第三十六話「やっぱり人前は苦手ッス」「我慢せい」
「いい加減に、私と付き合いなさいよぉぉぉ!!!!」
「お前みたいな筋肉女はお断りだぁぁぁ!!!」
大闘技場のフィールドでぶつかり合う魔法で強化された筋肉と純粋な魔法に見ている観客は大盛り上がりだった。
『魔剣武闘会』の打ち合わせ以降、第二王女の言う通り本当にやることも無く開催されたこのイベントは順調に進んでいる。今は『アダマス騎士団』の女騎士ハーミットと『サイエス騎士団』の男魔法師グラムの戦いの最中で、いきなりハーミットの告白から始まりグラムが全力拒否という珍事が起きた。
「私はお前の力を見て体が震えたんだ!! お前が作る小さなガラクタが起こす結果とその時のお前の姿に心を奪われてしまった、これはまさしく恋だと!!」
「それって失敗して部屋が爆発した時のことだよなぁ!? 全身真っ黒に焦げた俺のどこに恋する要素があったんだよ!!」
「焦げた匂いだ!!」
「視覚情報じゃなくて嗅覚かよ!?」
女騎士ハーミットは男性がほとんどの『アダマス騎士団』の中でも見劣りしない体格と筋肉の持ち主。体に強化魔法を施して戦うのを得意としており、鍛え抜かれた肉体は生半可な魔法では傷付けられないほどにムキムキバキバキの恋する乙女。
対する魔法師グラムは『サイエス騎士団』でも実績トップの実力者。彼が生み出した魔法と同じ現象を作り出す道具は生活や戦いにおいて役立つものばかり。魔法専門の『ガタノゾア騎士団』からも注目されており、共同で研究や開発することもあるがそれは彼のみという、前髪で目を隠した現在モテ期到来の根暗な変人。
「焼肉有名店で嗅いだ匂いよりもうまそうだった!! 今夜、部屋に行くから!!」
「なにをしに来るつもりだ肉食女ぁぁぁ!!」
お互い全力で相手に思いを届けながら繰り広げられるのは、ハーミットの魔力により遠距離から打ち込める掌底打ち『ラブラブ掌底波』とグラムが開発した超連続魔法発射砲『射つよどこまでも君』による魔法弾での遠距離戦。どちらの威力も凄まじく、早くも観客席にいる人たちを守る結界が展開されることになった。
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「『魔剣武闘会』では基本的に武器や魔法の使用を良しとする。しかし観客や会場の損壊を防ぐ為、選抜者には一定以上の魔力放出量を抑える腕輪型の魔道具を装着してもらう。更に戦闘中の会話は『拡声』の結界により会場内にいる者全ての耳に入るので言葉はよく考えて選ぶように」
あと殺しは無し、と主催者である第二王女ジブリールによる説明を観客席に座っていたレンは、白目を剥いたグラムがハーミットに担がれて連れ去られるのを見ながら思い出していた。二人の試合はグラムの持ち込んだ道具の耐久力よりもハーミットの体力が勝ったのが決定打となり、ハーミットが勝利した。
「いきなり凄い試合だったな。あんなに魔法を連続で射つグラムの魔道具も凄いが、それに対して真正面から挑むハーミットの頑丈さと破壊力は見てて気持ちがいい」
「『アダマス騎士団』で数少ない女騎士としてやっていける実力者だからな。男連中からも認められていて、しかも選抜者になるくらいだ。腕輪の制限が無かったらもっと暴れられるのではと思うと少し恐ろしくもある」
前の席で二人の男性が興奮気味にさきほどの試合について話している。
「本当に、驚いたわ……」
「ルイズ?」
隣の席で風で揺れる黒髪が顔にかからないよう手で抑えながら少女が呟いた。
その視線はフィールドどはなく、観客席の───平民が座る下層席や、貴族が座る上層席ではなく、王族用に個室のような造りの最上層席へと向けられている。
「第二王女ジブリール……主催者は王族と聞いてたけど、まさか彼女が主催者だったなんてね。国民から顔を忘れられた王女が、なんで今になって出てきたの?」
「確か、あまりにも公の場に出てこないから引きこもり王女……って呼ばれてたんだっけ」
「そうよ。顔を忘れられ、埃を被った引きこもり王女と呼ばれ、生きているのか死んでいるのかすら全く分からなかった第二王女。そんな人が主催者として出てきたものだから、まだ試合よりもまだ彼女に目がいってる人が多いわね」
レンとルイズがいる席は下層席の中でもフィールド側に近い位置。ハーミットとグラムの試合の激しさを間近で見れることもありどうしてもそちらに目がいってしまうけど、フィールド側から離れ、広い視野を得られる高い位置の上層席へ行くほど観客の視線はフィールドではなく……。
「うん、特に貴族だね、王女様を見てるのは。平民の人はあまり興味がなさそう」
「平民は今の王族に対してあまり良い印象を抱いてないもの。今更引きこもり王女が何をしに出てきたんだか、って感じなんだと思うわ。貴族の方は品定めってところかしら。第一王女と第二王女、どちらの側に付けば自分たちは安泰か判断する為にね……」
開会式で第二王女の登場した時、一番驚いていたのは貴族たちだ。
王族が座る最上層席にある椅子は三つあり、そこには国王と王妃、そして第一王女が座ると思っていたら現れたのは今まで顔すら忘れていた第二王女だ。しかも王国を体現すると見なされる、青を貴重としたドレスを着た彼女の美しさに多くの者が目を奪われた。そして同時にこの場に第一王女の席は無く、そもそも来ないという事実に落胆しつつも納得していた。
第一王女カトリーナが勇者に入れ込んでいるのは貴族の世界では知らない者はいない。聖女と三人で豪邸で暮らしてからというもの、必ず出席していた公務に顔を出すことすら無くなったのだ。
(勇者カムイ……か、その人にどれだけの人たちの人生が狂わされ、壊されたのか)
冒険者として活動しながら勇者について調べてみると悪い話しか聞かない。そして何よりもルイズから全てを奪った人物───
「レン、抑えなさい」
「………………」
「何をするつもりかは分かってるの。その気持ちは嬉しいし、応援したい。でも無茶はしないで。もしレンまで失うようなことになれば、わたしは耐えられないから……」
お見通しなんだ。先に釘を刺されて、僕は苦笑する。
目を合わせずにそっと僕の手を握る彼女の手は不安で震え、しかし熱く。その温もりは思いとなって僕の心にしっかり届いた。
「───うん、分かってるよ。大丈夫。僕はルイズの従者だ、主人を悲しませるなんてことは絶対にないから」




