第四十一話「道化は落ち」「死者は嗤う」
ベルン・タチアナは生まれた時から天才だった。
頭も良く、剣術や魔法にも優れ、努力も怠らないタイプの天才だった。そんな彼を周囲の人々は褒め称え、タチアナ家の将来は安泰だと誰もが確信していた。しかしベルン本人だけは違った。人々とは違う未来を見ていた。
港湾都市『アルスト』を支配する伯爵家の分家であるタチアナ子爵家は『アルスト』の管理を担っていた。ベルンは父親のそばで仕事の手伝いをしていたが、いつもペコペコと頭を下げる父親を情けないと思い、同時に常に堂々としていた伯爵に憧れを感じるようになっていった。
『ベルン、お前には武の才能がある。それを伸ばさないのは勿体ない。もし、あの情けない男より私に付いて来たいと思うなら国王直属の騎士団に入団するといい。あそこで更に力をつけて素晴らしい騎士になったならば、あの男を追い出し、お前が家を継げるよう力を貸してやる。そして私と共に───』
伯爵の導きにベルンは悩むこともなく頷いた。
『サザール騎士団』へ入団するには国王と宰相の承認が必要だったが、伯爵の口添えもあって簡単に入団。騎士団では訓練の過程で重騎士になり、何人か良き同士も得られた。公爵家との繋がりも出来ると伯爵は大喜びだった。
あとはこの『魔剣武闘会』で結果を残して、当主に相応しいのは自分だと伯爵と共に父親を追い出すのみ。そうすれば伯爵が『アルスト』で行っている商談に自分も加えてくれる。父親が屈していた、大きな権力を自分も行使できる───!!
「……より強い権力、より大きな力、私はそれを手に入れる……そして───」
フィールドへと続く門が開かれる。
これより行われるのは最終戦。相手は汚ならしい冒険者の子供だ。
『アダマス騎士団』の団長を倒したのは驚いたが、その後の試合を勝ち進むたびに動きが見るからに鈍くなっていった。団長クラスが初戦の相手だからと腕輪の抑制も無視して全力を出したに違いない。
これはもう勝ったも同然だ。
「必ず手に入れる。全てを屈服させる、権力を……!!」
フィールドに立てば多くの観戦者たちが手を振って声援を送ってくる。彼らの視線が一身に向けられているのを感じ、込み上げてくる高揚感に気を良くする。
「その状態で私と戦う気かね?」
「もちろん」
最終戦前に少しばかりの休憩時間があったが無茶な戦いでの疲労は完全には消えてない。若い冒険者の呼吸は今もなお早く体力の回復につとめている。
「愚かだな。自分の状態も把握出来ないとは、きみの推薦者はなにを考えて準Aランクに昇格させたのか」
小馬鹿にするような言い方に青年はムッと一瞬表情を変える。
「僕の推薦者は、他国のAランクの女冒険者です。彼女の目を節穴だと?」
「実際節穴だろう。初戦での大技もその魔武器頼りで実際のきみの力は大したことはない。その証拠に初戦以降は小技ばかりで辛勝続き。準Aランクなど、今のきみには過ぎたランクだ」
左手に持った大盾の裏側に固定させていた長剣を抜き、空に掲げる。
「宣言する。私はきみに勝ち、この武闘会の優勝者となるとな。せっかくだ、優勝者としての特権を使ってきみのランクを剥奪させよう。身の程知らずの子供は大人しく地を這っていろ」
その勝利宣言に会場が沸く。
「───では両者、構えて」
「勝つのは私だ」
「いいえ、僕が勝つ!!」
青年が刀を抜き、重騎士が長剣を青年に向ける。
そして審判の試合開始の宣言が言われようとしていた時、
「───その試合、待った」
静かな、しかしスッと頭に入り込むかのような美しい声で止められた。
「申し訳ありません、観客の皆様。この最終戦ですが選抜者ベルン・タチアナに問題があることが発覚したため無効試合となります」
最上層席から第二王女がよく通る声でそう宣言した。
「どういうことだ?」
「ベルン様に問題が発覚? ウソでしょ?」
「だが王女様があんなにはっきりと言ったんだ、これで嘘なら問題だが、もし本当なら……」
観客席では貴族や平民が第二王女ジブリールの発言に困惑している。
「ど、どういうことですか王女殿下!! 私に問題がある? いったい何のことだか分かりません。詳しい説明を求めます!!」
「身に覚えはありませんか?」
「いいえ、全くありません!!」
断言するベルン。しかし第二王女ジブリールは、そうですか、と言うと少し間を空けてから衝撃的な言葉を発した。
「港湾都市『アルスト』にて、貴方はゼンダー伯爵と共に獣人の奴隷を購入した。そうですね?」
「「「っ!?」」」
その言葉に驚いたのはベルンだけではなく、その場にいた人々全員だった。
「現在、帝国と戦争している連合軍……その中でも獣人のみが住む『獣王国』。その国がその他全ての国と結んでいる協定を忘れてはいませんよね?」
『獣王国』───その国の民は全てが獣人であり、強大な力を持つ獣人に国王という称号と権力が与えられる。帝国と同じく完全実力主義の国だ。
大昔、人々は獣人を魔獣と同じ汚らわしい者と断じており、その為に獣人は時には狩られ、時には捕らえ、徹底的に排斥していた。
物好きな者たちは捕らえられた獣人を奴隷にして、男は労働力として、女子供は生産力として利用・搾取し、その有用性から今度は狩りから拉致誘拐に切り替わり、略奪の限りを尽くした。
そんな獣人たちにとって最悪の時代の中立ち上がったのが『獣王国』の初代国王。
彼の奮起により状況は一変。好機となると人間への恐怖から完全に発揮されていなかった並外れた身体能力を獣人たちは遺憾なく発揮して、逆に人間たちへの逆襲を始めたのだった。
「その最中で追い詰められた先達がなんとか結んだ協定こそが、今後獣人を人間と同じように接し奴隷にしないようにすることです。長きに渡る意識改革で獣人を冷遇する時代は幕を下ろし、今では人間も獣人も同等の存在として生活しています。ですが貴方はそれを踏みにじった……」
「ち、違う、私や伯爵はそんなことなどしておりません、何かの間違いです!!」
「既に私の私兵が動いています。ゼンダー伯爵は拘束。伯爵家から沢山の証拠となる書類や、囚われていた獣人を解放しました。『獣王国』からは主犯と共犯者たちを差し出せば不問にすると使者より手紙を頂いてます」
「な、に…………」
絶句するベルン。さっきまでの高揚感はとうに消えた。今まで築き上げてきた信頼がガラガラと音をたてて崩れていく。
「ベルン・タチアナ。貴方を拘束します、抵抗はしないで下さい」
「ふざけるな、こんなこと───」
愚かにも足掻こうとしたベルンだが、
「よう、ベルン先輩。いい夢は見れたかい?」
ガチン、と。鉄の音と共にベルンの視界は真っ暗になった。