第三十八話「ロルフはお留守番よ」「ワオッ!?」
「あっ、レンくん」
「オウカさん!!」
そろそろ自分の番が近付いてきたのでフィールドへと続く通路へと向かって行く途中で見知った顔を見つけた。
「ロルフの件以来ですね。見回りですか?」
「うん、選抜者以外の騎士団のみんなで会場の見回り。レンくんはここには観戦……って訳ないか。ここから先は選抜者しか通らないんだし」
「はい、僕は『冒険者ギルド』からの選抜者です」
ロルフの件でお世話になった女騎士のオウカさん。それ以降は機会に恵まれず、見かけたことはあってもたぶん騎士団の仕事か何かで忙しそうにしていたので、こうして話すことはなかった。
「選抜者のメンバーリストを見た時は驚いたよ。この武闘会に出る選抜者はみんな成人してたり長く騎士や冒険者をしている熟練者ばかりで、レンくんほど若い人はいなかったからね。なのに見ない間に準Aランクまで昇級してたなんて」
「他国のAランク冒険者の人が何度か会いに来て、僕を鍛えてくれたんですよ。昇級の推薦状も出してくれて、歴代二番目に早く準Aランクになれました」
思い出すだけでも少し体が震えてくる滅茶苦茶な修行の数々。
あれらのお陰で強くなれたのは確かなんだけど、もう一度やるかと言われたら、うん、ルイズが泣くだろうからやらないでおこう。
「そういえばカイトさんは、一緒なんですか?」
「っ───あ、ああ、彼はちょっと別件で、今はいないの」
「……?」
一瞬、オウカさんの体が硬直したように見えた。狐の耳と尻尾もピンとなったし、気のせいではない。
「それじゃあ私は行くね。あっ、そうだ。ルイズちゃんにも挨拶しておこうかな、どこの席にいるかな?」
「下層席です。北側の、前から三列目」
「そう、分かった。じゃあまたね。ルイズちゃんと一緒に応援してるから」
言うが早いかオウカさんは駆け足で言ってしまった。
「カイトさんと、何かあったのかな……」
少し気になるところだけど、自分の試合が近付いている。
……うん、今はそっちに集中しよう。選抜者はみんな強い。一度全員で顔合わせしたけど、纏う空気が猛者のそれだ。負けるつもりは毛頭ないけど絶対に負けないとは良いきれない。
通路を進み、フィールドに入る為の門の前に辿り着く。そこには男の騎士が二人立っていてその内の一人が僕に声をかけてきた。
「次の試合の選抜者、レン君だね? 出番までちょっと早いけど次の試合までここで待つかい?」
「あっ、はい。少しでもフィールドの雰囲気を感じたくて。あと選抜者用の腕輪型魔道具ってもう付けれますか? 初めて付けるのでどんな感じなのか知っておきたいんです」
第二王女さんの説明で聞いた魔道具。装着した人の魔力放出量を抑えるらしいけど、ルイズによると締め付けられるような息苦しさだったり、体が重く感じるようになり、その症状は装着した人の魔力が多ければ多いほどキツくなると言ってた。
僕の場合、異法がこの世界の魔法と異なる力だからどこまで効果があるか分からない。効果があるとして、どの程度の症状が出るのか早めに体験して出番までにそれに適応しておこうと思い、僕は時間前行動でここまで来たのだ
「なるほどね。うん、いいよ。───はい、これに手を通せば、あとは腕輪が大きさを合わせてくれるよ」
騎士の人から魔道具らしき腕輪を受け取る。見た目はただの銀の腕輪。
鎖模様の刻印は魔力放出量を抑える効果を現しているんだろうか、とりあえず付けてみる。手を通すと僅かに光り、僕の腕に合わせて小さくなった。
「───む」
「どうだい? 気分が悪くなったりとかしてきたかな?」
「大丈夫、です」
そっか、と騎士の人は頷き、出番になったら呼ぶから壁際で待っててねと言ってもう一人の騎士の近くへと戻っていった。僕は言われた通りにして壁に寄りかかって待つことにする。
