第三十話「私が注いだ酒が飲めないの?」「アルハラだめ絶対」
アンリスフィが作った料理はどれも美味かった。いつも隊舎の食堂しか使っていなかったから他の店と比べることは出来ないとは言っても、それでも彼女の腕前は高いレベルのもので、貴族の舌をも満足させるだけのことはあると思う。
「流石に食いすぎたな。こんなに美味い料理を食べたのは久しぶりだ」
腹をさする俺を横目にアンリスフィがテーブルに置かれた空いた皿を片付けていく。
「お口に合ってたようで良かったです。あとは店の常連になって頂けると嬉しいのですが」
「騎士団の仕事もあるからな、そんな頻繁には来れないと思うぞ」
「それでも構いません。また来店して、私の料理を食べて、一人で二人前分くらいのお金を落としてくれるなら満足です」
「二人前て……そこまで俺の腹はでかくないっての……」
食べ盛りならともかく。前世での社会人生活の悪影響で俺の胃はすっかり小さくなってしまっている。今回はその美味さにハイペースで食べていったが、次回も同じ量を食べきれるかと言われたら間違いなく無理だ。
「あと誰だよ、こっそりオウカの飲み物に酒を混ぜたのは」
「きゅぅ……」
オウカは顔を真っ赤にさせて寝入っている。
彼女が口をつけていたコップにはまだココアミルクが残っていて、しかしほのかに香る酒の匂い。うん……完全にカルーアミルクじゃねえか。飲みやすい代わりに度数が高いから直ぐ酔うレディーキラーの酒だぞ
「飲み物を出したのはお姉ちゃんですね」
「さあ、いったい誰がやったのかしら~」
「お姉ちゃんじゃないみたいです」
わざとらしくとぼけるフェイルメールに、その言葉を馬鹿正直に信じるアンリスフィ。
「分かったか、カイト。ここではフェイルメールがやってないと言えばそれが真実になるんだ」
「ああ、そしてスレイの兄貴が上下関係の最下位にいることもな」
アンリスフィがフェイルメールの味方だから、話し合いで一対一対一に持ち込もうとしても自動的に一対二になって多数決で負ける理不尽。しかもフェイルメールは店主でスレイは雑用係だ、立場的にも敵うはずもない。
「ちなみにお酒を混ぜたのはそれ一回だけよ」
「半分飲んだだけだこの有り様か、というかやっぱり犯人はお前か。すまんアンリスフィ、水を一杯くれる?」
「分かりました」
トテテテとアンリスフィが厨房から水が入ったコップを持ってくる。
「オウカ起きろ、水飲め」
「ん~……みずぅ……」
浅い眠りだったのかオウカは僅かに目を開けると目の前に差し出したコップを両手で持って少しずつ飲み始めた。クピクピと飲む姿は幼い子供のようで可愛らしい。
「こちらと夢の世界を行ったり来たりね。アンリスフィ、オウカのそばにいてあげなさい。それとカイト、ちょっとお話しない? 今日は帰りが遅くなるって言ってきたんでしょう?」
「まあ、アーゼス副団長に言ってきたぞ。先輩方には変な誤解されもしたけど……」
廃村への征伐の最中、シム団長やアーゼス副団長から俺とオウカが相棒以上の関係になっても良いと言われた日からというもの、それを聞かれていたのか先輩方からの視線が妙に気持ち悪いのだ。
言ってしまえば、お前ら付き合っちまえよこのヤロウという目だ。酒の席でオッチャンたちが仲のいい恋人未満の若い二人を見て、なんだ付き合ってるのか、式には呼んでくれよ、とからかうようなノリと似たものを感じた。
「…………む」
そこで俺は気付く。フェイルメールの表情が、真剣なものになっていたことに。
「……もしかして酒を飲ませたのはわざとで、それはオウカには聞かせられない話をするからか?」
「あなたにとってこの方が話しやすいから、かしらね。それにしても……本当に酷い人よね、あなたは」
クスッと笑うフェイルメール。その後、俺とフェイルメールはオウカから離れた席に移動する。
「───なるほど、あの情報煙草はアンタからか。となると俺の計画は全部お見通しか?」
少し声を小さくして話を続ける。
「大雑把には察したってところよ」
「オウカには黙っててくれ」
「彼女は私にとって常連客であり大切な友人。その友人に聞かれたら私は素直に話すわよ。私、大切な人には隠し事はしない主義なの」
俺はその言葉を鼻で笑う。
「隠し事はしない、ね。自慢のアンリスフィに情報屋のことを隠してるのにか?」
「別に隠してないわ。みんなと色々な情報を共有してるって言ってるだけよ」
「でも本当のことは言ってないよな、それ」
コイツ、自分の目的に関わることは誤魔化すタイプだ。よく聞けば分かりそうだが言われるまでは以外と気づかない言い回しで翻弄するやつ。
「それで……俺になにか聴きたいことでも? 言っておくが俺の計画について話す気はないからな」
「でもどうしてその計画を立てたのかは聞いてもいいんじゃない? さっきも言ったけど彼女は私にとって大切な友人。その友人の為に、あんな計画を立てる人が気になってるの」
「ずいぶんとオウカのこと気に入ってるんだな」
「当然よ。私たちのような存在にとって、彼女の身に起きたことは他人事じゃない。見つけたなら保護し、傷を癒し、無事に巣立てる日までそばで見守る───そうあれかしと私たちの中で世界が言うのだから」
そうあれかし……私たちの中で世界が、か……。
「人間の俺にはよく分からない言い方だな」
「あら、なんとなく気づいているのではなくて?」
「さてね。……んで、計画を立てた理由だったな」
俺は肩越しにアンリスフィに介護される酔っ払い狐を見る。顔の赤みも治まってきたみたいだが代わりにもうおねむだな。ここに二日酔いに効く薬置いておきますね、とアンリスフィが紙に包んだ粉薬をテーブルに置いてジェスチャーで伝えてきた。
「───ただの、我が儘だ。アイツの代わりに、とかじゃない。アイツの事を知って、俺がそうしたいと決めたからそうするだけだ。それが、後に彼女を泣かせることになってもな……」
席を立ち、ありがとうとアンリスフィの頭を撫でた後に代金を渡し、夢の世界に旅立ったオウカを背負って『黒兎亭』を出る。
「どうかしてるよ。前はこんなじゃなかったんだけどなぁ。こんな最低な男、世界はどう見てるんだか……」