第五十七話「燃える朱緋」「目覚めの魔光」
余興だと、最高傑作と自慢した大結界を笑われ、カムイの顔は分かりやすいくらいに怒りで赤くなった。だけど僕の怒りはそんな低レベルなものではない。いや、僕らの怒りと言った方がいいのかな。
「あなたのせいで傷付いた人が大勢いる。大切なものを奪われ、失って、壊された人たちの怒りは……そんな笑われた怒りよりも遥かに大きい!!」
これまでの戦闘と"灼天鳳"で怒りの感情はかなり消費した。でも彼を視界に収めている限り怒りは溜まっていく一方、というか消費前よりも増えた。これはどんどん消費しなきゃ危ない。
(鞘の中で炎を吹かして抜刀を加速───刀身に纏う炎を飛ばしつつ、峰からも噴射させて振る速さを更に高める─── 一太刀一太刀、丁寧に───そして何よりも速く)
納刀し、居合いの構えに。
思い起こすのは僕の師匠を自称する女剣聖の抜刀。
まだ彼女のようにはいかないけれど、そしてどうせどこかでこの試合を見ているんだろうけど、師匠の技を一応弟子の僕が使ったら喜んでくれるかな、なんて思いながら、
「"陽炎"───」
鯉口を切る。
僅かに出た刀身から発する熱がフィールドの隅まで行き渡り、地表にもやもやとした揺らめきが起こる。この揺らめきの中では相手はこちらをはっきりと視認出来ず、熱気によって徐々に体力を奪う。
そしてカムイが手の甲で額の汗を拭った瞬間に、
「───"朱舞"」
カチン、と。再度納刀した。
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「っ───!?」
その技を見て思わず立ち上がって、身を乗り出した。
妙な熱気がフィールドを包み、レンくんが最後に納刀したと思ったら勇者目掛けて炎の斬撃が地面を焼き斬りながら突き進んでいった。しかも一つだけではなく、三十を越える炎の斬撃が地面と空中の広範囲で同時に発生した。
その一つ一つは勇者の結界を破った鳳には劣るけど、火の粉を散らしながら飛ぶ斬撃の輝きはとても美しくきらびやかだ。でも相手からしたら目の前でそんなのが起きたらたまったものじゃない。
(今の、抜刀は……………)
勇者が慌てながらも迫る攻撃を聖剣と魔剣で斬り払う。王国のSランクと言うだけあってその技量は中々のもの、でも私はそれどころではなかった。
(陽炎の揺らぎに紛れて、抜刀して三十連撃ではなく、一瞬の内に抜刀して納刀を三十回繰り返した……っ)
それは間違いなく、『絶圏の剣聖』としての私の戦法だった。
まだ未熟なところはある。それでもあの抜刀をした彼の姿はかつての私のようで、まだ先かと思っていた私の技の再現をこうも早く成したことが、師から弟子への技の継承というちょっと憧れていた展開が、私にとてつもない高揚感をもたらした。
「凄い……本当に、凄いよレンくん!! また一つ、私に近づいた!! 師匠としてこんなにも嬉しいことはないよ、アハハッ、ああ楽しみだ……レンくんが私のいる領域に来る日が待ち遠しいよ!!」
解る。これは確信だと言い切れる。遠くない未来、あの若き剣士は私が喰らうに相応しい力を手にして、私の前に現れる。
だからその時が来るまでは絶対に誰の手にも渡してはならないし失ってはいけない。彼は私の弟子で、私の獲物で、もしかしたら私と共に悠久の時を歩んでいける可能性を秘めた数少ない男の子なんだから。
「……そうなると、少し根回ししておいた方がいいかな?」
思い浮かべるのは私が所属している国。今は戦争中で忙しいだろうけど冬が来る前に相手側の国境まで戦線を上げるくらいやれば、殿下からご褒美として話を聞いてくれないかなぁ。
「善は急げ、とも言うけど……まあ、それはこの戦いを見届けてからにしようか」
■■■
「お見事、全てを払いきりましたね」
「───お前……ッ」
僕の放った三十の斬撃を凌ぎきったカムイは鋭い目で僕を睨んでくる。
「何なんだお前は、さっきから見たこともないものばかり、しかもこれまで無茶をして疲弊しているんじゃなかったのか!? 聞いた話と全然違うじゃないか!!」
「どんな話を聞いたかは分かりませんが、たっぷり二時間休めましたから、一試合くらいなら思いっきりやれる程度には回復してます」
これまでの試合が全て準備体操だと言ったら対戦相手に失礼だから言わないでおこう。
「それよりも……そろそろ聖剣以外も使った方が良いですよ」
カムイが右手に持つ魔剣を見る。
「剣の腕はともかく、魔法に関してはその聖剣頼りな大技の他には肉体の強化くらいしか使わないところを見ると今はそこまで脅威にならない。であるならば僕はその魔剣にこそ注意を払うべきであり、あなたにとっては最後の切り札……」
勇者という名前には似つかわしくない魔力喰らいの魔剣を持って召喚された剣士。魔力を供給する聖剣を持たない彼が、彼がいた別の世界ではどうやって生き残ってきたのか、なんて魔剣を見ればなんとなく分かる。
自身の魔力では到底足らず、何処からか別で魔力を調達するしかない毎日。
そして一番手っ取り早いのは誰かに魔力を分けてもらうか無理矢理にでも奪うかの二択で、これまで聞いてきたカムイの悪行を考えると───
「あなたみたいな人でも勇者になれるんですね?」
「───!? ……俺を、侮辱するかっ」
「敬って欲しいなら勇者らしい気概を少しは見せて下さい。もっとも、過去の功績の上で胡座をかき女子供を貶めるような人への態度は、そう簡単には変えませんが」
もう一度、僕は"朱舞"を放つ。大量にではなく肉薄しながら一太刀ずつ。狙いは手足。これをカムイは斬り払うまでもないと走って避ける。しかし動けば動くほどにフィールドの"陽炎"の熱で体温が上がっていく。
「クソ、鬱陶しい熱気だ……っ」
「大結界の返礼として受け取って下さい」
間合いに入り、低い体勢からの逆袈裟をカムイは仰け反ることで空振りにさせながら刀身の炎に愚痴る。追撃の振り下ろし、突き、薙ぎも彼は二振りの剣で受け流していく。
「ああそうかい!! 分かった、もういい、そんなに魔剣が気になるなら使ってやるさ!!」
そう言って魔剣を掲げる。
「さあ起きろ『グナロッグ』───存分に喰らい、破壊し尽くせぇ!!」
(来た……)
彼の声に応えるようにドクンと鼓動のような音が一回だけ発せられ、その直後に魔剣は黒くおぞましい何かが覆う。そして切っ先をこちらに向けて彼は叫んだ。
「さっきのお返しだ───『黒光』!!」
切っ先から放たれたのは黒き閃光。それは物凄い速さと規模で迫り、僕どころか後ろの観客席にも被害が及ぶだろうと瞬時に理解した。
(両断はできる。でもそれでは助かるのは僕だけで、観客は守れないか。だったらこちらもこの状態での奥の手を使うしかない)
「コオオォォォォ───………」
上段の構えから、刀身に全速で力に変換した怒りを送り込む。そして魔剣の光が眼前まで来たところで僕は全力で最後の一撃を放つ。
「───"鎮緋"」