(うーん、予想通りだったかな)
異法を使うことで消費するのは『気』───気力や精神力とも言う、何かをやり遂げようとする時の心の強さや意志の強さだ。
この『気』と『気』がどれほど強大かで決まる『気力量』が、もしかしたらこの世界での『魔力』であり『魔力量』だとしたら、腕輪によって抑えられるのではないかと思っていたんだけど、
(全然、効果が無い……)
『気』は『魔力』に非ず、ということか。
……なんとなくそうなんじゃないかと思っていた、魔力を持ってるなら訓練すれば魔法は使えるらしいけど、僕はそもそも魔法を使えない。これは魔力が無いことを意味している。
魔力を持たない僕に腕輪を付けたところで無意味なのだ。最早、この腕輪はただのアクセサリーでしかない。
『勝者、ベルン・タチアナ!!』
門の向こうから審判の声と歓声が聞こえる。
「試合終了、選抜者退場だ。門を開けるぞ」
「ああ」
二人の騎士が協力して門を開ける。
「ふっ……」
門の向こう、フィールドから通路に入ってきたのは一人の重騎士。楽勝だったと言わんばかりの余裕の笑みを浮かべ、僕の前を通りすぎていく。名前はさっき審判が言っていた───
(ベルン・タチアナ。カイトさんやオウカさんと同じ『サザール騎士団』所属の重騎士。強さは選抜者の中でも上位、たぶんAランクに相当する……)
見ただけで分かる。ただ歩いているように見えて、隙がない。重そうな鎧を身に付けていても動きづらいと思わせない軽やかな足取り。そして感じる『気』に似た力、膨大な魔力を。
(あの人は強い、高確率で最終戦まで残る。そうなると、トーナメントの組み合わせから考えて僕とあの人とで最終戦か……)
「選抜者、レン。出番だ。門を開けるからこっちへ来い」
腕輪を渡した人とは別の騎士の人が僕を呼んだ。最初に声をかけてきた優しい印象の人とは違って、この人はなんだか仕事熱心で堅苦しい雰囲気だ。
「あの、僕の相手は?」
「こことは別の門から入場する。門を開けたらフィールドの真ん中まで行け、あとは審判に従えばいい。……健闘を祈る」
「あ、はい。頑張ります」
そうしてゆっくりと門が開かれる。
「よし……」
深呼吸を一回。大勢の人の前に立つのは慣れないけど、フィールドに一歩進んでしまえばどうでも良くなった。観客の視線も、沸き上がる歓声も、全てシャットアウトさせる。
(意識を向けるのはフィールドの範囲内。そこにいるのは僕と相手のみ。他の要因は意識の外側へ追いやる……)
「凄まじい集中力だ。その若さで準Aランクというのも納得する。かなりの修羅場をくぐってきたようだな、冒険者」
フィールドの真ん中まで行ったところで、相手が話しかけてきた。
「『冒険者ギルド』の所属、準Aランクの剣士。レンです。よろしくお願いします」
「ん、俺は『アダマス騎士団』の団長を務める、ゼスト・ジェルバだ。こちらこそお手柔らかに頼むぞ」
組み合わせを見た時は驚いたよ。初戦から騎士団の団長なんだもん。
王都に存在する四つの騎士団の一つ、その中でも『アダマス騎士団』は圧倒的な攻撃力と防御力が自慢だとか。しかもその団長だ、単純な力技で対抗するのは控えた方が良さそうだ。
「両者、握手を」
審判の言うことに従って、ゼストさんと握手する。
「三歩下がって、抜剣。───構えて」
「さあ、お前の力を見せてみろ!!」
ゼストさんは巨大な斧を軽々と片手で振り上げる。
「……我が心、月を映す水面の如く、一切の揺らぎ無く、蒼白の光を我が眼に点さん……」
僕は帯刀した『月夜祓』の鞘を左手で持ち、柄に右手を添えて、前傾姿勢になりいつでも駆け出せるようにする。
「我、名刀『月夜祓』を振るいて───いざ、」
ああ、いよいよだ。
「───試合、初め!!」
「参る!!」
「応!!」
僕はここから、全ての戦いを勝ち抜いて、目的を果たす。




