第四十二話「一期一会」「盤外外道」
「アイツ? あー、いつも読書してる地味なやつだよ」
───ある学生は興味ないといった様子で言った。
「あの子なら知ってるよ。わたし、喫茶店でバイトしてるんだけどいつも知らない大人たちと一緒に来るんだー」
───ある上級生はなんなんだろうねと不思議そうに言った。
「先輩はウチらでは密かに有名だぜ。短期間のバイトを連続でしてるのかってくらいにあちこちの店とかイベント会場とかに出没してて、次はどこにいるのか予想ゲームしてるくらいだ」
───ある新入生は街中に現れた有名人を見るような目で言った。
「困り事があって相談したら次の日に人を紹介するって言われてね、会ってみたらその人がまさかの大企業の社長だったの!! どこで知り合ったのかしらね」
───ある主婦はびっくりしたわと当時のことを思い出しながら言った。
「ライバルグループを潰そうとした時に頼ったことがあるぜ。連絡をもらって指定された場所に行ってみたら全員警察に捕まってるところでよ、クスリなんか持ってねぇって喚いてたな。色々察して絶対兄さんを敵に回さねぇぞって思った」
───ある不良グループのリーダーは恐怖の色を目に宿して言った。
「なんか彼に裏方を任せた時、やけにスムーズに作業が進むんだよね。しかも助っ人を連れてきたと思ったら不良グループに学生に主婦にスポーツマンに警官に有名な配信者にとなんかスゴくてね……」
───あるイベント主催者はもう慣れたよと項垂れながら言った。
多くの人は彼のことをよく知っている。しかし、そんな人々でも最後には口を揃えてこう言う。
「何を考えているのか分からない」
会う機会はそれなりにある。よく話すし、青年がどんな人物なのかも分かる。なのに思考が読めない。気付けばほとんどのことを知られていて青年についての情報は軽く調べれば分かる程度の、表側の情報しかないということになっている。
そんな状況に不信感を抱き、ある人が青年のことを徹底的に調べようと行動を開始した。青年を信頼している人はそんなことをして何になると止めさせようとしたものの無駄となり───その日を境に青年を調べようとした人は姿を消した。
行方不明となったその事件はやたら大袈裟にニュースで報道された。青年の知り合いたちはニュースを見て嫌でも理解してしまった……正確に言うならば、行方不明者の自宅前でリポートするマスコミのカメラ映像の端に映る青年の笑みを見て、だ。
「これは見せしめだ。迂闊に動けばどうのなるかという、彼からの警告だ」
人々は青年に対する認識を改めた。友好的に接していれば無害で頼りになるのは間違いないが、もし敵意や害意を向けたら手痛いレベルでは済まされない大きな仕返しがくる。
いや、その意思を抱こうとした瞬間にはもう彼の魔の手は自分の首もとを掴んでいる。彼はその手の意思に敏感なのだ、と。
それが青年───七ヶ岳 海人に対する認識だった。
海人は特技があった訳でもなければ他者よりも優れたものを持っている訳でもない。
ただどうしてか、よく人に会うのだ。
性別、年齢、職種、国籍、色々と問わずに人と会って話をしてちょっと仲良くなり連絡先を貰って、少し期間を空けてから連絡して相談や頼みたいことを話すと快く引き受けてくれる。そして今度は信頼する仲になる。
時には頼り、時には頼られて、物事を解決していく中で海人は多くのことを学んだ。学校を卒業してからも人々と関わり続け、定職にはつかず短期間のバイトや日雇いという形にして報酬を貰う代わりに問題解決に勤しんだ。
「海人ってさ、当事者でもないのに知らぬ間に問題の処理したりするよね。争いごとがあった時も双方にさらっと圧をかけたり、そうならないように仕込みをしたり……盤外戦術? って言うのかな、得意なんだね」
ある人から言われたその言葉に、自分にも得意なものがあったのだと気付かされた。
盤外戦術または盤外戦は主として、対局中の行動によって相手の集中力を妨げたり、心理的なプレッシャーを与えたり、対局の前に苦手意識や劣等感を植え付けたりして、勝負で優位に立つ手法でボードゲームとかでよく聞くだろう。
海人はその心理戦を自分に都合がいいように考えた。
当事者ごとに起こっている物事全てを内容関係なく一つ一つの盤とし、無関係な自分がその盤を外から一番弱い所を狙ってぶち壊す。そして獲れるもの余さず獲れば自分の総取り。つまりは勝ちじゃね? と。
「万が一の為に逃げ道の確保、総取りでなくても獲れるものあるならそれはそれで良しだな。あとは俺が盤に立った状態で、相手が不利になるように他の第三者に盤外から横槍を入れさせる手段……」
武器が分かるとあとはノンストップだ。盤外戦術を多用しまくってその都度、必要なものを用意したり駄目だった手段を捨てるか改善していった。その過程で見つけたのが、
『WINNER ok狭間』
『合計キル数:1』
『おめでとうございます、あなたはこの島に降り立った100人の最後の1人です』
「よっしゃー!! これが俺のやり方よお!!」
海人がハマったFPSゲーム『ファストナ』だ。
害悪、横槍、角待ち、漁夫の利、総取り、逃走、そして純粋な射ち合い。このゲームでも海人のプレイヤーそれぞれの『盤』を観察して弱いところを『外』から突いてアイテムを総取りアンド勝利する『戦術』は中々の戦果を残した。もちろん失敗して負けることもあったが楽しめた。
それからも海人は思い付く限りの策を試しては失敗と勝利を積み重ねていって、現実とゲームで盤外戦術というプレイスタイルを武器に人生をエンジョイしていたのだが……。
「そんな時に転生したんだよな、俺」
「……転生? まさかカイト、お前は転生者なのか!?」
目の前で動揺する年上の男性騎士が警戒心を露にする。
「そうか、なら納得だ。───まさか生きていたとはな、カイト!!」
「あの時の殺し屋はやっぱりアンタのさしがねか、ベルン先輩よぉ……」
海人はカイトとして生まれ変わった。そして今、自身の武器を活かして一人の人間の人生を再起不能にさせるべく、まずはニタリと嗤った。




