第三十三話「道化は華々しく」「死者の手で踊れ」
「ベルン、仕事を一つ任せていいか?」
「仕事ですか? ちなみに内容は……」
運動場で取り巻きたちと談笑しているベルンに、おーい、とシム団長が呼び掛ける。
「先日、とある方から直接頼まれてな。───レザンア公爵家のご令嬢、アミダ・レザンア様が遠乗りにいかれる。護衛として私兵も一緒なんだが、騎士団から有能な者を一人借りれないか、とな」
その言葉にベルンは一瞬驚いた表情になるも直ぐにいつも通りの女性からは評判のいい外面に戻る。
「……それで、自分にその役目をやらせて頂ける、と……?」
「基本的に魔獣が出ても私兵たちで対応する。だからお前の役目は重騎士として文字通りアミダ様の盾だ。『サザール騎士団』の一斑の中でも優秀なお前ならやれると判断したが、いけるな?」
「もちろんです団長。その役目、このベルン・タチアナが完璧にやり遂げてみせますとも!!」
隠しきれない興奮にやや顔を赤くしながらもベルンは頷いた。
レザンア公爵家は王族とも縁のある最上位の貴族の一つだ。貴族社会でも強い影響力があり、その令嬢の護衛として選ばれるだけでなく無事にやり遂げたともなればベルンの評価は大きく高まる。
そして仮に魔獣が現れ、ベルンが上手く対応すればアミダ・レザンアはその事を父親であるレザンア公爵に報告するだろう。ベルンは大変素晴らしい騎士でした、と。
レザンア公爵は一人娘であるアミダを溺愛していることで有名だ。アミダから話を聞いたらまず間違いなく、礼を言いたいとベルンを招く。ここまで来ればもう公爵家と繋がりを得られるも当然だ。
「日時は後で伝える。お前は今のうちに準備しておけ」
シム団長がそう言いきる前にはもうベルンは駆け足でその場から去って行った。
単なる遠乗りの護衛でも、相手が公爵の令嬢なら話は別だ。達成すればベルンと騎士団の評判は良くなるが失敗すればベルンはもちろん、ベルンを選んだシム団長や騎士団そのものまでもが崖っぷちに立たされる。だからこそ慎重に人選をしなければならない。
だが今回求められるのは攻守に優れた重騎士で、ベルンは重騎士で固めた一斑の中でも優秀な騎士だった。この人選は間違っておらず、誰もシム団長の言葉に反対しなかった。
結果として、ベルンはその役目を果たした。
道中で魔獣が現れ戦闘になったものの、ベルンはアミダを守りながら私兵を指揮して襲ってくる魔獣を討伐。アミダを無傷で守りきったのだ。
レザンア公爵は娘の帰宅とベルンの活躍に、喜びと感謝のあまり興奮のしすぎで倒れるというハプニングこそあったがベルンの実力と人柄を気に入ったようで、何かあったら頼っていいと確約した。
その日からベルンはシム団長から何度か貴族相手の仕事を頼まれその全てを達成。騎士としての高い実力や、レザンア公爵に気に入られた男として、数々の貴族からも注目されるようになった。貴族令嬢からベルンへのファンレターが騎士団に届くようになるとベルンはいつも上機嫌で、幸せの絶頂といった感じだった。
「やあオウカくん、今日もいい天気だねぇ」
「ベルン先輩……またどこかの令嬢からファンレターが届いたんですか?」
「いやいやファンレターの何倍も良いものだ。見たまえ、アミダ様からお茶会のお誘いさ!! しかも二人っきりでどうか、とね!! これはもう私に気があると見て間違いない!!」
いつにも増してオーバーな感情表現は彼がかなり興奮している証拠である。
「それは良かったですね。アーゼス副団長に呼ばれてますので、私はこれで」
「む? おおそうか、ではまた。……フフフ、このまま上手くいけば私がアミダ様と結ばれて最後は公爵に……」
(なれる訳がないのに。バカな人……)
あり得ない未来を想像して、ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべる姿は最早滑稽だ。ここまで予定通りの展開になるとむしろ清々しい。
(コン、そろそろ良さそうって伝えてきてくれる?)
(キュッキュ)
霊体化したコンが私の肩から飛び降りて走り去っていく。
(予定通りにいき過ぎて逆に不安になってくるけど大丈夫だよね……)
相手が上手であえて騙されたフリをしているのか、他者からの介入の余地もなく完璧だからなのか。発案者の作戦は今日まで予定通りに進んでいる。残るは締めの一発のみとなった。
その締めは直ぐには出来ず、ベルンの様子を見て判断しなければいけない。だから今まで様子を見てきたけどもういいだろう。
(知ってるのは私とシム団長だけ。知ってるとは言っても、それは結果がどうなるのか分からないけどこれが仕組まれたものだと分かっているという意味で、作戦の全ては分からない。発案者の彼が何をしてくるか全く予想出来ない)
ただ、これだけは断言できる───他者を貶めようと、密かに暗躍している彼がこれまで以上に本気を出しているということを。
(今頃、あのわっるーい顔でほくそ笑んでるんだろうなぁ……)
完全に悪役にしか見えない笑顔が目に浮かぶ。たまに他の先輩から、笑い方が似てきてるね、と言われることはあるけど私はあそこまで酷くない……はず。
「さて、動きがあるまでまた部屋にこもってようかな」
そして私は相棒の部屋に入り、閉じこもる。ベッドの上に置かれている手紙は数日前にコンに持たせる形で彼から届いたもので内容は以下の通り。
『───先ずはいきなりの事でお前を泣かせ、悲しませたことを詫びる。俺としてもちょっと予想外で、こうして死んだことにするしかなかった。本当にすまない』
『実は、ベルン先輩の人生をぶっ壊そうと思う。その為に色々と手伝ってほしい。シム団長にはお前より先に動いてもらってるから指示に従ってくれ。この作戦が終わるまで俺は身を隠す。後でいくらでも苦情は受け付けるから、今は我慢していてくれ』
『俺はお前を裏切ったりはしないし、勝手にいなくなったりしない』
『お前は俺にとって大切な相棒だからな』
「……ばか」
ああ、早く彼に会いたい……。