第三十二話「自分を隠すなら」「とりま死んどこう」
その事件からの日々はあまりにも長く虚しいものだった。
カイトの亡骸はシム団長の手で処理され、王宮の荒れた執務室に投げ入れられたカイトの書類は回収した後に焼却、これまでの活動履歴からもカイトの名前が残らず消され、初めからカイトという人物は騎士団に所属していなかったことになった。
「オウカちゃん、少しは食べた方がいいわよ」
「………………」
たまにアーゼス副団長や先輩の女騎士たちが様子を見に来るけれど、みんなはもうカイトが死んだことを受け入れてるようだった。過去に何人もの騎士団の仲間が遠征や任務中に戦死してきたのを見てきたから慣れてしまったのだろう、悲しみはするけど直ぐに立ち直っていた。
私にはそれが出来ない。
少しずつ受け入れては来ている。でも立ち直るのは無理だ。
「酷い顔ね、髪も尻尾の毛もボサボサ、手入れもしてないじゃない」
俯く私の頬に手を添えてアーゼス副団長が目を合わせてくる。
「これじゃあ昔のオウカちゃんに戻ったようね」
(昔の……ああ、入団して間もない頃の……)
彼女の金色の瞳に私の姿がうつる。
……これは、確かに酷い顔だ。目は濁り、食欲が湧かない為に痩せて、手入れを怠らなかった髪と尻尾の毛はボサボサになりきしんでいる。
そういえば、最近はカイトから美容にいいからって貰った薬液を使ってたっけ。使いきる前にまた新しいのを持ってくるのはちょっと困ったけど、それでも使う度に毛並みが良くなってみんなから綺麗だと言われるのが嬉しかった。
でも、それ以上に、カイトから綺麗だと言ってくれるのが一番嬉しかった。
「っ───……今は、一人にさせて、下さい……」
「ええ、分かったわ……」
溢れそうになる涙をこらえてそう言った私にアーゼス副団長は頷いて部屋から出ていった。
パタンと、扉が閉まったのを聞いて私は座っていたベッドに横になり、羽織っていた黒いマントにくるまると、マントからカイトの匂いがして不思議と心が落ち着いてくる。
私がいるのはカイトの部屋だ。事件の日から私はカイトの部屋にこもっている。
彼が死ぬはずがない。きっと帰ってくるに違いない。死んだなんて悪い冗談だ、そんなことをするカイトを驚かせてやろう───そんな現実逃避が私をここにこもらせ、同時に室内から彼の匂いが薄れていく毎に私を現実に引き戻そうとする。
「……私には色々買ってくるのに、自分のは全く買わないんだから」
あまり物を置くタイプじゃなかったのか、部屋には備え付けの家具はあってもそれ以外の私物はなくクローゼットには着ることのなかった制服があるだけで、微かに嗅ぎ取れるカイトとタバコの匂いだけが彼がこの部屋で半年生活していたことを教えてくれる。
「もっと、話していたかった……一緒にいたかった……っ」
これ以上ないくらいに、私とカイトは組む相手として相性が良かった。たまに私の胸元に視線が下がるのはよく分からなかったけどこれといって文句のない、最高の相棒だった。そして、
「……………ん?」
カイトの事は誰よりも理解している。だからこそ、それに気付けるのは私だけだと自負できる。
「コンが、いない……?」
私の使い魔である数多の子狐の集まりである『野狐』には一匹だけカイトに懐いていた個体がいた。
彼がコンと名前をつけて、あまりにも離れないから私が折れる形で彼のそばにいることを許した子狐だ。カイトもコンを可愛がり、任務で私が同行出来ない時にはコンが私の代わりに動いてくれて私の次に信頼していると言っていた。
カイトが死んだならあの子だって悲しんで、私のようにカイトの亡骸を見て泣きわめいたはずなのに、事件の日以降も私の前に姿を現さないし戻って来ていない。
「いったいどこに───」
直ぐにコンと視覚共有を行う。
───コンがいるのは薄暗い、どこかの部屋のようだった。そして視線の先にいる人影がゆっくりと近付いてコンの頭を撫でると、一枚の紙を見せた。
『コンをそっちに戻らせる。手紙を持たせるから、それを見て行動してくれ』
■■■
「あのバカあぁぁぁぁ───っ!!!!」
隊舎に響くその大声に、会議室にいた男は苦笑いを浮かべた。
「ん、こればかりはアイツが悪いな」
そして男は、これから起こるであろう一騒動とその後の後始末と質問攻めの対応をしなければならないことから目を背けながら、先ほど届いた手紙を読んで今度は大きくため息をした。
「問題はあったが実力もあった。だから多少は見逃していた。だが、こればかりは人としても、騎士団をまとめる団長としても見逃せないな。……これの後始末はアイツがやるとして、オレがやるのは舞台作りか。面倒だな」
口ではそう言ってはいるが、男は笑っていた。
「お前には驚かされてばかりだよ、なあ……カイト」




