第三十四話「出番が近づいてきたな」「部屋から出たくないッス……」
王宮にある演習場は王族に付き従う近衛騎士が腕を磨く場所。
守衛として働く『サザール騎士団』が城の外からならば、近衛騎士は城の中から王族を守っている。本来ならばただそれだけ、配置される場所が異なるだけしか違いはない。だが、王族の側にいる近衛騎士の方が王族と接する機会が多い為に、信頼を得やすいのは確かだ。
「何の用だ、犬ども。ここは我ら近衛騎士団の聖域だぞ」
「聖域なぁ……そう言うなら、少しは片付けろ。昼間から酒飲んで身内で賭け事とは騎士としてどうなんだ?」
だからなのか、近衛騎士は国王直属でありながら城の外にいる『サザール騎士団』をまるで番犬のようだと見下し、自身を特別な存在だと信じて疑わない。
「それに何の用だ、はないだろう。あらかじめ我らの主から話は聞いているはずだ。……ああ、なるほど、もしかして何も聞かされていない? なんということだ、お前たちよりも先にこちらに話が来たということか。これはこれは。一番近くにいるというのに信頼されていないのかな?」
「貴様……ッ!!」
シム団長の言葉に激昂するのは近衛騎士の長であるグラジオ・カトリエル。
一度認められると直ぐに付けあがるが実力はある、とあらかじめアーゼス副団長から聞いている。そしてアーゼス副団長の兄とも。
かつてシム団長、アーゼス副団長、そしてグラジオ近衛騎士長の三人は昔の『サザール騎士団』で組んでいたらしい。アーゼス副団長とは違い日に焼けた肌、赤髪は短く逆立ち、金色の瞳は野獣のように鋭い。体格に恵まれ、剣術と魔法にも秀でている。武器である大きな両手剣を振るって戦う姿は炎を纏う凶暴な獅子を彷彿させ敵を恐れさせたとか。
「近衛騎士と『サザール騎士団』『アダマス騎士団』『ガタノゾア騎士団』『サイエス騎士団』から選抜した騎士、そして高ランクの冒険者による勝ち抜き戦。多くの貴族に、王族の御方々も見に来られる催し───『魔剣武闘会』。その打ち合わせに来たんですよ、兄上」
年に一度、王族が主催する大規模イベントの『魔剣武闘会』。
王都にある四つの騎士団と近衛騎士、それから冒険者から選ばれた者を戦わせ、優勝した者は国王に何か一つだけ願いを言える資格を得られ、その願いを国王が権力と財力で叶えるという催し。
その会場は王都の大闘技場で行われ、多くの貴族が観客として来る為に事件や事故に備えて警備する者が必要となるけどその役目を四つの騎士団が担当し、近衛騎士はもちろん王族の側となる。それでもある程度は情報を共有する必要があるので、今日その打ち合わせをしに来たのだ。
「アーゼス、我が妹よ。貴様も来たのか」
「はい、シムに任せると隊舎に戻る頃には忘れそうだと思ったので。あと兄上、シムの言う通り片付はしないと駄目ですよ。ここを使うのは近衛騎士だけではないのですから」
「チッ、その口煩さはシムの影響だな。いつになったら、そこの元恋人から離れるつもりなんだ? 今からでも父上に頭を下げれば、カトリエル家の発展に役立てるというのに……」
「生憎と、私はあの家に戻る気はないわ。自分の利益と保身しか考えない、あんな屑な人を私は親だとは思わないもの」
ハッキリと断言するアーゼス副団長。立場上、上の者であるグラジオ近衛騎士長に対していつもの口調に戻したのは彼女の強い拒絶の現れ。近衛騎士長と副団長としてではなく、兄と妹としての言葉。
「……まあいい、別に俺はお前がどうなろうと興味はない。父上も今更お前の顔を見たくはないだろう、それに家の発展とは言うものの今は俺の活躍で満足しているからな」
暫く睨み合った後、この話はこれで終わりだとグラジオ近衛騎士長は話を切り上げた。そして視線を、アーゼス副団長の後ろにいる私へと変える。
「久しいな、オウカ。息災か?」
「はい。おかげさまで、元気に過ごしております……」
「お前の活躍はよく耳にしている、偵察騎士としてよくやっているようだな」
「いえ。私は運がいいだけの若輩者。この運が尽きても生き抜けるよう、日々精進するのみです」
私は、この人が苦手だ。
獣人でもないのに、彼から放たれる獣の───それこそ凶暴な獅子のような威圧感が私にズンとのし掛かる。少しでも動いたら、間違った返答をしたら、頭から喰われるような恐怖。彼と話す度にいつもこうなるから、苦手というよりも一目見たら逃げたくなる。
「グラジオはオウカと会う度にそうなるよな。オレたちにとってオウカは娘か妹のような存在だってのに」
「ほんと、いつまでたっても兄上は不器用なのよね。ほら見て、そろそろオウカちゃんが涙目になりそうよ」
シム団長とアーゼス副団長が何か言ってるけど恐怖のあまり聞こえない。どうしよう、そろそろ体の震えを抑えられない。
「オウカは書記官として連れて来た。そろそろ打ち合わせをしようぜ、グラジオ。なんだ、まさか本当に何も聞いてないのか?」
「……いや、何日も前に聞いていたさ。それと、この打ち合わせだが陛下の代理として第二王女のジブリール様が遅れて出席される。声には気をつけろよ、シム」
「なんで名指しなんだよオイ。というか、どいうことだよ声に気をつけろって」
「王族相手でも声量を抑えないからに決まってるでしょ」
そう言って三人は屋内へと進んでいく。私も後を追って行こうとして、ふと思った。
『───第二王女のジブリール様が遅れて出席される』
第一王女ではなく、第二王女とちゃんと言ってたし聞こえた。え、第二王女ってあの第二王女のこと……だよね……?
ジブリール・フォン・アテリア。
この国の第二王女で、現在勇者と共にいる第一王女のカトリーナ・フォン・アテリアの妹。
これまで国王陛下の名代として表立って活動していたカトリーナ様とは反対に、どういう訳か全く姿を見せなかったジブリール様。いつからか、国民は自国の王女だというのに顔を知るのはカトリーナ様でジブリール様の顔は分からないということになった人物。
国民から顔を忘れられた第二王女を人はこう呼ぶ。
埃を被った引きこもり王女、と。




