第四十九話「やっとまともな戦闘だね」「真っ向勝負は苦手だ」
「なにやってんだアイツは……」
勇者が住む大豪邸に偵察に行かせていた『野狐』からの報告をオウカから代弁してもらって聞いた俺は呆れ果てた。あと『野狐』がオウカの使い魔で、狐の言葉が分かるのも彼女だけ。そしてオウカはそっちの話題への耐性が無かった。
『カイトも、その……興味あるの?』
だから報告の内容をオウカの口から言わせることになったのは仕方ないにしても、ちょっと落ち着いた後に顔を真っ赤にしながら上目遣いでそう聞いてきた時はどう答えたものかと頭をフル回転させたよね。
(……しかし、まだ試合まで時間があるとはいえ戦う前にメイド二人と連続で性交渉とかやるか? 体力もつのかよ、イヤもつか、毎日やってんもんな)
勇者は大勢の人の前に出て戦うことの意味を分かっているのだろうか。いくらランクが下だとしても相手はレンだ。油断して勝てるほど甘くないというのにその前から無駄に体力を使うとは、負けた時の言い訳が楽しみだよ。
(……まあ、今は目の前のことに集中しないとな)
『貧困街』の奥。都心から離れたそこは、都会の喧騒から離れて田舎に引っ越したくらいに一気に静かになる。田舎と言っても、とても治安が悪いし衛生面は最悪だし住人たちによる無断建築でほんの僅かな日差ししか地面まで届かないしで引っ越しにはオススメ出来ないところだが。
「くさい……」
人気のない廃屋が連なる道を歩いていると隣でオウカが鼻をつまみながら呟く。
「あまり大きな声で言わない方がいいぞ。口は災いの元、ここにいるのは犯罪者や色々あって全うな人生から外れちまった人たちばかりだ。もう何もかも諦めた奴はともかく、短期な荒くれ者は徒党を組んで攻撃してくるからな。まあ、鼻が良い獣人にはちょっとキツいか」
俺は『黒羽』スキンのオプションで付いている黒いマフラーを取ってオウカの首に巻いて鼻と口を覆うようにする。身を隠してる間に試したんだが、スキンのオプションで付いているマントやマフラーとかも、能力で召喚する武器と同じくで俺が許可すれば他人に渡すことも出来るらしい。
「っし、これで少しは気にならないだろ」
「っ───」
「ん? どした、きつく巻き過ぎたか? ゆるめるか?」
「だ、大丈夫……ありがとうカイト」
なんかマフラーを巻いたらオウカが硬直したが、流石に俺のをそのまま渡すよりは女物の方が良かったか?
「カイトの匂い……落ち着く……」
オウカが巻かれたマフラーに手を当てながらなにか言った。
「なんか言ったか?」
「カイト、私がいないからって煙草吸ってたでしょ。匂いが残ってる」
「馬鹿なっ、浄化の魔石で匂いは消したのに!?」
恐るべし、獣人の嗅覚っ。
そんな、オウカとのやり取りをしながら『貧困街』を行く。奥に進めば進むほど建物は老朽化していき、ゴミが散乱し住人の足で踏み荒らされた石と砂の地面は、雑草と土の柔らかな地面へと変わっていく。そして───
「着いたな」
「うん……」
───かつて『貧困街』をより良い環境に、より良い街にしようと生涯を捧げた神父がいた。誰にもその行いを理解されず孤立無援でありながら、全財産を惜しみ無く使って『貧困街』に住む人々を支援した。
彼の行いは純粋な善意であり、確かに『貧困街』の人々を救おうとしていた。
だが、犯罪者やその子供、何かに失敗し人生を諦めた者を支援する神父のことを理解していなかったのは貴族や平民だけでなく、神父が救おうとしていた『貧困街』の人々たちも、神父の行いを理解しようとしなかった。
「勝手に金や食料をくれる変わり者。その程度の認識しか、ここの連中にはなかった。そして神父が自身の拠点として建てた教会に財産を運び入れた時、金に目がくらんだ何人かが神父を殺した」
「取れるモノは全て取られ、最後は放火されて残ったのはこの石造りの教会だけ。みんなの為に頑張ったのにこんな最期になるなんて、神父はどう思ったのかな……」
「それは本人に聞かないと分からないが、神父を殺した奴のことなら予想はつく。『貧困街』の住人は基本的に自分が良ければ他者がどうなろうと構わないタイプだからな、神父に協力するよりも殺して奪った方が手っ取り早いから殺したんだろうよ」
俺だってそうする、とは言わないでおこう。オウカに聞かれたら絶対嫌われる。
目の前のやや開けた場所にポツンとある古びた教会。それを見上げながら、隊舎の資料室で見た教会についての情報をオウカと語り合う。すると俺たちを待っていたかこのように、ギイッと軋む音と共に入り口の扉が勝手に開いた。
「カイト……っ」
「ああ、こりゃ待ち構えてるな。こんなことならもっと慎重に探るんだった」
そう言いながら、俺はスタスタと教会の中に入る。
「行くぞ、調べた通りの相手なら罠を警戒する必要はないから」
「ちょ、待ってよカイト……!!」
慌てて追いかけてくるオウカの声を聞きながら俺は中を進む。
放火の影響で内装どころか床板もなく雑草が生えた地面がむき出しだ。加工された石材の壁とあちこち隙間があり日光が差し込む天井だけの、なんとも空っぽな廃墟となった教会。本来なら教壇とステンドグラスがある奥側で、教会には不釣り合いな得物を持ってこちらを出迎える者が一人。
「お出迎えどうも、殺し屋さん。自己紹介は必要かな?」
「不要だ。どのような手段で蘇生したかは知らないが、生きているのなら受けた依頼に従い再度この手で殺すだけだ」
低い男性の声が教会の中に響く。
「うーん、真っ直ぐな殺意。ここまで雑念もないとなると対話による解決は無意味か。平和的に済むならそれに越したことはないんだが……」
「戯れ言を。そちらも私を始末するつもりで来ただろうに、仮に対話で解決したとしてお前のような奴は背後から殺しにくる腹積もりだろう」
「ああ、もちろんだ。いくら俺でも殺しに来るような奴とは仲良く出来ねえよ」
俺はゆっくりと右手を上げて、指先を男へと向ける。───そして発砲。
無手の状態で『保管庫』から手に収まるように召喚された大口径の拳銃であるリボルバーを掴んで即座に発砲する完璧な不意討ち。非武装と思わせて命中する場所によっては必殺の一発。一番当てやすい胴へと狙った先制攻撃だったが、
「……フン」
相手は僅かに体を横に動かすことで弾丸を避けた。
「まあ、そう簡単にはいかないわな」
「やるよ、カイト」
「それじゃあ手筈通りに」
散開する俺とオウカ。迎え討つは刺々しい漆黒の槍を持つ赤い革鎧を身につけた殺し屋の男。
「来い、王国の騎士よ……」
俺たちの戦いは王都の陰たる『貧困街』の奥にて誰にも知られぬまま始まった。