第三十九話「なんスかあれサイ○人?」「のようなヤツだよ」
『アダマス騎士団』の団長、ゼスト・ジェルバ。
二メートルを越える身長と筋肉質な巨躯は生半可な攻撃を無傷で受けきり、木の幹のように太い腕から振るわれる巨大な斧の一撃は容易く大地を割る。
【身体能力:A】と高いランクに加え、身体能力のあらゆる項目がAの【万能型】という超人。
───そう、選抜者となった僕は他の選抜者のリストに記載されていた簡単な情報を思い出した。
(騎士団の特徴から腕力か防御の特化型と言われても違和感無いんだけど、完全オールAの万能型とかどういう鍛え方をしたらそうなるんだろう。僕も同じく万能型のAランクなんだけど、防御はBとかなのになぁ……)
どんなにバランス良く体を鍛えても多少はバラつくだろうに。あんな大きな斧を振るうなら腕力のランクが突出しないのかな、なんて思いながら僕は突進してくるゼストさんを見ていた。
「先ずは一撃───!!」
「…………」
両腕を使って頭上高く振り上げられる斧を見る。
長い柄の先に大きな刃が左右に付けられた両刃タイプの戦斧。
見ただけで相当な重さがあるんだと分かるそれを、ゼストさんは体幹がしっかりしていているのか戦斧の重さに負けず軽々と扱っている。たとえ横槍を入れても難なく対応し、振り下ろすだろう。
(でもそれは目で追えていたらの話だよね)
「"迅雷風烈"……風は雲を貫き、雷は空を別つ」
両腕にバチッと紫雷が走る。
「シッ───!!」
威力は度外視。速度のみを重視。ノーモーションから最短で、最速に、戦斧を振り上げたゼストさんの左手からはみ出した戦斧の柄、その先端を軽く小突くように。
「ぬっ!?」
カン、と。刹那の内に抜き放った居合いは狙い通り戦斧の柄の先端に当たり、反応出来なかったゼストさんはヨロヨロと倒れそうになる。
この抜刀が見えているのなら、しっかり柄を握り締めて戦斧が飛ばされないようにしつつ踏ん張り、重心がずれないようにしただろう。そして即、戦斧を振り下ろせるはずだ。
でも僕はその逆の結果を生み出した。
前からの衝撃で左手から柄が抜け、かろうじて右手で戦斧を握っている。けど片手で振り上げたままの体勢を維持するのが精一杯で、傾いた重心は戻せずにいる。
「む、ぐぉ……」
「今!!」
転倒はしなかったけど大きくバランスを崩した。仕掛けるなら今が絶好の、
「させんわ!!」
好機と駆け出そうとした時、仰け反ったままのゼストさんが勢い良く右足をフィールドの地面に叩きつけると彼を中心に衝撃が走り地震を発生させた。……いや、これ、ゼストさん魔法を使ってないんだけどォ!?
局所的に発生された地震はフィールドにいくつもの亀裂を作り、あちこち隆起して埋まっていた大岩が顔を出す。
「まさか、こんなにも早く使うことになるとはな」
激しい揺れに動けず、収まって動けるようになった頃にはゼストさんは体勢を整えていた。
「魔力で強化する時間は無かった。魔法を発動したとも思えない。今のは完全に、あなたの脚力のみで引き起こしたもの。とんでもないですね、さっきの震脚は……」
「雑魚散らしに良く使う。しかし、とんでもないはこちらの台詞だぞレン。振り上げてから下ろす間の一瞬を突いて俺の戦斧を飛ばそうとするとはな。何かをやろうとしてたのは分かっていたから、こうして立っていられる」
「まあ、手段は不明でも、来ると分かっているならば少しは対応できますよね」
僕がいた世界での『ニホン』ではいつもそうだった。
『気』や感情で為す異法でいつ身内が化生に墜ちるか分からない。
共に特訓してきた仲間が突如醜い化け物となって襲いかかってくるかもしれない。
どこからともなく異法犯罪者が沸いて出てくることもある。
そんな、いきなりの事が常日頃あった。だからそれに対応しようと常に気配を探り、精神を研ぎ澄まし、片時も武器を離さなかった。
「先程の虚を突く攻撃、そして今も───起こるかもしれない何かに備え、構えを解かない警戒心。実に見事だ。良かったら俺の騎士団にでも」
「生憎と、僕には守るべき主人がいる身でして。彼女から離れるつもりはありません」
「そうなのか……? そうか、実力もあるし、あとは鍛えて食わして体格をがっちりさせて俺の騎士団の主力にしたかったんだが、なら仕方ないか」
「代わりと言ってはなんですが……」
僕の実力を認め、評価してくれるのは嬉しい。でもその誘いは頷けない。
だから、その評価に恥じない戦いで応える。あなたの評価が間違いではなく、あなたの目は節穴ではないと。ここに証明する。
「───我、竜の如く跳び天を往き、虎の如く臥して地を行く者。刃に縛りなく、定まりし型も無し」
右手に『月夜祓』を、左手にその鞘を逆手に持つ。そのままフィールドに手を付き、四足歩行の獣のような体勢になる。
「レン、お前……っ」
ゼストさんの顔から警戒の色が見える。
「具現。同化。追従。我が身はここに、彼のモノたちをここに、共に駆け、共に翔び、牙を剥こう───"竜跳虎臥"」
上級強化異法。
通常の強化異法よりも上の、まだ二重強化で組み合わせる事ができずともそれに劣らない強化を施す異法。僕が生まれた世界でこれを使いこなす『法剣士』は各国に一人ずつのみで、上級同士で二重強化した者は存在しない。
僕はその、まだ誰も到達していない頂きに行きたい。その為の"竜跳虎臥"だ。先ずはこの強化異法を完璧に使いこなし、この戦いに勝利する。
『ォォォォ───』
『グルル……』
水雷の竜と風土の虎。異法により具現化した二体が僕の後ろに並ぶ。
「なんだ、この魔法は……っ。まさかその刀は、魔武器か!?」
「…………」
それは言わない。『拡声』の結界があり、この会場に王族がいる以上、僕が召喚された者だと知られる訳にはいかない。だから答えない。
「安心して下さい、ゼストさん。規則違反で負けないよう加減はします」
「……くっ」
「なので、存分に我が爪牙を見舞いましょう……」
構えるゼストさんに僕はニッコリと笑い、そして駆けた。