってないように感じるな。ギルドに入ってきた青年が俺の存在に気付いて目を丸くしている。ちなみに急に立ち止まったからだろう、その後ろで少女が青年の背中にぶつかったようだ。
「よう、久しぶりだなレン。『魔剣武闘会』で派手にやったらしいな」
「おはよう、レンくん」
片手を上げて挨拶するとレンはこちらに歩み寄ってきた。
「おはようございますカイトさん、オウカさんも。今日はどうしてギルドに?」
「だから寝癖ぇ!!」
「あう!?」
いい加減に聞きなさいよ、とばかりに少女がレンの後頭部をスパァンとはたいた。なんかすげぇ気持ちのいい音したな。そしてピョンと立つレンの後頭部の髪の毛よ。
「全く、レンはわたしの従者なんだから、身だしなみはしっかりしなさいっていつも言ってるでしょう」
「……あー、お前も元気そうだなルイズ」
「ええ、おはようございますカイトさん」
少女───ルイズは俺を見ながら素っ気ない感じにさらっと挨拶し、レンへと視線を戻そうとしてから、勢いよく俺へと顔ごと向けた。
「カイトさんおはようございますうう!?!?」
これほど見事なものはないってくらいの二度見をかまして、ルイズは深々と頭を下げてもう一度挨拶してきた。……おかしいな、俺、何かこの子を驚かせたり、怖がらせるようなこととかしただろうか。なんだこのびっくり具合は?
「ワン!!」
うん、お前も久しぶりだなロルフ。




