第五十六話「今すぐ乱入とかは」「黙りなさい剣聖」
カムイを召喚する際の触媒として用いられた勇者選定の剣───『聖剣レーヴァン』の能力である、持ち主への永続的な魔力供給。その供給量は、体力消耗を度外視すれば常に全力で肉体を強化しながら、全力の魔法を行使できるほどに膨大だという。
この能力に物を言わせて今、行使されたのは幾つもの魔法陣が連結することで形成されたフィールドを覆う三重の大結界。これほどの物は高ランクの魔法職の冒険者でも無理だろう。
(彼が言った『完全破棄』という能力……それに魔法陣が組み合わせって出来た結界……魔法戦闘……ということは───)
気配を感じて振り返る。
炎を纏った『月夜祓』で顔を狙って迫る雷の槍を避けて真ん中から叩き斬り、左右から飛んで来る水の刃と氷の矢をまとめて薙ぎ払う。そして感じる手応えと視角から、どれも小規模でありながら、初級や中級よりも高い威力であると理解した。
「驚いたかな? この美しい結界は、勇者たる俺のみが成せる。詠唱どころか魔法名すらも言わずに魔法を行使する『完全破棄』と聖剣の魔力供給を使い、多種類の魔法陣で結界を作り閉じ込める。そしてそれぞれの魔法陣から魔法を放ち敵を殲滅する……『頂点の領域』が攻めの陣……『三重監獄』だ!!」
僕から離れた位置でカムイが不敵に笑う。
「悔しいけど認めるよ、剣の腕はそちらが上だと。だがそれだけで戦いに勝てるとは思わないことだ。結局はね、魔法の実力こそが全てなんだよ!!」
「魔法の実力こそが、全て……」
その言葉に僕は、かつて異法ばかりに力を注いで剣術を疎かにしたあまり早死にした仲間たちを思い出した。
きっと彼らはカムイと同じことを考えていたんだろう。異法があれば十分。異法だけで戦える。そう言って異法武器を雑に扱う馬鹿たちに、僕は……
「この結界にいるということは大勢の魔法職に囲まれているのと同じ。どれだけ屈強な戦士でも、無双の達人でも、数の暴力によって踏み潰される案山子でしかない」
結界が、魔法陣が輝く。カムイの意思によって今にも魔法を撃ち放たんと魔力が込められる。観客のことも考えて中級規模以上の魔法は来ないだろう。それはいい、斬ることで対処できる。問題なのは彼の言う通り───その数、だ。
「冒険者レン、君はこれを切り抜けられるかな?」
カムイの問い掛けと同時に結界の魔法陣から無数の魔法が放たれた。
「………………」
迫り来る魔法の雨。狙いは僕一人。相手の魔力は実質無限で消耗無く魔法を放てるのに対して僕には限度がある。最初は対処できても、それをずっと続けられるかと言われたら無理だ。
「………っ、……」
その光景が、その状況が、あの日と重なる。
「はは、中々ねばるじゃないか!!」
岩礫。鎌鼬。火柱。激流。雷雨。炎風。氷刃。
一度でも当たればそこから崩される物量を前に僕は『月夜祓』を振るって全てを斬り払っていく。あとは合間に炎の斬撃を飛ばして空中で魔法と相殺させるのがやっとだ。
場所を変える意味がない。どこに行こうが結界から出ない限り魔法が飛んでくる。そして『炎還ノ水月』の状態中は攻撃力と武器の強化をする代わりに他の異法が使えない。これは怒りを力に変換することに特化している為で、もしそれを止めたら消費しきれなかった怒りで暴走し、僕はまた繰り返してしまう。
(このままでいるのも鍛練にはなるけど、ジリ貧なのは間違いない。うん、向こうが早めに展開を進めたのならこちらもそうしよう……)
体を回転させながら炎の斬撃を放って周囲の魔法を撃ち落とす。そして生まれた僅かな空白の時間。僕は『月夜祓』の切っ先を空に向けて、少しだけ調整して観客に被害が出ないようにしながら、その大技を解き放つ。
「───"灼天鳳"」
『月夜祓』に纏う炎を一瞬だけ抑える。
この炎は変換された怒りであり、抑えている間も炎への変換は継続しているので抑えられた炎も含めて刀身の内部に蓄積される。その蓄積量を僕は把握していない。ただ、僕がカムイに対して激しい怒りを抱いていて、言葉で表すなら火山の噴火や、地獄の業火に等しい。
そんな激情を異法の力に変換した時の効果は凄まじいもので、それを少しの時間だとしても刀身に圧縮した状態から解放した場合、蓄積し続け、抑え込まれていた炎の勢いはいったいどうなるか───
「な、に……?」
「火傷しないよう気をつけてね」
刀身は真っ赤に輝き、周囲に放った炎の爆風と共に大きな燃える一対の翼の鳳が天へと飛び上がる。降り注ぐ魔法をものともせず、鳳の炎の体に触れた途端に焼失。そして三重の結界へと衝突し、拮抗することなくぶち抜く。
ガラスが割れるように結界は崩れていき、辺りに熱波を放ちながらどんどん上昇していく鳳。
『キイィィィ───ッッッ!!』
甲高い鳴き声と共に鳳はそのまま空へと飛んでいった。
「……………………」
まさか自慢の結界がこんなにも早く突破されるとは思わなかったのか。カムイは空を見上げたまま、大口をあけて固まっていた。
「ふっ……」
さっきまで自信に満ちていた姿はどこに消えたのかと僕は少し笑ってしまった。ふと視線を感じて観客席を見るとルイズと目が合う。なんだか騒いでるようだけど……『おバカ』?……えっ、なんか怒られてる。
「ま、まさか……俺の結界を……攻めの陣だとしても破られるなんて……」
あ、正気に戻った。
「確かに厄介極まりない結界だよ。幾つもの魔法陣がまるで万華鏡のように、無駄なく組み込まれてる。あれだけの規模はその聖剣がなければ再現は不可能だろうね。でも突破口なら良く観れば分かるよ」
「あれは俺の最高傑作だ、魔法陣の配置や魔力の伝導率も計算して苦労して作り上げたものだ!! 内側の一層、中間の二層、外側の三層と、外側にいくにつれて魔法と物理共に強固な結界となっている。突破口なんてあるはずが───」
よほど衝撃的だったのか試合前の余裕さが感じられない。両手の聖剣と魔剣を握りしめて睨み付けてくるのを見て、ここで萎縮して逃げの一手を選ばない辺り流石は勇者だと思った。まあだからと言って評価が上がる訳じゃないけど。
「ならさ、なんでわざわざ三層にしたの? ほぼ無尽蔵の魔力があるんだしもう少し計算頑張って完全無欠の一層とか、もっと層を増やすとか出来なかった?」
「───っ……」
「出来なかったんだよね。結界を作った本人の処理能力の限界で三層までとなり、なおかつ魔法も現存する全てではなくある程度は数を絞って、なるべく負担を減らした結果、今のものとなったんだ」
人が一度にやれる物事の数には限度がある。
どれだけ数を並べたところでそれを扱うのが一人だけでは手が足りなくなるのは道理であり、配置や伝導率にも気をつかい、苦労して出来たのなら現状それが彼の最高でありそれ以上の物には出来ないと言っているようなもの。
よってカムイは三重までしか出来ず、僕は結界を見てこれなら出来そうだとなんとなく理解したから高火力を当てて強引に突破しただけ。もし層が増えてたり、一層だとしても三重結界よりも遥かに強固だったら突破は不可能だっただろう。
「さて……あなたの余興はおしまいなら、今度は僕の番。存分に楽しんでくださいね」